gock221B

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『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』(2021)/尿意は残っていたよ。どんな時にもね🧑🏻

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総監督、脚本、画コンテ、企画、原作:庵野秀明 画コンテ:鶴巻和哉前田真宏 メカニックデザイン:山下いくと 音楽:鷺巣詩郎 主題歌:宇多田ヒカル 制作、配給、宣伝:スタジオカラー 製作国:日本  上映時間:155分 英題:EVANGELION:3.0+1.0 THRICE UPON A TIME シリーズ:『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』テトラロジー。『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ

 

 

 

最近、調子どうだい?元気にしてるなら、別にいいけど……。
ネタバレあり
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012)に続く四作目、そしてこのシリーズ『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』テトラロジー(四部作)の完結編。
本作は公開から半月くらいして観に行った。先に感想言うと面白かったし想像してた以上に感動した。自国に来るまで待てず駆けつけたらしき欧米の若いジャパニメーション好きの?白人男女の集団に囲まれて観て楽しかった。
庵野エヴァは超絶ファンというわけではないが普通に好きだしほぼ全部観てる感じ。このシリーズは『序』『破』は盛り上がれなかったが『Q』は破綻してるし不評だったのはわかるが「あんなにウケた破の熱血路線を全部捨てて自分に向き合うなんて凄いな」と庵野の作家性と珍妙なシーンの数々が気に入って好きでした。
この新劇場版の4本を観れば、”あらすじだけは一応”ストーリーは繋がってるものの、旧シリーズのTV版『新世紀エヴァンゲリオン』全26話 (1995-1996)、TV版の最後の2話を作り直した『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(1997)……これら旧エヴァを観た方が感動できる。ポスターに「さらば、全てのエヴァンゲリオン」というコピーが書いてあるし新劇場版を観て気に入ったのであれば旧シリーズ観た方が面白いと思う。
漫画版『新世紀エヴァンゲリオン』全14巻…は、読めばマリについて知れるが別に知らない方が良い気がするし個人的には読まなくていいだろう。
先日、放映されて大反響だったNHKプロフェッショナル 仕事の流儀・庵野秀明スペシャル』(2021)は映画観る前に観ても良い気がする。番組内で語られた庵野秀明本人や本作の制作状況や妻の安野モヨコ氏の愛情やスタッフの苦労や、初めて語られたという「世界を憎んでいた父親」の部分は観ておくと本作の面白さが増すだろう。少しネタバレもあったが今まだ観に行ってないような人なら番組内でされた程度のネタバレ知っても別に構わんだろう。
庵野作品はどれも庵野本人の製作時の心境や状況が色濃く出ている。それはフィクションを作る人なら誰でもそうだが庵野作品は、庵野の脚本もそうだし庵野が制作の決定権を持って自由に作れるので他の映像作家よりも、まるで純文学のように庵野本人が出やすい(日本の大御所アニメ監督は皆そんな感じになるけど)。原作付きの庵野作品は、もう少し客観性を持って作られてる気がするがエヴァは純正の庵野汁が出まくっており、ほぼ私小説のような状態になっている。エヴァの装甲を剥がしたら気色の悪い生物がいるようなもんで、エヴァに興味持った人がより楽しもうとしたら自然と、綺麗な映像で作られたエヴァというアニメの内部の気色悪い庵野本人を深く知る必要がある。
もちろん「いや、たかが映画観るのにそんな色々あたるの面倒くさい!映画ファンとして話題になってるからちょっと観ときたいだけよ」という人は勿論、そうすればいい。自分も庵野好き以前に映画ファンなのでよくわかる。だけどその場合、観終わって満足した僕も「エヴァ庵野好きな自分」のスイッチを完全に切って「映画ファンというだけの自分」に戻って本作を映画として評価すると100点満点中……良くて70点くらいしかないと思う。Twitterタイムラインで映画ファンと言うだけの人が「まぁ……こんなもん?」という感想を言ってたがその気持ちもわかる。でも僕は「庵野とかエヴァも好き」という換装を施しても観る事ができるので、その換装した自分の場合85~90点くらいまで跳ね上がるほど良かったです。
どのように観るかは観客に委ねられている、前置きが長くなったが、ここまで言ってきたのは「旧シリーズも観ろ!あれもこれも」みたいな事が言いたいわけではない、どうするかは好きにすればいい。物事にはどれも違った結末に辿り着く可能性が開かれており、一つの結末に辿り着いたからといってそれが全てではないという事が言いたかった。勿論いまいちな形でよくわからん鑑賞体験して10年後に違う観方をして評価が180℃変わるのもありだろう。そういう事よくあるよね。



前作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』で主人公シンジ君は、自分がめちゃくちゃに壊滅させてしまった世界を槍でやり直そうとしたが、父親ゲンドウの策略で心の拠り所だった優しかったカヲルくんは爽やかな笑顔のまま粉微塵になって死んだ(観る度にここで毎回爆笑する)。トウジの妹に「エヴァにだけは乗らんでくださいね」と言われたにも関わらず乗ってしまった結果とんでもない事になってしまった。鬱状態になったシンジ君はアスカに引きずられてどこかへと歩いていく、アヤナミレイ(仮称)も野良猫のように着いていく。
ミサトさん率いる対ネルフ組織〈ヴィレ〉はパリで、〈ネルフ〉の冬月が繰り出した量産型エヴァによる妨害を受けるがマリが搭乗するエヴァ8号機が退け、2号機と8号機を修理や強化できる追加パーツをGET。やったぜ。
場面は代わり、アスカはシンジ君とアヤナミレイ(仮称)を連れ、コア化して真っ赤になった日本を歩く。そこに芥川也寸志が作曲した『八つ墓村』のサントラみたいな曲が流れて映画が始まる(いや、もう始まってたわけだがそう書いた方がカッコいいから言わせてくれ)。
始まったな(感想が)。
アスカは、シンジ君とアヤナミレイ(仮称)を、二アサードで生き残った人達がヴィレの協力の下集まって出来た〈第3村〉に連れていく。そこには大人になって成長したトウジと委員長の夫婦がいた。
トウジといえば前作『Q』でネルフに身をおいたシンジ君の部屋にシャコッ!とかいって〈トウジの制服〉が差し入れられた珍シーンがあった。あれは多分シンジ君を操りやすくしようと鬱にするためのゲンドウと冬月の嫌がらせだったんだろう。
冬月「第三の少年の部屋に彼が通っていた中学の制服をシャコッ!して動揺させるというのはどうだ?碇よ」
ゲンドウ「いや、友人だったトウジとかいう少年の制服をシャコッ!しよう。トウジの制服に比べて通常制服では歯が立たんよ」
冬月「実の息子には少し酷じゃないか?w」
ゲンドウ「(ゲンドウポーズのまま口元だけニヤァ……と笑う)」
こんな会話してたんか?いやなやつらだ!
話を元に戻そう。
それにしてもトウジや後で出てくるケンスケはひと目でわかったが、委員長の大人になりっぷりは凄かった。少女時代の委員長はおさげもそうだが「委員長」という呼ばれ方や「男子うるさい」と怒ったりトウジに弁当作ったりと物凄く〈女々した女子〉〈委員長〉的な要素をまとった凄く記号的なキャラだった。それが〈委員長〉という記号を剥奪されたらどうなるかというと〈すごく女っぽい女〉だけが残りそれが経産婦になってるから凄く人妻感あふれる〈人妻〉という記号をまとった「あの委員長やで!」とトウジに教わらない限り一体誰なのか全くわからないのが凄い。いや〈頬にある3つの点〉つまり、そばかすがあるのでかろうじて「かつて〈委員長〉だった女性」と感じさせるだけだ。第3村設立時の戦闘中、敵に破れて「頬の3つの点を寄越せ」と言われてテリーマンの肩の☆マークと同じように頬の三点を敵に奪われて、それをトウジに取り返してもらうまでは「かつて〈委員長〉だった女性」から「女性」に格下げされていたのかもしれない。ずっと何言ってるんでしょうね。
話を元に戻そう。
トウジの家にアヤナミレイ(仮称)を預けてシンジ君はケンスケの家に引き取られる。
そこではアスカがケンスケと同居していた。アスカとケンスケの間には深い結びつきや愛情が存在しているようだ。
ここで「アスカとケンスケ……?別にいいけど、この2人関連性薄くない?」と思ったが、すぐに「あっジャンとナディアやん!」と気付いて飲み込めた。中学生の時『不思議の海のナディア』を観てたことが役立った。そう思うとただのサブキャラとしか思ってなかったケンスケが大人になってイケメンになった風格も合わさって何だか前作主人公的な雰囲気すら感じさせる。アスカが少女時代に憧れていた加持さんっぽい雰囲気も少しある。加持さん、シンジ君、ケンケンと、アスカはどうやら物腰が柔らかい男性が好きみたい。
アヤナミレイ(仮称)は、村の人達に〈(綾波レイのそっくりさん)〉と呼ばれて農業や生活をしていくうちに感情や人間性を獲得し始める。
そういえば話がシリアスになると何時も存在が消えるし旧シリーズ放映時の時に僕が「最後の使徒に違いない!」などと見当違いな事を言ってたペンペンは第3村で繁殖して元気してた。
いつまでも鬱状態のシンジ君はキレたアスカにdisられながらレーションを口にぶち込まれる。ちなみに本作で「一番凄いアニメーションだ……」と思ったのは、このシーンだった。暴力なのだが実はシンジの体調が悪くならないようにアスカがシンジの口を栄養でFUCKする……という凄くアスカとシンジっぽいシーンだった。異常に動きがよかったのはそのせいか。
いつものように家を飛び出したシンジ君は廃墟に引きこもる。
『Q』でシンジ君がアヤナミレイ(仮称)の小屋に通って本を読ませようとしたがアヤナミレイ(仮称)が全く読まないから、とんでもなく高い本の塔が出来るという珍シーンがあったが、今度は人間性を獲得し始めた〈そっくりさん〉が逆にシンジ君の元に通って癒そうとする。
自分に優しくする皆から逃げ出したかったシンジだが村から外へは出られず、ここに自分が居ることも皆知っている。なんならアスカもちょいちょい見に来ている。そして、そっくりさんが毎日やってくる。シンジ君はたまらず「何で皆そんなに優しくするんだよ!」と叫ぶ。自分は鬱状態だが皆がどんどん優しくしてくるのでその優しさは剣のように刺さっていただろう。このシンジ君の気持ちは凄く理解できてウッと泣きそうになった。だが、おかげでシンジ君は少し回復してケンスケとアスカの家に戻り、皆は平和な時間を過ごす。
しかし、そっくりさん(仮名)は村の人達から感情を、シンジから名前をもらって〈綾波レイ〉となって消滅する。綾波シリーズはネルフの外では生きられない存在だったのだ。

またしても綾波を目の前で失い慟哭するシンジ君。これもシンジ君の心を折るゲンドウの策略の一環だったのかもしれない。成長したシンジ君……いやシンジは今までのように心が折れて鬱にはならず、ネルフを壊滅させる〈ヤマト作戦〉を行うヴィレの旗艦AAAヴンダーにアスカと共に乗り込む。
シンジ「綾波……僕はもう悲しまないよ。君みたいな子を増やさせないためにネルフを叩く!徹底的に!まずは手始めに父さんの前歯全部折ってやる!冬月のケツには将棋の駒を全部ぶち込んでやる!僕と将棋したかったんだろ!?ゲンドウも冬月もさぞや良い声で”投了”してくれるだろうぜ!」
そんな事は全く言っていないがシンジの瞳にはケツイがみなぎった。
マヤは『Q』での「これだから!若い男は(怒)」→今回の「これだから!若い男は……(呆)」→「これだから!若い男は❤」という三段オチでしたね。日向と青葉は仕事して髭そって拳を合わせるという渋い感じでした。青葉シゲル結構好きなんだが彼の事は「ギターが好きらしい」という事しかわからなかった、しかし90年代を引きずった彼のロン毛を見る度に90年代の青春を思い出すかもしれない。自分も髪長かったし。
「女性キャラの股間やオッパイばっかりアップにする!」という批判もあるが、僕個人の見た感じだと、エロが好きだった吾妻ひでお先生が亡くなる直前に、エロスとしておたまじゃくしの画像ばかりアップしてたのと同じで、下世話なエロというよりも「生命力」としてのエロスを感じましたね。……知らんけど、ただ単純に本当に下世話なエロかもしれんけどね。とにかく、あまり気になりませんでした。

そんな、この村編とでもいうべきパートは、観る前に追加の予告編で知って「ポカポカして安野モヨコの『大きなカブ』みたいな感じなのかな?嫌だな~」と思ってたが実際観ると面白かった。自然の中での地味な人間ドラマだが庵野特有の極端な構図などによって映画的にも一番面白い部分だったと思う。『プロフェッショナル 仕事の流儀』でやってたが村編、とんでもない手間と時間をかけてたよね。

 

 

 

劇中起きる出来事いちいち書いてたら終わらないのでここからは省略する。
AAAヴンダーでは前作で一言も喋らなかったミサトさんがリツコに「何かっこつけとんねん」とか言われてめっちゃ喋る。ミサトさんの事情はわからないでもなかったが「それでもQでもう少しシンジと話せばよかったんじゃ?」と思った。
あとはピンク髪の女性隊員が「ぽっと出だけどシンジを憎む」という嫌われ役を今回もずっとやってたので「偉いな~」と思うようになってきた。ベテランの中年男性隊員などは当たり障りない事を言うだけだ、しょうもない。
本作では、このエヴァという物語や全てのキャラクターと付き合ってきた観客の積年の想いが成仏するようになっている。実際に僕も観終わると本当にスッキリしてたので凄いと思った。不思議な感覚だ。だが一つだけ例外がある、それがトウジの妹サクラだ。
シンジに対してぐちゃぐちゃの感情をぶつけてきて大活躍する。他のキャラは暴れ終わって、本作は拾いきれなかった骨を拾って「お疲れ~」と乾杯しているような状況なのだがサクラは「今が正に全盛期」といった感じで暴れまわり、ただ一人だけ「もう少し、こいつを観たい」と思わせるものがあった。全ての人をエヴァから卒業させるつもりながら、それでも卒業しきれない人達の延長線のために残したキャラが、このサクラなのかもしれない。それくらいパワーがあった。台詞も行動もあまりに面白すぎる。
それにしても僕は「今回で完全に終わる!」と、人から聞いて観に行ったわけだがヤマト作戦直前にアスカがシンジに「昔、弁当作ってくれた時あんたの事好きだった」と言う場面、これは公開初日に観たかったと思った。それなら「今回で終わるんや!」と、かなり衝撃だったはずだ。アスカがそんな事言うなんて死亡フラグでもあり得ないし絶対に終わりを実感できたはずだ、だから初日に観たかったと思った。
冬月の操る量産型エヴァやヴンダーの姉妹艦3隻と闘う、ヴンダーと2号機と8号機。……そういった感じで、本作の戦闘はほぼ全編、冬月と闘ってるようなもんだ。
しかし『Q』のラストバトルもそうだったが天地がよくわからん暗い場所で、凄くゴチャゴチャした武装エヴァが、人型じゃない量産型エヴァと凄いスピードで戦闘してるせいで、はっきり言って何がどうなってるのか全くわからなかった。「あっアスカがピンチ」「アスカが優勢」とかくらいしかわからなかった。だがあまりに戦闘や敵キャラに魅力があったら卒業できなくなるので、そういう分かりにくい戦闘で良かったのかも。ここでの戦闘やアスカのお約束の「2号機ごめん!」からの敗北など全体的に『トップをねらえ2!』に似てた。トップ2は地味に好きだったがヒットしなかったので似てるこれがヒットして良かったなと思った。
終いにはマイナス宇宙でゲンドウが「暴力よくない、話をしよう」と言い出すのがめちゃくちゃ面白かった。何十年も続いた戦いのラストバトルがこんな事ってあるだろうか?それはここにある。ゲンドウもシンジも他者とのコミュニケーションこそが最も苦手なこと。彼らにとって、そして『エヴァ』という作品では〈他者との対話〉こそが真の戦いなのだ。「人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオンに乗って闘う」なんて事は「子供の夢みてーなこと」でしかないのだ。『幽遊白書』で幽助が「魔界の王」などといったフワフワしたものにならずラーメン屋という現実的な職業に就いたのと同じか。
そこでゲンドウの「親戚の集まりがいやだった」とかから始まり、シンジはエヴァに囚われたキャラクター達やエヴァンゲリオン達の呪いを全て解き、開放していく。
中でも旧劇を思わせる海で、アスカに「好きって言ってくれてありがとう。僕もアスカが好きだったよ」と言うところが凄く感動した。
旧シリーズ~旧劇の時は非常に式波じゃなくて惣流の方のアスカっぽい苛烈な女性と付き合って大変だったし劇中のアスカもどんどん病んでいって陰惨なシーンが多かった。旧劇ラストも実は綺麗にオチてる良い終わり方なんだけど若い自分には凄く重い現実を突きつけられた感じでずーんとしたものが残った。ついでにその後の人生で知り合う女性とエヴァの話するとほぼ100%アスカが好きだとアスカの話になり、それが何十年か続くうちに何というか「アスカ=他のアニメキャラと違って感情を持った生きてるし唯一、自分の中に無理やり入ってくるかのような生々しい女性……の象徴」という感じになって、自分もシンジみたいなもんで他人と距離を置きたい人間なので、すっかりアスカというキャラがずっと苦手だったんだけど、このシーンを見るとアスカとシンジが別れを告げるもんだから、ただアスカというキャラクターがどうの宮村優子氏がどうのだけじゃなく、自分の中の女性という枠組みの中に広いスペースを持っていたアスカという概念そのものの呪いが解けたのか全く好きでなかったアスカとのお別れシーンでヤバいほどの感動があった。というかむしろアスカ嫌いなんじゃなくてむしろ好きだったのかも……と思うものがありヴンダーでシンジの弁当の話してたのもあって、あまり好きじゃなかった『破』も観たくなった。アスカというキャラそのものというよりアスカにまつわる色んな事とかアスカという概念が好きだったと気付いた感じというか……。多分、漫画版みたいにシンジとアスカがネオンジェネシスで付き合ってたらそんな気持ちにならず、シンジとアスカが別れと感謝を同時に告げたのが良かったんだと思う。長年のアスカ派の人には悪いが漫画版でアスカとくっついてもピンとこなかったんだよね、今回のように感謝とともに別れるのが最良だった気がする。何で?と訊かれても上手く説明できないがそんな気がする。
最後、ネオンジェネシスでシンジが共に歩くのはマリというのは、まず綾波やアスカじゃない方がいい、というのがあるからマリで良いしマリは庵野の妻の安野モヨコ成分がめちゃくちゃ入ってるのでシンジとくっ付くのは当然……と最初は思ったが、アニメのキャラとしては、この2人の因縁少なすぎるよね?と疑問が出てくる。でもそれはアスカとケンケンもそうか……。あと漫画版のマリの事を考えるとあまりに関係性が複雑というか母性や包容力ありすぎるしそんな女とくっ付くのはどうか……と思ったが、庵野を反映させてるんだし、それで人生が順調になり本作もそれで完成したんだから、まぁこれでいいのか。どんな事も新しく始められるネオンジェネシスだから複雑な出自のマリという女性も「マリという名前の少女」として新生したからこれでいいのか……という感じで納得した。
それにしてもシンジの声が神木隆之介氏になって終わるというのが本作で一番の衝撃だった。シンジの声優・緒方恵美氏はいくらでもイケメンや青年の声出せるのに、わざわざ緒方恵美氏からもシンジを取り上げて終わりというのが「ネオンジェネシスでも闘ったりしないように本当の本当に終わり」感あった。

 

良いポイントを挙げようとしたら、あれもこれも書こうとして書く時間が長くなって文章の勢いが弱くなってしまった。
というか4日前くらいに観に行って感想書こうとしても文章が膨れ上がってポイントが分散してしまい上手く書けず、これ3回目くらいでやっとここまで短くなったんだけど上手くまとまらなかった。特に海のアスカのシーンで感じた感想をどう書いていいかわからなかった。
後日、第3村とアスカの2つの感想だけに絞って推敲するかもしれん。
チョッチだけね。

 

 

そんな感じでした

『シン・ゴジラ』(2016)/5年ぶりに観ても面白かったが日本政府が有能すぎてコマンドーよりリアリティなく感じるようになってた☢️ - gock221B

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シン・エヴァンゲリオン劇場版 公式サイト
www.youtube.com

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NHKオンデマンド | プロフェッショナル 仕事の流儀 「庵野秀明スペシャル」

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