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gock221B

映画その他の感想用ブログ(2015年開設) http://gock.flavors.me/

「複製された男(2013)」終盤まで超面白かったがラストで本作の構造を知った時なぜ落胆するのか考えた

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原題:Enemy 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 制作国:カナダ/スペイン 上映時間:90分

この監督は去年公開された「ボーダーライン」が評判良くて(まだ観てない)今年公開される新しいブレードランナーの監督。あと「メッセージ」もこの人か。。
結構前からいるのに何故か一本も観てなかったしブレラン前に知っときたいので監督作まとめて数本借りた。
主人公役のジェイク・ギレンホールの事も最近好きだし、この人が出てると「ちょっと観てみよう」という感じになる。
まず、この映画は雰囲気がいい
俺が言う雰囲気いい映画=具体的に言うとアラフォー独身中年男性が主人公で、夜の場面や暗い部屋が多くコントラストが濃くて暗いモダンな画で、部屋が妙に生活感なくて整頓されてて、あまり特徴のないセクシーな女と空虚なSEXしたり妙に深刻そうな雰囲気で不安なBGMが鳴ってて徐々にトラブルに巻き込まれていく感じの映画。

冒頭、どこかの秘密クラブで主人公がエロいショーを観ている。象徴的に蜘蛛が映る
主人公は大学の歴史講師アダム(ジェイク・ギレンホール)。
この主人公の恋人役はメラニー・ロラン。「イングロリアス・バスターズ」のヒロイン役の人。この人はアメリカ映画あんま出ないからなかなか観れない。
2人はちょくちょく会っては空虚なSEXをしている。
主人公の母親役はイザベラ・ロッセリーニだった。高校くらいの時にデヴィッド・リンチと付き合っていてリンチファンの自分はセクシー熟女だった彼女が好きだった。久々に観たらかなりお年を召して初老のご婦人になられていた。
主人公はある日、同僚に勧められた映画を観てると、劇中に自分と全く同じ顔の無名俳優アンソニージェイク・ギレンホール)を発見する。
‥という導入部。。かなり面白い最高の始まり方
ジェイク・ギレンホールが二役演じてるのだから「そっくり」どころでなく「全くもって同じ顔すぎる男」なのだから面白い。

昔、MIXIかなんかで友人が参加するクラブのイベントの告知を観てると、ミニマルテクノ系DJの写真が俺で「え‥何で俺の写真が‥」と焦ったが、そのDJのそのアー写一枚のみが偶然俺に似すぎてるだけで本人は全く似てなかった。
あと何かを画像検索してたら俺が知らんオッサンと肩組んで酔っ払ってる写真が出てきて「誰だこれ。いつ撮られたんだ?」と焦ったが全くの別人だった。それにしても着てる服まで同じだった。まあ只の偶然という事だ。
あまりにもどうでもよすぎる面白くもない話で横道に逸れてしまったね?
自分に似すぎてる人を見ると一瞬頭がくらっとなって焦るという話。

主人公アダムは自分と全く同じ顔のアンソニーが気になりすぎて電話する。
声も全く一緒みたいで、アンソニーの妻は電話で話したアダムが自分の夫だと思う。
アンソニーはアダムと会う約束をするが、アンソニーの妻は一足先に大学に行ってアダムに会いに行く。
あまりの似すぎ具合を目の当たりにしてショックを受けたアンソニー嫁は帰宅後「はわわ‥」という状態になって泣き出す。
この映画、面白すぎる
アンソニーは過去に浮気をしたことがあり、その事で妻は情緒不安定なようだ。
というかアダムに対するアンソニー夫婦の態度が少し変で、この映画がどうなるのか予想できず期待が高まる

待ち合わせた薄暗い部屋でついに会ったアダムとアンソニー
全く同じ顔。同じ身体。同じ声。
アンソニーは「お前、腹に傷がないか?こういうの」と言って腹の傷跡を見せる。
アダムは驚いた顔をする
アンソニー「あるんだな?お前の誕生日は?」
するとどういうわけかアダムは狼狽える。どうやら誕生日も一緒らしい。
「こんな事は良くない。僕が悪かった」と言って逃げ去ってしまう。
なんで?
アダムもアダム母もアンソニー夫婦は何かを知ってる様子。だが全然わからない
因みにメタ情報だがこの映画はミステリーサスペンスなのでクローンではない。
どどど どういう事?
もうこの映画への期待が高まりすぎて魔法がかかってしまい面白パチンコのチューリップが開いた状態になって、キャラクター達がただぼーっと椅子に座ったりその辺を歩いてるだけのシーンでも面白くて仕方なくなる。
もう気になって気になって仕方ない。
アダムは街を歩く巨大な巨大生物を幻視する。
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何だこれ?!めちゃくちゃいいじゃん
だが街を巨大生物が歩いているのではなく、これはアダムの不安を映像化した「不安の立像」的なイメージシーン。

第三幕でスワッピング的状況になり一気にクライマックスになり意外なラストが提示されて映画が終わる。
このラストにはさすがにポカーンとしてしまった。
どういう事だかサッパリわからんと思いながらコーヒーを淹れて飲んで考えた。
とりあえずこれはSFではないのだから蜘蛛は本物の蜘蛛じゃなくて何かのメタファーという事と、冒頭の秘密クラブや夫婦の態度やお互いの傷跡や巨大蜘蛛の幻視とかのシーンが幻想的だったのがヒントだろうかと思った。
とか思うと、この映画はリンチの「マルホランド・ドライブとか「ロスト・ハイウェイみたいな構造の映画なんだろうと思った。お話し的には「アイズ・ワイド・シャット」か?
そんな結論に達した(ひょっとして違うかもしれないが他に考えられないしそうだろ)
要は主人公アダムの状況と脳内での感情の動きを劇映像化したものがこの映画だったんだろう。ややこしいのは恋人や母親はアンソニー嫁や母親は実在してたので、劇中起きてる事が全部リアルタイムで同時に起きてると思わされたからだろう。
だけど何か腑に落ちないというか。。
多分これで合ってると思うが「そういう映画だったのね」という快感がない。
監督に「君が勝手にそう期待してたんだろ」と言われたらそれまでだが、ラストでミステリーやサスペンスとして現実的に明快に謎が明かされる期待が膨らみまくってたので、こういう文学的な結末だったことに「ああ、そういう映画だったん‥?」と正直ガッカリした。
この映画は少しズルいだろ。
もうちょっとリンチ映画やアイズ・ワイド・シャットみたいに「この映画は普通の構造じゃないですよ~」みたいな雰囲気を出してくれないと。。(いや後から思うと結構出してた気もするが)
後から必死に考えて、映画の構造がわかってもあんまり楽しくないよね。
喩えるなら‥君が「マッドマックス 怒りのデスロード」を楽しく観てたとしよう。
ラストで急に現代社会の手術室で眼を醒ましたフュリオサ。横には執刀医マックスが微笑んでいる。今までの激しい闘いは全て手術を乗り越えようとするフュリオサの精神的な頑張りを映像化したものだったのだ
‥こんなオチだったらガッカリするだろう。ちょっと違うが同じ種類のガッカリだ
要は、前半中盤が面白すぎたんだ。こういう映画だったら前半や中盤も「何も起きてないなぁ」みたいに退屈に撮ってくれないと。だから最後にガッカリしたのか?
そんな感じで終盤までの凄いワクワク加減が全部どっか消えてしまい、何故ガッカリしてるのか自分の考えてる事を推理するというしょうもない感想になってしまったが、まあ面白かった事と雰囲気の良さは確かだった。
だがモヤモヤ感は残った
 

そんな感じでした
www.imdb.com

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複製された男 (ポルトガル文学叢書)

複製された男 (ポルトガル文学叢書)

 

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