gock221B

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『クイーンズ・ギャンビット』(2020)/もっと面白くしようと思えば出来たが過剰に劇的にせず主人公をじっくり描いた感じが好印象👩🏻‍🦰

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原題:The Queen's Gambit 監督&脚本:スコット・フランク 原作:ウォルター・テヴィス『The Queen's Gambit』 制作配信サービス:Netflix 配信時間:全7話、各60分前後

 

 

 

主演アニャ・テイラー=ジョイのファンなのでマイリストに入れてたけど配信始まって凄く話題になってた年末、自分のPC壊れて観れなかったので「ワイが先に要チェックしてたのに!」と焦りを感じた本作。もうすっかり皆が観て語り終わった頃にPC届き、焦らずゆっくり観れた。
本作は舞台が冷戦期と、昔だし全体的に凄く「実話を元にした映画」っぽい雰囲気だったので、実在した女性チェスプレーヤーの実話だと思いこんで途中まで観てたが実はフィクションだった。だが登場人物たちや劇中で行われた対局などは殆ど現実にあったことを元にして書かれたらしい。そんで「クイーンズ・ギャンビット」とは、俺もよく知らんが「損して得取る」みたいな?「肉を切らせて骨を断つ」的な内容の定形のことらしい。劇中でも主人公ベスは常人なら怖くてできないような自殺のような手をバンバン打って結果勝利する様がよく描かれていた。
原作のウォルター・デヴィスって誰だろうと思って検索したら映画化もされた『ハスラー』『ハスラー2』『地球に落ちてきた男』の原作者だった。英文学の教師をする傍らSFやビリヤードやチェスの小説を書いてた副業作家。少ない著作の半分が映像化されて全部ヒットしてて凄いね。
監督&脚本は僕が好きなブコウスキー原作映画『冷たい月を抱く女』(1993)や『アウト・オブ・サイト』『マイノリティ・リポート』『ウルヴァリン: SAMURAI』『LOGAN/ローガン』など凄く良いわけではないが「地味に良いな」と思う作品の脚本をよく書いてた人。本作もまた「地味に良い」感じを高みに上げた感じの監督作だった。
今回は割と最初から最後まで完全にネタバレするタイプの感想なので観たいなと思った人は途中で読むのをやめて本編を観ることを勧める。チェス知らんので劇中の棋譜とかは知らん。

 

 

 

交通事故で母を失い孤児となった少女ベス(アニャ・テイラー=ジョイ)は養護施設に入れられる。そこでは指導しやすくするように子供たちに薬物を投与していた。ベスはこの薬を気に入り依存症となる。
年上の黒人少女ジョリーン以外とは仲良く慣れなかったベスだが、用務員シャイベル(ビル・キャンプ)が地下でやっているチェスに興味を持ち彼からチェスのルールやマナーを教わる。ベスは日中、隠れてシャイベルとチェスを指し寝る時は薬を飲んで天井に空想の中でチェス盤を出現させて研究し、強くなっていく。
13歳に成長したベスは子供の居ない夫婦の養子となるが薄情な養父は家を出ていく、ベスは孤独な養母アルマの家計を支えるため地元のチェス大会に出場し優勝する。
チェスの天才少女としてデビューしたベスは、その賞金で養母と共に世界を廻る。
……そんな感じでチェスの天才プレイヤーとなったベスが駆け上がり、人生につまずく度に薬やアルコールの摂取量が増えて失敗しながらもチェス界を駆け上がっていく物語。将棋の世界でいうと真剣師小池重明みたいな感じか?と想像してたが、あそこまで何もかもダメにしてしまうほどの破滅型ではない。ベスはチェスに真剣だが、恋愛やファッションにも夢中だ。そして酒やドラッグにも……。
一種の「変わり者の天才を扱ったフィクション」であるため、ベスは”ある程度”は孤独。孤児院では黒人少女ジョリーンと孤独な用務員シャイベルさんしか心を許せる者が居ない。孤児院出てからは夫に顧みられず捨てられた養母アルマ(松本人志のオカンの若い頃に似てる)と地元チェス大会で知り合った双子だけが顔見知り、女子中学生にしてめっちゃ酒飲みになる。マスコミには「孤児院の用務員シャイベルさんからチェスを習った」と語るが記事になるのは彼女が〈女性なのにチェスが強い〉ということのみ。大会で知り合った素敵なカメラマンとの初恋は彼がゲイだったため失恋に終わった。養母アルマが急死してからは地元のチェス大会で負かしたチャンピオン、顔の中央……正中線に顔面の具が寄りすぎてる演技が大仰な英国俳優みたいな顔した優しい青年ベルティックと同棲し始めるが、優しいベルティックにとって天才少女ベスの中のチェスはあまりに巨大で破局
中高の同級生は皆、人並みに結婚出産して人生を先に進めている。天才チェスプレイヤーのベスは全米の女性で唯一、前人未到の人生を驀進しているのだが彼女は周囲で人生を謳歌している凡人を見て「幼い頃からずっと思ってたが自分の生き方はこれでいいのかな?でも私にはチェスしかないし……」と迷いながら自分というクイーンの駒を人生の先に進める。ベスはかつて破れたチェスの全米チャンピオンのベニーに勝利。
彼のアパートに短期間、同棲して以前にも破れた世界チャンピオンであるソ連の強豪ボルコフとの再戦の対策を練るが断っていた酒を、つい前日に痛飲してしまい惨敗(ベニーの合宿で知り合ったフランス人モデルが災いした、だけどベスはオシャレになった)。
ベニーとも合わす顔もなくメキシコ大会から帰国。また薄情な元養父が養母アルマと過ごした家を取り上げようとしてきたので貯金はたいて家を購入。酔いつぶれたりハイになる荒れた日々を過ごしベニーは呆れて近隣住民はベスを白い目で見るし元カレのベルティックは彼女を心配する。そんな中、孤児院の時に唯一仲良かった黒人女性ジョリーンが子供の時以来、訪ねてくる。
法律家の勉強をしているというジョリーンとすぐに心を通わせるベス。ベスにチェスを教えてくれたシャイベルさんが亡くなったと聞き孤児院に久しぶりに赴く2人。恐らく家族もおらず天涯孤独だと思われる寡黙なシャイベルさんがいつも居た地下室にはベスの新聞記事が大量に貼ってあり、そして記者に撮ってもらったシャイベルさんと小さなベスのツーショット写真が中心に貼ってあった。幼い時以来一度も話していないにも関わらずシャイベルさんは自分をずっと気にかけてくれていた。シャイベルさんにとって自分は小さな太陽だった、実の父とは一緒におらず養父は冷淡だったがチェスを通してだけ交流していたシャイベルさんが父だった、彼が死んで初めてそれに気付いたベスは感情が決壊しジョリーンの胸で号泣する(シャイベルさんの再登場を待ちながら観ていたがシャイベルさんの再登場は彼のキャラ同様とてもささやかな再登場だったこともあり感動)。
ジョリーンという親友との再会、幼い頃の交通事故は人生に行き詰まった母が起こした無理心中だった事も思い出したし、シャイベルさんの愛も知れたベスは原点に立ち返り気合い充分。再び捲土重来……!
ジョリーンの学費を借りたベスはモスクワ大会に出場、三度目の正直で世界チャンピオン、ボルコフに挑むため駒を進める。既に迷いを断ち切ったベスは酒は一滴も飲まず薬もトイレに流した。対ボルコフの決戦前夜、かつてのライバル元全米チャンピオンのベニーがボルコフ対策の電話をかけてくる。電話の向こうには最初の優しい彼氏ベルティックやチェス大会の双子やパリのチェス好き男子なども集まっておりボルコフ対策をベスに伝えて応援する(スポ根漫画ラストバトルでよくあるかつての仲間が全員観戦する展開みたいな感じ!)。親友ジョリーンもアメリカからベスを応援している。出てきてないけどベスが幼い頃チェス雑誌を万引したコンビニ店主もきっとラジオ聴いて応援してるに違いない。
薬好きアル中の孤独な少女だったベスが皆の夢を一つに繋げて世界の頂点へと駒を進めていく……!
孤独だと思っていたのは自分で自分を孤独にしていただけで本当は周りに多くの仲間がいたのだ。ボルコフとのラストバトル、接戦が続く中、ベスは幼い頃のように脳内でチェスの駒が展開される天井を見上げる。『ハチワンダイバー』で言うところのハチワンダイブ。釣られて他の者も見上げるが他の者には何も見えない、只の天井だ。天井のチェスの駒はベスだけの世界。この瞬間、この世にはベスとチェスの駒しかない真っ白い世界になった。
ラスト。チャンピオンとなったベス、白い帽子に白い服、まるでベス自身がクイーンの駒のようだ。彼女は世界初のチェスの女神となった。
アメリカに帰国する直前、前からチラチラ見て気になっていたらしい、ロシアのお年寄りがチェスに興じてる広場にやってくる。世界チャンピオン降臨に湧くチェス好きのおじいさん達。シャイベルさんみたいなチェス好きのじいさんが大勢いる。このソ連チェスじじい軍団は、かつて孤独にチェスを指していたベスが遂に自分の居場所を見つけたという、これ以上無いハッピーエンドだ。同時に誰とも触れ合わず地下で一人で指していた故シャイベルさんが笑顔で増殖してベスとチェスを指しているかのようでもあるし暖かいラストだった。ベスはもう一人ではない、もはや世界のすべてが彼女のチェス盤だ。これが彼女の全てそしてそれはこれからも続いていく。。。

 

 

 

そんな感じで、見終えたばかりのせいかつい最初から最後まで展開を書いてしまうダサい感想……いや感想ですら無いただのメモになってしまった。
自分自身を切り崩してチェスを指す破滅型ベスが、挫折しながらも頂点に立って人間性も取り戻すという割と王道のストーリー。最後には自分のオリジナルに立ち返って己を取り戻しラストバトルで過去の強敵たちもアッセンブルするという燃える展開!酒も薬もきまってないしベスの気力も充実。ベスは視線を上げ天井を見た。
いまならできるよね?
ベス「領域展開……。后棋盤天井想……!」
彼女がいつも寝る時にしていた、天井にチェス盤を思い浮かべて頭の中でチェス指してシュミレーションするやつ。もっともベスだけではなくチェスプレイヤーや将棋の棋士なら全員やってるけど……まぁベスはその深さが桁違いで、この局面で深い思考を一気に巡らせたって表現なんだろうきっと。ベスは瞬時に何百通りものボルゴフとの展開をシュミレーションし、自分が勝つ最善手を打ちボルゴフは笑顔で投了。
かつての強敵が見守る中、主人公の原点を必殺技みたいに描写しての勝利!という少年漫画のような熱いラスト。そういう流れは観る前の予想通りではあったが要所要所が割とフンワリしてたのが意外で、ここが本作のミソではないかと思った。今までの話だったらベスが酒、ドラッグ、SEXに溺れてドン底に落ちる描写はもっと激しかったはずだ。多分その方が面白いし。だから中盤までは面白いのかなこれ?と思いながら観てたのだが、この制作陣はセンセーショナルな感じで面白くしようと思えば出来るが、わざと抑えてるなと感じた。
たとえばメキシコで惨敗した後、酷薄な元養父からなけなしの金で家を買い取った後、普通の作品だったらカット変わった瞬間に荒れ果てた家で飲んだくれてるはずだが、本作のベスは家の要らない家具を売ったり庭や屋内をわざわざ綺麗にして、その後アルコールに溺れている。普通だったら家を綺麗にするくだりは要らない。
本作は普通の映画に比べると三倍近く時間が多いためか、そんな場面が多い。だがそれはベスを「フィクションの登場人物」ではなく本当の人間らしく描こうとしているからそうなったんじゃないか?と俺は捉えたので好印象だった。
たとえば全てがフンワリしてたり時間取ってるわけではなく優しいが凡人ベルティックと同棲し始めて彼が出ていくまでは10分くらいの超スピードだった。締めるとこはシメてベスの人間性が出るところにはたっぷり時間を取っている、そう思った。
最初に「途中まで実話ベースの話かと思った」と書いたのは、舞台が50年くらい前という実話っぽい舞台背景だったのや本当に居たかのような主人公だったせいもあるが、それはベスを人間らしく描いていたせいでもあるだろう。
何年か前に本作を観たら「もっと面白く出来るだろう、せっかく女性なんだから酷い性差別されるとかさ」と思ってた気もするが本作の場合、面白くなるだろうからといって他の作品ならもっと劇的だったり悲惨さを強調したりポリコレをやたらと反映させて「俺らやってまっせ!見て見て」とやりそうなもんだが、そうはせずに地に足がついた感じで描いてるのがむしろ誠実で新しい感じを受けた。わかる?言ってること。もっと面白くしようと思えばできたがベスに血を通わせるため、わざと抑えたんじゃないか?そう感じて好感を持った次第です。俺はドラマよりも映画が好きだけど、本作の場合、二時間に収めるのは余裕だろうけど、この長い配信時間で丹念に描く感じが良かったのではないか?と思った。
あと各場所の美術やファッションが可愛すぎていっぱいスクショした。
アニャ氏のこれ!って感じの代表作もできて良かったのではないか。ジョリーンとシャイベルさん演じる俳優も良かったね。『もう終わりにしよう』も良かったし、Netflixが孤独な用務員のじいさんに向ける暖かい視線も気になる。
チェス知ってたら劇中の盤面を見て二倍楽しめたんだろうきっと。まぁ知らなくても面白かったよ。

 

 

 

そんな感じでした
👩🏻‍🦰💊🥃♖♗♘♙👩🏻‍🦰💊🥃♔♖♗♘♙👩🏻‍🦰💊🥃♔♖♗♘♙

www.netflix.com

www.netflix.comThe Queen's Gambit (TV Mini-Series 2020) - IMDb

www.youtube.com
Amazon: The Queen's Gambit: Now a Major Netflix Drama

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『ワンダーウーマン 1984』(2020)/凄く魔法少女アニメっぽい内容。正論のみのダイアナと聖人トレヴァーと捨て置かれるバーバラ👸🏻

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原題:Wonder Woman 1984 監督/脚本/原案/制作:パティ・ジェンキンス
製作国:アメリカ 上映時間:151分 制作&配給:ワーナー・ブラザーズ
シリーズ:『ワンダー・ウーマン』シリーズ、DC・エクステンデッド・ユニバース第9作目

 

 

 

新型コロナウイルス感染症により延期を繰り返した本作もやっと公開された。
ワーナーのDC映画……通称DCエクステンデット・ユニバース通称DCEUで前作『ワンダー・ウーマン』(2017)が公開され「女性スーパーヒーロー単体映画」としてライバルのMARVEL映画……ていうかMCUに一歩先んじたDC映画だった。
僕も元々ワンダー・ウーマンの事はそこそこ好きだったし主演ガル・ガドットも美しいし、第一次世界大戦にスーパーヒーローが介入する英雄的な活躍も『キャプテン・アメリカ/ファースト・アベンジャー』(2011)みたいで気に入った。ダイアナが戦争に介入する描写はキャップ同様、避けては通れない。ダイアナを外の世界に連れ出すスティーブ・トレヴァーも最高の男だし気に入った。ただ終盤の戦神アレスとのラストバトルが、観てると恥ずかしくなるくらいショボくて子供っぽいのが残念だった。またダイアナとトレヴァーとの唐突な恋愛描写は80~90年代の映画みたいだったし島で育ったアマゾネスが男や外界のことを何も知らない様子は〈Born Sexy Yesterday〉的だなぁと少し思った。原作がそうだから仕方ないし、それら自体がだめな訳ではないが近年の映画として観ると「何かちょっと古いかな?」と感じた。そして女性スーパーヒーロー映画としてMCUに先んじたが前作に遅れて公開されたMCUキャプテン・マーベル』(2019)が「女性スーパーヒーロー単体映画」として個人的に完全に勝っていたと感じたため、自分の中で前作の存在感が薄れてしまった。
とはいえ前作『ワンダー・ウーマン』(2017)に対して、全体的には好感を抱いていた。
本作の監督、パティ・ジェンキンスは前作では監督だけだったが、前作の大ヒットによってプロップスを得たため監督だけでなく脚本/原案/制作にもがっつり関わっており本作は完全に彼女と主演ガル・ガドットが掌握した映画となっている。DCEUといえばワーナーが介入してとんでもなく駄目な出来になってしまう印象が強いので、前作に少しあった旧態依然とした劣る部分はワーナーのせいだったのかもしれない。本作を観ればそれがわかるかも。ちなみにパティ・ジェンキンスは本作に続く『ワンダー・ウーマン』三作目や、『スター・ウォーズ』シリーズ新作映画『ローグ・スコードロン』の監督する事も最近決まった。
ややネタバレありの感想なのでご注意。他人の評価は一人も聞いてないので高評価なのか低評価なのかすら知らない状態。

 

 

 

前作から66年後の〈1984〉のアメリカが舞台となる本作。
スーパーヒーロー〈ワンダー・ウーマン〉ことダイアナガル・ガドット)。
女性だけの戦闘民族〈アマゾン〉が住む隠された島〈セミッシラ〉、ダイアナはそこの王女でセミッシラは故郷。幼少期のダイアナが馬術レースに参加した時の回想が語られる。少女ダイアナはレース中に近道してしまったため失格となり母親である女王ヒッポリタコニー・ニールセン)に「嘘で得た勝利は何ももたらさない」と正論を教えられる。ダイアナの「正しい人生」の始まりだ。
それにしてもこの美人アマゾネスで埋め尽くされたコロッセオ、とんでもなく女臭そうで凄くこの客席に座りたい(僕は幼い頃、親戚の法事に言ってもおばさんたちが集まる台所にずっといるような少年だった、女のボディを持った人間の側に居たかったから)。
そして現代のダイアナ。
彼女は人知れず犯罪と戦っていた(まだ一般市民はワンダー・ウーマンのことを知らないようだ)。普段は知性を活かしてスミソニアン博物館で働いている。ちなみにワンダー・ウーマンは加齢のスピードが凄く遅いので大戦時と容姿は全く変わっていない。
女神の様に信じられないほど美しいので普通に歩いてるだけでナンパされまくる。
ダイアナは前作失った最愛の男性、戦闘機のパイロットのティーブ・トレヴァー大尉(クリス・パイン)の事が66年経っても忘れられず前に進めていないようだ。
ところで現代エンタメ作品で主人公ヒーローがここまで異常に美しいと何だか「美しい……でも古いな」と感じるようになってきてしまった。だが普通の人間がパワーを得てヒーローになるMARVELと違って、DCヒーローは地上に降りてきた神のように描く傾向があるのでダイアナがめちゃくちゃ美しいのは正しい、だからダイアナはこれでいい。
あとワンダー・ウーマンは第二次世界大戦ベトナム戦争イラク戦争の時、何してたんだろう?特に語られなさそうだから前作みたいな活躍を局地的にしてただけかな?
ダイアナが来たスミソニアン博物館には、後にワンダー・ウーマンの代表的なスーパーヴィランチーター〉に変身することになる女性の学者バーバラクリステン・ウィグ)も居た。
彼女はドジで眼鏡でモテないが、常に朗らかで居ようと努めており近所のホームレスのおじさんに食事を届けるほど心優しい女性だった。……正直この序盤バーバラは良いところしかないので彼女がモテない設定なのはかなり無理がある気がした(モテないどころか話しかけても無視されるレベル)、そもそもクリステン・ウィグも美人だしバーバラはこの時点で充分魅力な女性にしか見えない。他人と話せないわけでもないしね。普通にバーバラと結婚したら老人になっても仲良く過ごせそうとしか思えないが……。後で述べるが本作は極めて戯画化された世界であるしバーバラの事は「優しいが冴えないオタク女性」そういう設定なんだ、80年だから皆クールな女性しか好きじゃない世界なんだ、本作のバーバラについてはそんな風に飲み込んで話を先に進めよう。
バーバラはダイアナを食事に誘うがダイアナはそれを断る。ダイアナには何か目的があり、バーバラなんかと話しても何も得るものがないからだろう。
ある日、博物館にFBIから鑑定依頼品がバーバラ宛に幾つか届いた。
その中の一つに神が作った願いを叶える石〉があった。ダイアナが探していたのもこの〈願いを叶える石〉だったため、ダイアナはバーバラを食事に誘い仲良くなる。ある日の夜、バーバラは酔っぱらいにからまれるがダイアナに助けられる。バーバラは強くてクールでセクシーなダイアナにますます憧れを抱く。
博物館でダイアナは「死んだスティーブに再び逢いたい」、バーバラは「ダイアナのような強くてセクシーでクールな女性になりたい」と、それぞれが強く心に秘めていたが〈願いを叶える石〉は二人の願いを勝手に叶えてしまう。
ダイアナの元には死んだはずの最愛の男性スティーブ・トレヴァーが戻ってきた、再会し抱き合う二人。二人はまた力を合わせて悪と闘う。二人一緒なら何でもできる。
またバーバラはワンダー・ウーマンのごとき強大なパワーを得て小心だった性格も自信を得て大胆になる。
願いが叶い、良いことばかりだ、喜ぶ彼女たち。
それにしても、ここでの死んだスティーブがダイアナの元に戻ってくる描写が凄く良かった。知らんハンサムにナンパされたと思ったダイアナが知らんハンサムを叱っている場面でグルーっとカメラが回り込むと知らんハンサムは何時の間にかスティーブになっている。何だかデヴィッド・リンチ映画で起きる超常現象みたいで凄く好みだった。またカーチェイス中のダイアナが車外に出る時にカットが変わると「フレームの端で、何時の間にかワンダー・ウーマンに変わっている」場面もそうだし後で述べるがスティーブが去る時の演出も超最高だった。ダイアナもまた死者の蘇りについて「よかった~」としかリアクションしないところが面白い。原因を探るとスティーブが居なくなってしまうと内心わかっているので深く考えないようにしている。
本作で起こる超常的な出来事はこのように、さらっと何時の間にか起きている事が多い。いや、さすがにワンダー・ウーマンに変身しての活躍はヒロイックに撮っているがヒーロー活動以外の超常現象はこのようにさらっと撮っていて、そして「言わんでもわかるやろ」とばかりに台詞での説明も極力しない。こういう描写は本作で一番いいところだった。ワーナーが口出しまくったはずの前作ではそうでもなくパティ監督が全権を握った本作で、こういった面が目立つのできっとこれがパティ監督の良い持ち味なんだろうな、と思った。
そして以前から〈願いを叶える石〉を探していた口先三寸の実業家マックスウェル・ロードペドロ・パスカル)通称”マックス”も、石のためにバーバラに近づき彼女を籠絡し石を奪取する。
マックスは石に「願いを叶える石よ……私自身を〈願いを叶える石〉にしてくれ」と願うと石は消えた。『アラジン』で言うと、ランプの精に「何個でも願いを叶えられるようにしてくれ」という願いが叶ったような状態だ。

 

 

 

どんな願いも叶える石……、それは地中から巨大な壁を出現させ死人を蘇らせ他人の意思や運命をも自在に操作できる強力なパワーを振るう……エンタメ映画出てくるパワーとしては相当ヤバいくらい強力すぎるパワーだ。サノスのインフィニティ・ガントレットより強力かもしれない。そのパワーを存分に振るうマックスおじさん。
マックスには愛する息子がいて、息子に尊敬されたいマックスは「大人物」になりたいようだ。たとえ神の力を借りても……。
自分自身が〈願いを叶える石〉となったマックスは他人に触れて自分に対して願いを言わせる、その願いを叶える代わりに相手のものを何でも自分のものにできる。
「それが君の願いか、よし叶えた。その代わり君の会社は貰った」「それが大統領の願いですか、よし叶えました。その代わり私の命令を全て従ってください」
あっという間にアメリカを掌握したマックス。
マックス……ふんわりしたさざなみ金髪ヘアの口先三寸の実業家……どう見てもトランプ前大統領を模したようなキャラだ。ストーリーにさほど関係ない巨大な「壁」を作ったりするのでマックス=トランプは恐らく間違いない。ルックスもトランプに寄せてるよな(マックスはDCコミックスの有名キャラだがここまでトランプっぽい見た目じゃないもの)。マックスはやがてTVという当時最大だったメディアを使い国民を操ろうとする、やはりトランプいじりだろうし、それなら本作を大統領選前に公開したかったんだろうな。
マックスを追うダイアナとスティーブ、それを阻止するのはワンダー・ウーマンのごときパワーを得たバーバラ。彼女は唯一自分を求めてくれたマックスを護ろうとする。闘うダイアナとバーバラ。
邪神が作った〈願いを叶える石〉、それは「願いを叶える代わりに他の大事なものを失う」というデメリットがあった。ダイアナ……ワンダー・ウーマンの場合パワーが半減してしまった。……この辺けっこう分かりにくかったな、完全にパワーが無くなったわけじゃないんだよね、銃で撃たれてもまるで平気だったのが「イテッ!」って感じになったり、人間には圧勝できるが自分と同じパワーを得たバーバラには負けちゃうくらいパワーダウンしている。だから「強さが半減した」と捉えた。
バーバラの場合、他人を思いやる優しい心やユーモアを失ってしまった。『AKIRA』で言うと鉄雄が超能力を得て調子に乗り、憧れていた金田を倒してコンプレックス解消しようとするくだりやな。
バーバラに破れたワンダー・ウーマンは彼女に「貴女は他人を思いやる優しい心やユーモアを無くしてしまった、それでいいの?」と嘆く。バーバラはドキッとした顔を見せるが、もう今さら引き返せずマックスに続く。
だがバーバラも実際のところマックスが自分に近づいたのは、自分じゃなく石が目的だったと当然気づいただろう。だが自己実現のためにマックスの道に続こうとしている。
ダイアナに「パワーの代わりに優しい心を失った」事を憐れまれたバーバラ、確かに以前のバーバラの方が良かったが、バーバラの身になって考えると「その他人を思いやる優しい心やユーモアで良いことなんて一つもなかった」って事だろう、せいぜいホームレスのおじさんに感謝されたくらいか、そもそもそんな正論を言うダイアナだってバーバラの食事の誘いを断ったがバーバラが石を鑑定し始めたた途端、石目当てに自分に近づいたではないか、そしてダイアナもまた死んだ恋人を願いによって取り戻している、バーバラがダイアナに説得されなかったのも無理はない。
マックスはTVのネットワークを使いアメリカ国民の願いを全て叶えそして己を超えたパワーを得ていく。そしてバーバラの「他の誰にも似てないパワーがほしい」という新しい願いにもパワーを与え、バーバラは怪人〈チータ〉となる。
バーバラに敗北したダイアナは正義をなすため、今まで心の隅に追いやって考えないようにしていた「スティーブの再生という願いを無かった事にする」を実行する。そもそも蘇ったスティーブは、この敗北のちょい前から「俺って生き返ってよかったのか?」と自分から口にしていた、ここでもダイアナを説得したのもスティーブで、女神ダイアナを超えるスティーブの聖人ぶりには痺れたね。せっかく生き返ったのに「俺は死人だ。俺が生きてることは世界のためにならないから消してくれ」とさらっと言うんだもんな。もしヒーローになったらキャップとトニーが合体したようなヒーローになれそうだ。そしてダイアナがスティーブにキスして彼の生存を諦めるとスティーブが街の雑踏に消えるシーンがめちゃくちゃカッコよかったんだ!これが。全然顔のアップとかしないしパティ監督のこういう演出いい。幼い時にズルして母親に注意されたアバンが生きる展開だしスティーブの言葉を思い出してダイアナの単独飛行が可能になるシーンも良かったですね。本作でパワーを使う場面はおとぎ話めいていて、スーパーマンや他のヒーローとの差別化できててよかった。前作では女性である事以外は大して特色なかったけど本作で一気に、一番ファンタジーでメルヘンなスーパーヒーローとして色が出た。
かくして弱みを捨ててパワーを取り戻したダイアナは女神の先輩が作った黄金聖衣を着てマックスのもとに突撃。チーターとなったバーバラを見たダイアナは「……バーバラ、貴女どうしちゃったの?」と元善人の悪人が一番傷つきそうな事を言うワンダー・ウーマン。ワンダー・ウーマンが説得してもバーバラは「いっつもいっつも私を子供扱いしてえええ!」と言うこと聞かないけど正直バーバラの気持ちわかりますね笑 ダイアナは正しすぎるんだよね。以前から眩しすぎるダイアナが道を踏み外した者に正論をぶつけまくる……これね、悪人が本心では「こんな事やめたい、誰か止めてほしい」と思ってても止める事できませんよ、ダイアナみたいな物言いの正しい人に対しては……。説得が効果を発揮しないのでダイアナは「だめか。じゃあ仕方ないわね」とバーバラを水没&感電させて打倒するワンダー・ウーマン。ここバーバラが死んだように見えてビビった。……確かに最初から最後まで悪いのはバーバラなんだが、それにしても何だかあまりに容赦なさすぎてバーバラが可哀相になった。そしてチーターとしての強さが一切見せられなかったからワンダー・ウーマンを倒す場面で既にチーターにしとけばよかったのに、と思った。
そして神の如きパワーを得て手出しできないマックスの倒し方も実にスマートで良かったですね。さっきのバーバラの倒し方も怖かったし「ダイアナとマックスウェル・ロードといえば首コキャ」なので僕はてっきり「マックス自身が石って事は首コキャ来る?坊やがいるのにやめてよ」とビビってたので、そうはならず良かったです。
この映画、最初から最後まで凄く戯画化された世界って感じの描写で、全体的に30分の魔法少女アニメっぽかったですね。
登場人物は皆、良いやつは良いやつ、嫌な奴は嫌な奴、酔っぱらいは酔っ払い、そんな一面しか持ち合わせてないみたいに見えるし、ものの数分で世界が終わりかけたり逆に数秒で世界が元に戻ったり……、本作が「1984年」なのも大して意味がないと思ってたけど、こんな戯画化・単純化された世界や描写するために80年代という(今となっては)特殊な印象の年代にしたのかもね。他に理由ないでしょ、別にジョージ・オーウェルの『1984』っぽい要素もマックスのTV洗脳くらいしかないし。
色々あって元通りの平和な世界に戻った。マックスは自分が駄目な嘘つきであることを スティーブのことが心残りで66年間足踏みしていたダイアナも66年ぶりにやっと一歩進めたようだ。
ただし悪い事したバーバラはどっかの崖に捨てられたまま物語は終わった。
……確かにバーバラは悪いことしたしダイアナは正しい。だからバーバラなんかフォローしなくてもそれはダイアナの自由……なんだけど、何か一言くらい声かけてあげても良くない?三作目でチーターが再び襲ってきても無理ないよね。何度も言うように、バーバラが100%悪いしダイアナは出来る範囲で親切にはしてたと思うんだけど、それにしてもバーバラの心の中を最後の最後までわかってないまま終わったよね。ラストのバーバラも全くスッキリしてないままだよね。
太陽(ダイアナ)に憧れたバーバラが太陽に近づこうとマックスという近道でズルした結果、太陽に怒られて友情も恋愛も終わり、ただそれだけ。本当に何度も言うようにバーバラの自業自得なんだけど可哀相だ。俺はバーバラに感情移入してるのかも。
何かこの辺がガル・ガドット版ダイアナの特徴なのかもね?コロナでロックダウンが始まった時、ガル・ガドットと何人かのセレブ仲間がインスタで「私たちが『イマジン』歌ってあげるから心を一つにして!」って言って「え……お花畑なん?」とアメリカ本国で顰蹙を買ったのが俺も凄く心に残った。ガル・ガドットは一応、ポジティブな事をしようとしたので糾弾とかする気は無いんだけど「この人、良いことしようとしてはいるけど、これほどまでに大衆の心がわかってないタイプだったんか……」と、悪いことしたセレブ以上に何かガッカリするものがあった。本作、終盤でマックスを説得するダイアナ観てたら「あぁガル・ガドットもこの終盤みたいな気持ちで国民に訴えかけたのかもね……でも伝わらないよね」と思いました。何か本作の正論のみで悪人を殴るダイアナと現実の良いことしようとしたが全く国民に伝えられないガル・ガドットが凄く重なって見えました。わかる?俺が言いたいこと。
恐らく完結編となるであろう三作目で「完璧なダイアナは道を逸れてしまう人の心を(具体的に言うとバーバラみたいな人の気持ち)を理解することができるのか?」「ダイアナは何の目的がなくてもバーバラと食事に誘う日が来るのか?」「バーバラは再びダイアナと友達に戻れるのか?」僕的には、そこに注目です。ワンダー・ウーマン好きだったけど映画のキャラとして観ると完璧過ぎるし、映画のキャラとして「女性ヒーロー」って部分以外は時代にも大してコミットしてない気がするんですよね(だから今回も80年代が舞台の戯画化された話にしたんだろうしね)。だから、もうダイアナっていうより、ダイアナがバーバラみたいな人と心を通わせられるのか?って事しか興味が残ってないというか。そういえば一作目の毒お姉さんヴィランも捨て置いたまま終わったな。ジャスティス・リーグとの出会いでダイアナも正しいこと以外の大事さが理解できるといいが……。またパティ監督がダイアナをこんな感じで描くのもわざとなのかどうなのかも謎だな。それは三作目でわかるだろう。
ダイアナの余裕のない正しさは気になったものの全体的に面白かった。前作よりずっと面白かったので前作もパティ監督が全権握ってたらもっと良かっただろうという事もわかったね結果的に。

 

 

 

そんな感じでした

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『ティーン・タイタンズGO! トゥ・ザ・ムービー』(2018)/ほぼ全編ギャグだけどDCEUのどの実写映画よりグッと来ました。マリオの映画の監督&脚本だけあって全体的に似てた🎬 - gock221B

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映画『ワンダーウーマン 1984』オフィシャルサイト
Wonder Woman (2017) - IMDb

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『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019)/怪獣に疎い自分も意外と楽しめた。ラドンとミリー・ボビー・ブラウン最高☢

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原題:Godzilla: King of the Monsters 監督&脚本:マイケル・ドハティ 制作会社:レジェンダリー・ピクチャーズ 製作国:アメリカ 上映時間:132分 シリーズ:モンスターバース

 

 

 

最初に言っときますが怪獣映画やゴジラは凄く疎いので、詳しい怪獣ヲタや怪獣大好きな人の感想が読みたい人は読んでも面白くないと思う。まぁそんな人はとっくに何度も観たり記事を読んでるはずでしょうけどね。
8年くらい使ってたPCが壊れて2ヶ月くらい?休止中だったが新調したのでブログ再開。
2ヶ月ぶりに更新するので、今回は前置きが長いです。感想だけ読みたい人はこのブロック飛ばした長い改行の下まで文章を飛ばして欲しい。というか、そもそもこのブログ、長いこと読んでたら気付く人もいるかもしれないが日記?エッセイ?そんなもののつもりで書いてますからね、こんなブログやってるくらいだから映画は勿論、大好きだけど逆に言うと別に映画とかどうでもいい部分もある。こんな自分のような卑小な者の考えや意見を書いて公開するのは世界に申し訳ないから映画の感想ブログ書いてるだけですからね。自分は確かに映画を観るのも好きだし毎日映画情報チェックしてるし、ここに書いてある感想は他人の意見を剽窃したわけでもない紛うことなき自分自身の感想ではあるのですが、このブログの本質を芯までめくっていくと映画ブログ書いてる人のふりを本気でしてるだけなわけです。わかりますか?言ってること?あなたもそう思う時ありませんか?会社員のふり……OLのふり……店員のふり……たまにそんな事思ったありませんか?若い時バーテンのバイトしてた時よく思ってました「『いらっしゃいませ』なんて全く思ってないのに何でいらしゃいませって言ってるんだろう?」……みたいな。まぁそんな感じです。この話は永遠に続けられそうだが、このままだとゴジラの感想に辿り着かないので自分の話はここでストップです。
休止中は昨年末に飼い猫が亡くなって以来11ヶ月ぶりに保護子猫の兄妹を飼い始めたり、10数年ぶりに本買って読書したりしてたので映画は『来る』一本しか観てない。
作業したり、TV持ってないから映画観たりゲームしたいのでどっちにしてもPCは必要なんだが無いなら無いでスマホだけで充分だなと思った。最近の20代の若者はPC持ってないっていうのが凄くよくわかった。むしろPCに繋ぎ止められないので久々に友達に会ったり出歩いて飲んだりしてPC壊れる前よりも健康的に充実した私生活を過ごしていた。
これからはPCとノーPC、バランス良く過ごそう。やりたいことばっかりあるし長生きしたいもんだね。知能は40代ボディは32歳くらいのまま最低でも400年は寿命が欲しいがどうか?早くネットに脳を繋げて半不老不死になりたいのだが?
だがノーPVのスマホ生活をしてる間、観たり感想書こうとしてた映画やドラマがどんどん溜まってる間にマンダロリアンでとんでもない事が起きたりして、ここは一つ全く観たくないゴジラ2作目を観ることにした。気負って観ると面白くないのでまずは全然観たくないものを観て楽しもうという感じだ(全然関係ないけど「感じだ」と打とうとすると誤変換で性病の「カンジダ」が表示されるのを何とかして欲しい。関係ないが一度だけ軽く感染されたことがあるので「カンジダ」と表示されると「ちっ!」と思います)。

 

 

 

ブログを書く楽しさでゴジラと関係ない文章で永遠に書けてしまいそうなので一旦、改行しました。ここからゴジラの感想を書こう。
ジャンル映画は大体好きで、特にホラーやSFやアクションやスーパーヒーローものなどはご多分に漏れず満遍なく好きな自分ですが、どういうわけか怪獣ものだけは興味がわかないまま中年になってしまった。
劇場に観に行ったのは中学生の時に『ゴジラvsビオランテ』観に行っただけだし後はTVでゴジラやらガメラやらをたまに観ただけで特に思うところもなく……。子供の頃ウルトラマンとかミラーマンは観てたので「怪獣=倒すもの」というイメージが付いてしまったのかもしれない。特に若い時は「全員ぶっつぶしてやるぜ!」みたいな意気込みが強かったし。だけど年取ってからはクトゥルーなどで「人間が絶対勝てない驚異の存在ってカッコいいな」と思うようになった。多分、自分がもう若くないから誰も勝てない世界を滅ぼす驚異のバケモノに憧憬を抱くようになったんだと自己分析している。
そんな感じで近年も、皆が絶賛する『パシフィック・リム』『シン・ゴジラ』などを観ても「まぁまぁええやん……」くらいしか心に来るものがない。本作の前作に当たる『GODZILLA ゴジラ』(2014)に至っては途中で観るのやめましたからね、おもんなさすぎて。この興味のなさはよくわからない。何か巨大すぎて自分(人間)と関係ないと思ってしまうのかもしれない。いつも戦闘の途中でめっちゃ眠くなるんですよね。
でも本作と同じモンスターバースの『キングコング 髑髏島の巨神』は面白かった。これは多分「怪獣映画」じゃなく「アメリカ映画」「パニック映画」の文脈で観たからかもしれない。日本人のくせに「カイジュウ」に思い入れないのかもね。
そんな感じだから本作もスルーし、レンタル始まってもスルーし、ネトフリ配信が始まってようやく観たわけですが、ハードルが限界まで下がってたせいか結構、楽しめた……いや、むしろ面白かったですね!ゴジラヲタの監督が作ったせいか格調高くしようとしていない気取りのなさが、ジョン・カーペンターを中心に映画を観ているB級映画好きの自分にハマったのかもしれない。
もう随分前の映画だからネタバレありで書くね。

 

前作、ゴジラが暴れたのが切っ掛けで世界各地で怪獣が目覚め始め、とにかく害獣としか思ってない国連的な人たちは怪獣を殲滅しようとするが、何十年間も怪獣の調査を行ってきた秘密機関「モナーク」を中心にした主人公たちは何とか落とし所を見つけようとする。事態を悪化させる人類は「地球を蝕んでるのは人間だから怪獣はワクチン。むしろ怪獣を暴れさせて地球を自然に還しちゃえ」という東方不敗マスターアジアみたいな思想の秘密結社。
基本的にモナークvs.秘密結社。そんな人間たちに状況を変化させられる怪獣たち。
基本的に最初から最後まで怪獣vs.怪獣。モナークやメイン登場人物はその怪獣プロレスの最前線に居合わせており、それが最後まで続く。つまりスピルバーグが生み出したとされる遊園地のライド型のようなアトラクション映画っぽかった。『ジュラシック・パーク』とかあの感じね。
そしてヒーロー映画としては「怪獣たち登場」→「ヒーローのゴジラが敗北」→「人間が色々頑張ってゴジラ復活・勝利!」と伝統的なアメリカンヒーローや中国や香港の英雄武侠もののテンプレ通り進んでいく。これで(結果的に)人間の味方ゴジラを強調する。
それだけだと一般客が食いつかないので主人公ラッセル一家の家庭の事情が物語の中心に添えられている。怪獣ヲタは「せせこましいファミリードラマなんか要らん!」と言いそうだが、これは結構うまく機能していた。オッサンもママも子供も感情移入が容易。死霊館おばさんで有名なヴェラ・ファーミガ演じるモナーク女性研究者でもあるママは前作ゴジラ騒乱によって息子を失いダークサイドに落ちたので秘密結社に組みして「怪獣による地ならし」計画を進める、完全に後戻りできず滅びる以外にないほど暗黒面に堕ちている。
パパはママ同様モナーク幹部だったが同じくダークサイドに堕ちてアル中になり別居して野生動物を追いかけて現実逃避している、この父はアル中になった以外は悪くない正義の主人公的キャラなのだが劇中、他の職員にやたら意味なく高圧的で全然好きになれなかった。良い事してるんだけど「俺だけが状況把握してる」と言わんばかりで態度がやたらデカい。悪人ではないがトランプ支持者の白人男性が感情移入しそう。しかし後でチャンツィーやケン・ワタナベと心を通わせて軟化するけどね。。
二人の間で困惑している娘を演じるのは『ストレンジャー・シングス 未知の世界』『エノーラ・ホームズの事件簿』などNetflix作品でお馴染みのナンバーワン子役ミリー・ボビー・ブラウン。僕はこの子すごい好きで、MCUX-MENでキティ・プライドなどのミュータントめっちゃ演じてほしい。本作でも「や、やばっ……!」とか「ゴジラ……来たか!(ニヤリ)」「ママ死なないで!」など、表情が迫真過ぎる。ロリコン的な意味で好きなんじゃなく一人の女優としてスターとして本当に好き。私生活でのこの子がどんな人間なのかは知らんが彼女がイキイキと演じてる姿を見ると鳥が飛翔してるのを見てるような爽快な気分になる。観る前は彼女が怪獣映画でよくいる気持ちの悪い「怪獣と心を通わせる少女」役だったら嫌だな~と思ってたけど、そんな事はなく機械で物理的に怪獣に干渉してたので安心した。
この夫婦の仲が悪いと地球の状況が悪化し、夫婦が娘のために力を合わせると状況が好転する仕組みになっている。怪獣ヲタからすれば邪魔かもしれないこのファミリーは、怪獣にあまり興味ない子供にせがまれて観に来た親世代の客を本作に上手く導いていた気がする。怪獣に興味ない人にとっては「夫婦仲が悪くてダークサイドに堕ちてた夫婦が、娘のために改心する。だが決定的に悪いことした母は自首した」というファミリードラマとして観ることも可能だ。
他には、ゴジラを生んだ日本リスペクトとしてケン・ワタナベ演じる芹沢博士が重要な役で出ている(オリジナル芹沢博士やオリジナルのオキシジェン・デストロイヤーとかはよく知らんので、それは詳しい人の記事読んでくれ)。わたなべけん、何ですぐ死んでしまうん?『キングコング 髑髏島の巨神』では中国方面に向けての接待が激しかったが今回もチャン・ツィーが活躍する。チャン・ツィーはモスラが出てくると瞳が輝く、モスラファンのようだ。
何かモスラは「ゴジラのガールフレンド」的な扱い。俺はよく知らんがモスラってそうなん?ラドンですら生き残ったのにモスラは数少ない犠牲者となって瀕死のゴジラを癒やす、モスラの生命エネルギー鱗粉を浴びたゴジラは最終形態的な最強ゴジラになる。芹沢博士や暗黒面に落ちて贖罪したいママの自己犠牲はともかく……この「怪獣の女王」推しが激しかったモスラの自己犠牲はちょっと古い、10年前の映画の展開だなと思った。まぁこの話もまたモスラのヲタとかフェミニストに任せよう。
他に良くないところといえば、怪獣たちのリアリティをフォローするためか、画面がめっちゃ青かったり黄色かったり常に雨が降りまくってたりして画面が見にくかったな。それにこういう画面ずっと観てたら眠くなってくるし。
あと人間たちが常に怪獣の近くに居すぎて「別に踏まれなくても風圧や振動や熱波で100回くらい死んでるだろう」とは思ったがモロに怪獣ジャンル映画だから野暮ってもんか。キングギドラに襲われたミリー・ボビー・ブラウンもバスタブに入ってたので平気だったな。アメリカ映画ではバスタブか冷蔵庫に入ってれば無傷で助かるからな。ダクトテープ巻けば全ての傷が治るしね。そんな感じで怪獣映画が得意じゃない自分でも割と楽しめました。そしてそれ以上に感想書くのを楽しめました。
あ、怪獣の話まったくしてなかった。やっぱラドンだね!飛ぶだけで町が壊滅!戦闘機との対決で怖さを見せつけたり、モスラとのタイマンで完敗!とか、ネットでも話題になってたゴマスリクソバードっぷりとかとか何からよかった。人間ではミリー・ボビー・ブラウンだが怪獣は断然ラドンの事だけ記憶に残った。
次はキングコングvs.ゴジラだね。

 

 

 

そんな感じでした

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〈日本のゴジラ映画〉『シン・ゴジラ』(2016)/5年ぶりに観ても面白かったが日本政府が有能すぎてコマンドーよりリアリティなく感じるようになってた☢️ - gock221B
『ゴジラ-1.0』(2023)/全体的に面白かったが、おっさんやオタクが好みそうな登場人物たちや展開を「これって好きになっていいんかな?」と戸惑いながらも最終的には好意的に応援した。凶悪なゴジラと異能生存体・浜辺美波☢ - gock221B

〈マイケル・ドハティ監督作〉
『クランプス 魔物の儀式』(2015)/新作ゴジラの監督による悪のサンタが襲ってくるキッズ向けファンタジーホラー🎄 - gock221B

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Godzilla: King of the Monsters (2019) - IMDb

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※年末までブログ休止中!🖥

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先月前半、PC壊れてしまい前回の‪『リチャード・ジュエル』‬を更新して数分後に8年間のマイコン生命を終えた。南無阿弥陀仏

TVも持ってないしスマホで映画観る気にならんしPC買うまでは映画の感想ブログは休止しときます。

今月中には新調すると思うけど。

繋ぎとして雑文書きたくて、映画の感想でもなんでもない、内容ない事を書き続けるnote始めました。

https://note.com/gock

まぁ、そんな感じ……。上の絵は数年前にお絵描き掲示板で描いた「クラブで潰れた女の子」です。
ブログの再開は12月中旬です

 

 

追記:新しいPC届きました。
だが忙しい師走の上、保護猫二匹飼い始めたりして色々立て込んでるので年内の更新は少なめの予感。 年明けから更新の頻度が上がる感じで

 

 

そんな感じでした

『リチャード・ジュエル』(2019) /正義を行った大柄まじめ系こどおじ一筆啓上、煉獄が見えた👮🏻‍♂️

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原題:Richard Jewell 監督&制作:クリント・イーストウッド
製作会社:マルパソ・プロダクションほか 製作国:アメリカ 上映時間:131分

 

 

 

「僕は大勢の命を救ったのに……」
大柄の警備員リチャード・ジュエルとその母親は、自分達をぶっ叩くために集結したマスコミが押し寄せて外出もできない自宅で呆然としていた。何だかとっても悲しそう……。
1996年、オリンピックが開催中のアトランタ
不器用で実直な大柄の警備員リチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は、高齢の母ボビ・ジュエル(キャシー・ベイツ)と2人暮らし。
音楽イベントが行われていた公園で警備の仕事をしていたリチャードはテロリストが仕掛けた爆弾を発見。リチャードのおかげで被害者は極めて少ない人数に抑えることができた。
マスコミは3日間ほどリチャードを英雄として報道していたが、どういうわけかFBIやマスコミは変わり者で貧乏白人のリチャードに疑いの目を向け始める。
マスコミ報道は加熱し、リチャードはアメリカ全国民から激しいバッシングを受ける。
そんな窮地に陥ったリチャードを母親だけは無実だと信じるが家から一歩も出れず、FBIは証拠もなしにリチャードを「僕が犯人だ」と強引に自白させようとする。
嗚呼、大勢の命を救った英雄なのに相反する酷い扱いを受けている気の毒な男、そしてその母を救ってくれる者は誰かいないのか?
謎の中年男性「ここにいるぞ!」
貴方は……サム・ロックウェル演じる弁護士ワトソン・ブライアントではないか。
彼はリチャードが雑用の仕事をしていた時、知り合った上司だ。この世界でリチャードが頼れる者はワトソンしかいなかった。
かくしてリチャードとワトソンは、リチャードを悪だと思っているアメリカ政府つまり、この世界全体と闘っていくことになる……。
鐘を鳴らせ。「リチャード&ワトソン vs.World」の開幕だ。
クリント・イーストウッドが『父親たちの星条旗』(2006)あたりからよく制作するようになった英雄的行いをしたアメリカ国民の実話映画シリーズの‥11本目くらいかな?。
このブログ、なるべく週に一回は更新したいと思ってるのに一ヶ月近くも更新なしですみません。
8年使ってるPCが遂にイカれて更新できなかった。今もイカレてるんですが3週間、色々やってたら動作は劇遅だが一応動くようにはなったのでセーフモードで文章書いてノーマルモードで立ち上げてUPしたりと工夫したら更新できた。使い物になんないので来月あたりPC買い換えるとして、それまでの繋ぎはこのISDN時代のような苦しいやり方で頑張っていこう。死にかけのPCを使ってると自分が死ぬ時もこんな感じなのかなと思った。※このブログを書いた直後、完全に逝かれた。
完全にネタバレありなので、途中まで読んで気になったり他人の意見に左右されない自分だけの感想を持ちたい人は読むのをやめて映画を観ればいい。今ネトフリにあるよ。

 

 

 

リチャードは正義漢ではあるが要領が悪く軽んじられがちな外見をしている変わり者。
過去には警察官のコスプレして勝手に街を護って捕まった事もあるらしい。
警察官や大学の警備員の仕事にも就いていたが、(恐らく)融通が効かず取り締まりすぎて、彼としてはルールを守って取り締まってるだけなのだが大学生のモンスターペアレントから評判が悪くクビ。
「生徒が犯罪とかしたら当然捕まえるが、まぁ今のアメリカ大学生なら隠れて酒飲んだりマリファナ吸ったりするのは普通やろ」といった感じで周囲の空気に合わせる事が出来ないタイプだったのだろう。かなりの大柄でレトロゲームを愛する彼の居場所は当時のアメリカ社会には無く、常にバカにされたりからかわれる対象だった(本作を観た限りでは素朴で純粋な中学一年生男子がそのまま大人になった感じに見えた)。
そんなリチャードを唯一バカにしなかったのがワトソン弁護士だ。
リチャードはワトソンに懐き彼が好きなスニッカーズを常備していたし、ワトソンも昼休みにゲーセンでレゲーに興じるリチャードに付き合ったりもした。気さくなワトソンからすればリチャードはよくいる同僚の1人だったのだろうがリチャードからすればワトソンは生まれて初めて普通に接してくれる同僚だった。
リチャードがワトソンが当時いた会社の警備バイトを辞める時、ワトソンは不器用だが少年のような心を持つリチャードにお札を渡して「もし法の番人になれてもそのままでいろリチャード」と言った。
リチャードは「ワトソンさんは何で僕にお金を?」と、ピンと来てない様子。
ワトソン「権力を手にすると皆クソ野郎になっちまう。お前だけは今のままで居てくれ」
リチャード「ははは……変わるわけないです。このお金は僕が警官になれたら返します」
リチャードは常に職務に忠実な真面目な警備員だったのだが、周囲からしてみたら「こいつ警備バイトを何でこんな熱心にやってるんだ……?怪しい。変態かもしれん」と思われて疎まれていたのが悲しい。そういえば堅い信頼で結びつくことになるワトソン弁護士も初対面でリチャードが自分がスニッカーズ好きなこと知ってたのを知ると「何でそれを知ってる?俺のゴミ箱をあさったのか?」と一瞬だけ警戒していた。恐らく他の全ての同僚にこう思われていたのだろう。
8年後、警備員として公園でのライブの警護をしていたリチャード。
怪しいバッグを発見したリチャード。同僚たちは「心配し過ぎだよリチャード。ただのゴミだ」と取り合わなかったが、職務に忠実なリチャードは警官を呼び更に爆弾処理班を呼ぶ。バッグの中を見て青ざめる爆弾処理班。
それは確かに爆弾だった。
同時にイベント本部にも「爆弾を仕掛けた」という犯行声明の電話が近所の公衆電話からかかってきていた。
ライブを楽しむオーディエンスを遠ざけるリチャード達。
数分後にバッグは爆発。周囲に撒き散らされる殺傷用の釘。
だがバッグの向きが変わり、客を遠ざけたために爆風と釘は上空に放出されて数名の死者と負傷者だけで済んだ。
これが、あの夜あった事だ。
リチャードの「任務に忠実すぎる周囲の空気に流されない」性格のおかげで被害は最小限に抑えられた。
アメリカン・ヒーローとして報道されるリチャード。
いつも周囲に軽んじられていた、母親と同居している太ったフリーターこどおじ、一生日の目を見ないまま死んでいくはずだったリチャードがアメリカの英雄になった。
ママは大喜び。だがリチャードの人生最高の輝かしい時間は3日で終わった。

 

 

 

このテロ事件を担当して捜査する事になったFBI捜査官(ジョン・ハム)は、以前「自分で仕掛けた爆弾を発見したように見せかけてヒーローになった警備員や、自分で放火した消防士」などを例に挙げ、「このデブもそうに違いない!証拠はないがこいつが犯人やろ!」と何の根拠もなくリチャードを容疑者だと狙いをつけた。
だが勿論、まだ何も捜査してないのだから「リチャードが犯人」という可能性もゼロではなく、リチャードを一応洗ってみるのは普通の事だ。しかし、この捜査官は何の根拠もなくリチャードを犯人に仕立て上げようとしている。
捜査官は、特ダネ欲しさに枕営業してきた女性記者に「リチャードが容疑者」だと漏らしてしまった。女性記者は大喜びでそれを記事にして、瞬く間にTVニュースでの論調も「犯人はリチャード!?」という流れになる。マスコミやアメリカ国民は「冴えないリチャードが英雄」であることより「冴えないリチャードは自作自演の爆弾魔だった」という事実の方が面白いと思ったのだろう。
この女性記者の描写は結構問題になってたので彼女については最後に後述する。
ニュースを見て卒倒しそうなほど驚くリチャードママ。本当に可哀想。
FBIはリチャードに、犯人だと認める事になるっぽい書類に「形式上だけの事だからサインするフリして」と言い、リチャードがサインする真似だけすると、「うーん。リアリティが足りないな。本当にサインしてみて」などと言い出す。
リチャード「あのぅ、形式上だけならサインのフリだけでいいですよね……?」
FBI「勿論だリチャードさん、だから形式上ほんとにサインして
まるでコントだ。
さすがのリチャードも「これサインしたらヤバい」と気づき、今は個人事務所を開いたワトソン弁護士に電話をかける。
8年前、ワトソンと繋がってなければリチャードはここで終わっていた。法の番人に憧れるリチャードが尊敬してやまない立派なFBI捜査官が3人もリチャードがサインするのを見つめて圧をかけて待っている。AV出演強制のやり方と同じだ。
しかもリチャードからのSOSを受けたワトソンが、リチャードが連れてかれたFBI本部に電話してもFBIは「リチャードなんて人は来てませんよ」などと嘘をつく。リチャードが帰宅してしまえば彼が「いま思い出したけど僕、犯人でした」と言えなくなる。弁護士の介入は避けたい。激怒したワトソンは怒鳴り散らしてリチャードを奪還する。ここでもワトソンがガキの使いのように「なぁんだリチャードはそっち行ってないのか。失礼しました」って感じのカカシみたいな無能だったらリチャードは終わっている。
多くの人命を救ったのにも関わらず、この早い時点で既に二回も終わりかけているリチャード!
リチャードがワトソンと共に帰宅すると、家の周りをマスコミが取り囲んで彼に罵声を浴びせかけてくる。
次にFBIは捜査だと言いリチャードの家の物を、銃は勿論だが掃除機からママのパンツまで全て持って帰った。

ママ「私のパンツやタッパー持って帰って一体何がわかるっていうの!?」
勿論、何か証拠が出ないかというの半分、あとの半分は国を挙げての嫌がらせでリチャードを疲弊させ自白させようとしているのだろう。
この件を担当している捜査官の心情が描かれるわけではないので彼が何を考えているのか正確にはわからないが本作を観た限りでは「このデブ怪しい!自作自演の爆弾魔に違いない!」という決めつけ7割。残りの3割は「本当の犯人かどうかなんてどうでもいい。ガリガリと精神を削ってやれば思い出すだろうぜ、自分が犯人だったという事をな」そんな感じだろう。
また爆弾魔を早く逮捕しないとオリンピックが中止になりかねず、そうなるととんでもない金額が無駄になる。もはやこの状況、一番大事なのは「真犯人を見つける事」ではなく「早めに『犯人』を捕まえてそれを報道する事」になってしまっている。
リチャードはただ良い事をしただけ、だが他人から尊敬されにくいお人好しだったのでアメリカ政府からしてみれば「市民を助けた?それはご苦労だったな。だが同時にオリンピックがやりにくくなってしまった。ついでだからお前が犯人だった事を思い出してくれないか?リチャード、お前さん英雄なんだろ?」ってわけだ。本当に怖い。
そんな困った日々、ワトソン弁護士の秘書が血相変えてリチャードの家にやって来て無言でワトソンとリチャードに紙を見せる。
紙には「うちの事務所にもここにも盗聴器が仕掛けられている」と書かれていた。
家の物ぜんぶ持ってかれた時に仕掛けられたのだろう。
リチャードを心配してやってくる古い知り合いの身体にも盗聴器が仕掛けてあった。
ワトソン弁護士は、犯人が犯行声明を告げた公衆電話を調べるが、とてもリチャードがイベント会場と往復できる距離ではない。
FBIも当然それは調べてるので「これじゃリチャードを犯人にできない」という事で「リチャードには共犯者が居た」というストーリーに舵を切る。
リチャードの親友(やはり定職に就いてない感じの中年男性)が連れていかれ、前述した知り合いみたいに盗聴器つけろと言われたがリチャードを護って断った親友。
更に尋問で「パイプ爆弾とか作ってないか?」と尋問され、親友は「子供の頃にはイタズラで作った」と言ったという。
リチャードとワトソンは頭を抱え「何でそんな事わざわざ言うんだ!」というムードになるが親友は「いや、子供の頃ほんとに作ったから‥‥嘘はいけないなと思ってさ」
親友だけあって彼もまたリチャード同様、不器用なタイプの様だ。
ここから先は完全に最後までネタバレ

 

 


また捜査のためとか言って家に来たFBIに髪の毛を抜かれるリチャード。リチャードは「捜査のためだもんね‥‥」と協力する。
FBIにキレまくってるワトソンは、リチャードが自分を完全に舐めてるFBIに怒りもせず協力までする事に対してブチギレる。
ワトソン「ここまでバカにされて何で奴らにヘラヘラしてんだ!何で俺みたいにもっと怒らない!?」
ワトソンは恐らくリチャードの要領の悪さを暗に責めている。
リチャード「僕だって怒ってるよ!」
ただ正直者のリチャードは本当にあった事をFBIに全部言って、そして何もやってないリチャードがテロを仕掛けた証拠もないのに未だに容疑者扱いで、
彼にはこれ以上どうすればいいのかわからないのだ。怒って自暴自棄になればそれこそFBIの思うつぼだ。
ワトソン「こんな面倒くさい事になるとは!何で俺を弁護士に雇ったんだ!弁護士なら他にもいっぱいいるだろ!」
リチャード「あんたを弁護士に雇ったのは職場であんただけが僕をバカ扱いしなかったからだ!他の奴らは『デブ野郎』とか『ミシュランマン』とか罵ってきたけど、あんただけは!僕をまともに人間扱いしてくれた!
リチャード「それなのに今度は僕に『自分みたいになれ』と怒鳴りまくってる!なれるわけないのに!僕は僕だ!」
そう、出遭った頃、リチャードの素朴な性格に惹かれたワトソンは「将来何があっても今のままのお前でいろ」と言ったではないか。
リチャードは常にリチャードのままでいたからこそ人にバカにされる実家住まいのまま‥だが、その代わり大勢の命を救ったのも今困った事になってるのも今、信頼し合うワトソンと怒鳴りあってるのも、全てあの時ワトソンが言った「そのままでいろ」を実践してきたからだ。
このリチャードの喚き散らしはジーンとした。
納得して落ち着いたワトソンはリチャードに言う。「反撃開始の準備は出来てるか?
2人はバッシングの元になった枕営業の女性記者に怒鳴り込み、嘘発見器みたいな診断でリチャードは嘘を言ってない証明をし、傷心のリチャードママが記者会見を開いて「良い事したのに息子も私もアメリカ全体から痛めつけられ続けています!」と訴える。
特に会見の最後にママが「クリントン大統領!この会見を見てたらどうか私達を助けてください!だいとうりょうう!!助けてください!」
という訴えが本当に悲痛で胸を打った。何しろ大勢の人命を救ったのに何か月も24時間叩かれてるのだ。
このカフカ的不条理の煉獄、世界最強のアメリカとFBIが殴って来てるのだ。「殴るのやめて」と言ってもやめてくれるかどうかわからない。だから彼らより偉い大統領に「私達を殴るのをやめるよう彼らに言ってください!」と言ったのだろう。ママの悲痛な思考回路がモロで伝わって来てマジで胸を打つ。
このバッシングの発端となった枕営業女性記者も会見のママ演説を見て涙をぬぐっている‥‥おいっ!お前!笑 お前がやったんだよ!お前おまえおまえ!
とりあえずリチャードを叩きまくる世論はかなり弱まっただろう多分。
リチャードはワトソンを伴い担当捜査官に会いに行く。ラストバトルだ。
捜査官はいつものようにリチャードから失言を出させようと意地悪な尋問を繰り返す。
最初は素直に答えていたリチャードだが、やがて我に返り自分の想いを発言する。
リチャード「あの……あなたは僕をずっと疑ってますが何か証拠があるんですか?ママのタッパーから何か見つかりましたか?さっき入り口でFBIのマークを見た時、今までFBIは皆が憧れる一番価値のある職業だと思っていた。でももう今はそう思えない。こんな事があった後では。僕が職務を果たしたから助かった人もいるんです。それに、次に警備員が怪しいバッグを見つけた時に通報する気になるかな?そうは思えない。その警備員はきっとこう考える『リチャード・ジュエルみたいになるのはごめんだ!この場から自分だけ逃げよう!』それで皆が安全になるかな?僕があんたらに付け回されるのは構わない。好きにすればいい、耐えられる。だけど、あんたらが僕を追いかけまわしてる間、真犯人は野放しになってる。そいつがまたやったらどうなる?」
リチャード「だからさっき訊いたんだ。僕を罪に問える証拠があるんですか?
捜査官は無言。勝負あった。これにて解決。
実直で要領の悪いリチャードが一体どうやって捜査官を打ち負かせるのか想像できなかった。
「僕は犯人じゃないし、僕も母も困ってるからやめて」それはもう何度も言った。ストレートしか投げられない男だ。これ以上どうすればいい?
そこで「証拠ないよね?」「僕を自首させたい気持ちはわかるけど犯人じゃない僕をパクっても犯人は野放しなので何の解決にもならない」
リチャードは素朴なリチャードのまま変わらず、捜査官に対して論理的に正論を解く。
「僕を捕えたら今後、誰も正義を成そうとしなくなる」と言ったのも大きい。
彼だってFBI捜査官だ、何人も第三者が見てる前でこれを言われて、まだ意地悪な尋問は続ける気にはなれないだろう。
つまり大袈裟に言うなら「僕をやったらアメリカが死ぬぞ」と言ってるのに等しい。
さっきも言ったように捜査官の心情は語られないので想像するしかないが、僕が思うに本作を観る限りこの捜査官は「リチャードが犯人」だと最初から本気で思ってはいなかったと思う。ただ完全に舐めてるリチャードを揺さぶって犯人にしようとしてるだけだ。もし後から真犯人が捕まっても「間違ってたよリチャード、ごめんね?犯人じゃないならもっと強く否定してくれたらよかったのに……」とか言って済ませる気だったのだろう。
とにかく勝利者は常に一人。ワトソンをセコンドに付けたリチャードの勝ちだ。

 

 


何か久々にブログ書いたら感想のコツ忘れて全部書いてしまった。ストーリー以外のこと書く暇なかったが主演のリチャードは『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』でどうしようもない無職大柄を演じた大柄俳優。一世一代のイーストウッド主演を務めたが、トーニャの時のカスっぷりとは打って変って実直なリチャードを好演した。というか、これ観てこの俳優が大好きになったわ。「MCUでこの人が演じられる大柄ヒーローは居ないか?」などと思ってしまった。
あと『スリー・ビルボード』でも素晴らしかったけどサム・ロックウェルがマジで素晴らしいなと改めて思った。彼もまた‪『アイアンマン2』‬のハマーは出番少なすぎたのでまたMCUヴィランで出て欲しいね。カーンとか。もう彼から出てる面白いムードが凄い。話を聞く時、顎を上げて口をポカンと開けて相手を見て話を聞く様も「めちゃくちゃ聞いてるぞ」というムードが動作に出てるし、何だか相手の言う事を口から吸いこんで吸収してるようにも見える。どういうわけかただ座ったり立ってるだけで面白いのが凄い。何でだろう?演技のことよくわからんが演技のせいか?顔も似てるけどゲイリー・オールドマン的な、ずっと見ていたい魅力がある。
映画全体だが、ハズレなしのイーストウッド映画の面白い部類によくある「映画始まって数秒、まだ景色しか映ってないのにそこからずーっとめちゃくちゃ面白い」っていう感じが、本作にもあった。10年以上やってる実録アメリカンヒーロー映画シリーズの中でも前作『運び屋』の次に面白かったかもしれん。
だが欠点も結構ある。身体を使って捜査官から特ダネを聞きだす枕営業女性記者の件だが、彼女は既に亡くなっているらしく「死んで反論できない女性記者を、これほどまで悪く描くのはフェアじゃない」とバッシングを受けてボイコット運動も起きた。女性記者が務めていた新聞社が訂正を求めたがワーナーは「いーや!これが事実!」と妙に強い口調で突っぱねた。事実がどうだったのかは知らんのでこれには僕もボーっと見てるしかない。また「女性は身体を使って仕事を取るいう古い男性が考えたステレオタイプな女性像」という線でも叩かれた。
確かにムズイっすね。これが完全フィクションなら「このキャラは単に嫌な女性記者キャラ」という事で済んだかもしれない。だが実在モデルが居ない創作キャラだったとしても今のご時世にこのキャラは確かに叩かれるだろうな、とも思った。もし仮にこの記者がこの通りの事をしてたとしても枕営業で捜査官から情報を聞き出す下りはさほど必要ではないし面白いわけでもないし叩かれるに決まってるしマイナスしか無い、必要ではなかったように思う。
ただイーストウッド映画よく観てる人ならわかると思うけど、この異常に気が強くてダーティな枕営業女性記者って、イーストウッドが超好きなタイプの女性だけどね。そんなのフォローにはならんか。「大柄とオッサンと老人しか出てこないな……よし俺が好きなエロい女性キャラ出すか……」と思ったら叩かれた、といったところか?これは「イーストウッドもやはり旧世代のじいさまか‥‥」と初めて思った。だがイーストウッド90歳が今更SNSとかで風潮を勉強したりするとも思えないし、ここは周囲の人が説明してあげて欲しかった。
またジェンダー的な問題は置いといても最初は凄く意地悪だったこの記者は後半ワトソンに怒鳴られた後、急に例の公衆電話に行って「はっ!リチャードはやってない!?」と我に返ったり、リチャードママの会見で完全に改心して感涙したりして、単純に薄っぺらいキャラだな~!と呆れた。この記者が男性だったとしてもマイナスポイントだったと思う。
あとリチャードのラストバトルでの真摯な心の叫び。確かに感動はしたしリチャード凄いぞ!とも思ったが、同時に「この映画のテーマを全部口で言いすぎ……」とも思ってしまった。「実話」の映画化だし、現場で本当にああ言ったのかもしれないが、もう少し捻って欲しかった。
大御所映画監督や大御所作家の晩年の作品でよくありがちだが「これ、フィクションの形を借りたエッセイやん。ていうかツイートやん」という感じがあった。リチャードの意見には僕も賛成だッ!と思ったが、あまりに何もかもテーマを全部言ってしまうと急に陳腐に見えてくるものです。
それだ。「実話」と言えば、リチャードが頻繁に胸を抑えて苦しそうにしてたが、そのまま映画が終り「何だったんだ?」と思ってたら最後の字幕で「リチャードは健康を害して44歳で自然死した」と出てギョッとした。
まぁ凄く太ってて不健康そうではあるが本作をフルで観ると最近、世界中で話題となっている炎上騒ぎや芸能人の相次ぐ自殺など色々頭に浮かんできてしまい、
「リチャードはバッシングが激し過ぎたダメージで死んだ。私達全員が善良なリチャードを殺したのだ」と言いたいんだろうなと思った(存命中のリチャードの母親も「リチャードが心臓を痛めて死んだのはバッシングのせい」だと思っている)。
リチャードがラストバトルで本作のテーマを何もかも全部台詞で言っちゃうのは「なんかイーストウッドらしくないなぁ」と少し落胆したが、このリチャードが映画外で死んだという演出はイーストウッドらしい闇を感じた。勿論すべて「実話」なので「真実そのまま書き記しただけ」なんだが、最後に「死んだ」とぶっきらぼうに字幕出るのは「イーストウッドの演出の一つ」っぽさを感じました。ちなみに、よくある事ではあるが「リチャードが犯人!?」という報道は大々的にされまくったが「リチャードは犯人じゃなかった」「リチャードじゃない真犯人は捕まりました」という3ヶ月後のニュースは殆どされなかった。真実が伝わるまで噂は地球を三周する。未だに「リチャードが犯人」だと思い込んでるアメリカ国民も多いという。イーストウッドはこの事件を通してアメリカの恥部を描いて訴えたかったのだろう、僕には届いたが作品として粗が多くて知らしめきれなかった佳作どまりになってしまったのが残念。めちゃくちゃ面白くてたまに凄く感動する場面がある映画で、本来ならそれで充分なんだが本作はもっと……何十年も残るとんでもない大傑作になるポテンシャルがあった。要所要所の短所や荒い部分が大傑作ではなくしてしまってるな、という惜しさを感じた。イーストウッドが10年くらい練って1年くらいじっくり撮る監督ならそうなってたかもしれない、だがイーストウッドはジャズが好きなせいか早撮り量産でバンバン撮る人でしかも面白くない作品はない驚異の打率(たまにホームランもあり)それが長所でもあるので仕方ない。イーストウッドは90歳なのに2010年以降、8本も監督してる。バケモンやろ笑

 

 

 

そんな感じでした

『アメリカン・スナイパー』(2014)/時と共に増していく影が酸みたいに彼を侵す🧿 - gock221B
『ハドソン川の奇跡』(2016)/本作もさらっと凄い映画だった。久々にイーストウッド的ヒーローキャラが出た🛬 - gock221B
『グラン・トリノ』(2008)/久々に観たが面白すぎて15分間くらいに感じた。深い感動と牧歌的な間抜けさ🚙 - gock221B
『15時17分、パリ行き』(2018)/当事者達の素材の味を出しすぎて奇跡体験!アンビリーバボー化🚄 - gock221B
『運び屋』(2018)/今まで観た監督作+主演作全62本中で一番好きかもしれん。自分だけの面白さを掴み取ろう🚙 - gock221B
『クライ・マッチョ』(2021)/本作のテーマには同意できるがそれを全部台詞で言っちゃうのはイーストウッドらしくなかったですわ🐓 - gock221B

 

 

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017)/どうしようもない人間達をアホみたいに描いているが同時に地球を離れて空中にいる時のトーニャへの愛も感じた👱‍♀️ - gock221B

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Richard Jewell (2019) - IMDb

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