読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

gock221B

映画その他の感想用ブログ(2015年開設) http://gock.flavors.me/

「毛皮のヴィーナス(2013)」 ロマン・ポランスキー/自分も勝手な男なのか、ボロクソに説教されて裸で放り出された気分になった

f:id:gock221B:20160107022216j:plain
原題:LA VENUS A LA FOURRURE 監督: ロマン・ポランスキー 製作:フランス

年末に観た。
「毛皮を着たヴィーナス」を脚色した演出家がオーディションでロクな女優が見つからずイライラしてるところに、ワンダという粗野な女が遅れてやってきて無理にオーディションをさせられる事になってしまう。強引なワンダは演技を始めると途端に別人のように見事に演じるので、演出家は続けさせていくうちに彼女に身も心も支配されて行く‥という大ヒットした二人芝居の映画化らしい


「毛皮を着たヴィーナス」はマゾの語源になったマゾッホのSM小説で、オーディションでそれを元に戯曲化した台詞を読んでる演出家と女優の台詞が彼ら自身の状況とも被ってて面白い。特に映画の前半までは「これは映画丸ごとSEXのメタファーみたいな映画?」と思って凄く面白かったが、中盤以降はSM的な男女の支配権の取りあいみたいな展開が濃くなっていくのだが、個人的に支配&被支配みたいな関係性のものが苦手なので徐々にテンション下がっていった(怒られてる気分になる)
演出家は自分のマゾ願望を女性に押し付けてて女優はそれを見抜いてて彼を責める。
というかこの女ワンダは結局、一体何者だったのかよくわからない。
最初から懲らしめてやろうとして来たのかな?
まるで男を懲らしめるために現世に降り立った女神のような存在にも見える
演出家は確かに多少傲慢だったり自分の勝手な欲望を舞台化しようとしてるかもしれないが、別に悪い事してるわけでもないし欲望も彼の勝手だし、突然現れた女にコテンパンにされなきゃいけないの?と思った。勿論、このシュチュエーションに女vs.男という構図を当てはめたフィクションだという事はわかるが、演出家の立場になって考えると納得できない気持ちにもなった。
女性が観たら、男の勝手な幻想を彼に投影して気持ちよくなれるかもしれない。

若い時観た「紅い航路」に凄い似てるなーと思って観てた。紅い航路を観た時は童貞だったし、ただただ単純に怖い映画だった
というか今調べたらこのワンダ役の女優、赤い航路の女だったのか!しかも監督の妻だった
マチュー・アマルリックポランスキーの若い時そっくりなんで、
f:id:gock221B:20160107200545j:plain
否が応でも主人公は自分の事だと言いたいのかなと思ってたが、こうなってくると自分の夫婦のことを描きたかったのかな、自分を罰したいのかなと思った。それって単純な考え方か?いや、誰でも一度はそう考えざるを経ないだろう。。
本作の言いたい事はわかるのだが、どうも「そんなにボロクソにやられるほど悪いか?」と思ってしまった。そう思う僕も、演出家同様、他人を‥女性を鋳型にハメて考えるような人間なのかもしれないな。

なんか「おとなのけんか」みたいに楽しい映画だと思ってワクワクして観たら、ポランスキー夫婦にボロクソに説教されて裸で表に放り出されたような気分になった。幼稚な感想になってしまったが、製作意図にまんまとヤラれた感はあるので一番楽しめたのが自分だと言えなくもない

そんな感じでした

www.imdb.com

www.youtube.com

毛皮を着たヴィーナス (河出文庫)

毛皮を着たヴィーナス (河出文庫)

 

 

 

広告を非表示にする