gock221B

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『悪魔のいけにえ -レザーフェイス・リターンズ-』(2021)/サリーの台詞や惨殺アイデアとかエルシー・フィッシャーの魅力とか良い部分もあるけど、さすがにもう飽きました…🏠

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原題:Texas Chainsaw Massacre 監督:デヴィッド・ブルー・ガルシア 原作:トビー・フーパー
製作国:アメリカ 上映時間:81分 シリーズ:『悪魔のいけにえ』シリーズ

 

 

 

あまりに傑作すぎてマスターフィルムがスミソニアン博物館に永久保存されてる『悪魔のいけにえ』(1974)の直接の続編。つまり2以降の続編をなかった事にした「1の続き」。
9年前の『悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲』(2013)もまた「一作目の直接の続編」だったのだが本作もまた別の「一作目の直接の続編」というややこしい作品。
僕はというと一作目は勿論、傑作……。一作目の監督自らが若干コメディ化した『悪魔のいけにえ2』(1986)も楽しい作品で好きだった。
あとはリメイクの『テキサス・チェーンソー』(2003)、『テキサス・チェーンソー ビギニング』(2006)、前述の一作目の直接の続編『悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲』(2013)も変わった内容だがそれなりに楽しかった。
その他のは観てない。2018年に前日譚があったらしいが、別にレザーフェイス誕生の秘密とか何の興味もないし。
自分が観た範囲内だとどれも一定以上の面白さはあるし、一作目のカリスマ性の湯気のようなものは嗅げるので続編やらリメイクやらも楽しんでたが、もう正直完全に飽きた感はある。続編やらリメイクやら形は違えど全部同じ内容なので自然とそうなる。
そして『悪魔のいけにえ』シリーズは一作目が、映画自体の出来もさることながら荒い粒子の映像やら時代との結びつきやら全てが合致し、あまりに完璧すぎて続編やリメイクなど何をやっても、それなりには楽しいが絶対に一作目を超えられないし些細なアイデア以外に新しいものも特に打ち出せないことが決まってるシリーズでもある。
本作はNetflixで配信されたので無料だから観たって感じ。
結論を先に言ってしまうと本作もまた、それなりに楽しいが、その代わり新しいものは無い、観ても観なくても割とどっちでもいいタイプのまぁまぁな映画だった。
そんな低温度な印象だが良いところもあったので本作で初めて悪いけ観た人なら大好きになる可能性もゼロではない。
Netflix配給ではあるがNetflix制作オリジナル映画ではない。配給権をネトフリが買っただけ。
ネタバレあり。

 

 


一作目の約50年後、レザーフェイスは捕まらずテキサス田舎町で隠れ棲んでいた。
その施設は、もうやっておらず立ち退きを要求されている。そこに住む老婆が一般人を装うレザーフェイスと暮らしていた。
レザーフェイス以外の殺人一家はどうなったのかよくわからない。正直、レザーフェイスが暴れだすところまで吹き替え流しっぱなしで殆ど観てないという不真面目な態度で観ていた……というかオーディオドラマみたいに聴いてたり聴いてなかったりしてたので正直、説明を聴き飛ばしたかもしれん。だが他の殺人一家は一人も出てこないので正直どっちでもいい。とにかく「一作目の50年後のレザーフェイス」一本槍のホラー。
で、そのレザーフェイスの家に踏み込んだ若者たちが惨劇に遭うといういつもの流れ。
若者たちは、殺人事件に巻き込まれたPTSDに悩んでる少女ライラ(エルシー・フィッシャー)や、その姉メロディを含むグループ(ライラに何があったのかはよく観てなかったのでよく知らん、多分銃撃事件のようなものに巻き込まれた生き残りらしい)。
彼女らはこの田舎町で「より良い世界のため」にビジネスを始めようとしており保安官のおっさんにカルト扱いされる。この辺よく観てなかったが彼女らは今どきのビジネス系コミューンを作ろうとしてた感じ?それを地元民が煙たがる。これは一作目でテキサスにやって来た被害者達がヒッピー風の(当時の)現代的な若者たちでガソリンスタンドのテキサス民が白い目で見てたのを現代風にした感じか。
この老婆とレザーフェイスの住む建物に白人至上主義の旗があったので、主人公グループの黒人青年メンバーは反感を抱き、警官たちを突入させ「何かの間違いよ、ここは確かに私達の家のはずよ……?」と困惑する老婆に圧力をかけ、老婆とレザーフェイスは強引に連行されてしまう。
この圧迫が老婆にプレッシャーを与え、老婆は連行中に心臓発作で亡くなる。
ここまでの劇中では只のおとなしい知的障害者だと思われていたレザーフェイスの悪魔の血が怒りで蘇り連行中の車の皆を惨殺。人の皮でマスクを作って被り連続チェーンソー殺人鬼”レザーフェイス”が復活する。
このニュースを知ったのは一作目のサバイバー被害者少女だったサリー。初老女性となった彼女は一作目の後、レザーフェイスを倒すためにレンジャーになっていたらしい。レザーフェイスが復活した事で50年間止まっていたサリーの時間も動き出した(ちなみにサリー役をしていた俳優マリリン・バーンズは2014年に亡くなってるので別の俳優が演じてる)。
この「一作目のヒロインが年老いても殺人鬼への復讐を胸に懐いてワイルドな戦士になっており、殺人鬼の復活と同時に活動を再開する」という展開は、同じく古典スラッシュホラー『ハロウィン』(1978) の”直接の続編”だった『ハロウィン』(2018)の展開と全く同じもの。あまりに同じ過ぎてパクリと言ってもいいくらいなのだが、結末は『ハロウィン』(2018)のローリーと本作のサリーとでは大きく違う。

 

 

 

復活したレザーフェイスは”心は子供、ボディは超人”といった、モンスターとして描かれる。銃撃や刃物による攻撃などは効いてるのか効いてないのかわからない。何しろショットガンで何発も撃たれてるのに平気で走り回るのだから、ほとんど超常的なフィジカルを持った怪物と言ってもいい。まるでゲームのキャラみたいに撃たれてもカットが変わればほぼ全快してる。ハロウィンのマイケル・マイヤーズみたいなもん。
で、他の殺人鬼とは違うレザーフェイスの独自性と言えば、チェーンソー……は勿論だが一作目でも顕著だった「そんなバケモノが超然としておらず、めっちゃ焦ったり動揺してる」っていうのがある。そして、それは別に「あ、こいつ完璧なバケモノじゃなくて人の心があるんだ」という感じでバケモノに人間ドラマをやらせたいのではなく「……そんな人の心があるのに、他人をバラバラにしたり皮を剥いで被っちゃうんだ」「人の心があるって事はそんな恐ろしいレザーフェイスと俺は地続きの同じ生き物なんだ」と思わせ、それが怖いと思わせる効果があると思う。
現実の殺人犯が普段は凄く善人として知られる人物だったりしたら「バケモノじゃなくて自分と同じ生き物なんだ。……という事は自分の中にも、一つのボタンの掛け違いで他人をぶっ殺す怪物性があるんだ」と思わせて怖い。それと似た恐怖を与える要素だと思う。戦争や災害などの異常事態下で起きた酷い事件とかを知った時に「自分も、この集団に居たら促されて暴行や殺人を犯してしまうのかも?」「そして実際にどんどんそれを行って快感を感じる人間だったらどうしよう?」という恐怖。僕自身はそんな状況になっても酷いことしないとは勿論思ってるが「そういった怪物性は自分の中にあって、それが目を開かない保証はない」と思ってます。そして全人類が自分のことを客観的にそう認識する事こそが、悲惨なことを行わないために大事だと昔から思ってます。集団で暴行とか殺人とかはずみで犯しそうな人らって普段から”絆”とかめっちゃ大事にしてそうなイメージありますわ。
話を戻そう、それにつけてもレザーフェイス
本作でレザーが見せる人間性は「若者たちのせいで死んでしまった、自分を愛してくれた今は亡きおばあちゃんのワンピースの匂いを嗅いで哀しむ」というシーンだった。
そして、立ち退きを要求されてた老婆の家は「本当に老婆のものだった」事を証明する書類をメロディが見つける。
つまり、死んだ家族が白人至上主義の旗を掲げているので違うとは言ってるが本人もレイシストなのかもしれない老婆や、殺人鬼レザーフェイスを匿っていた真実は置いといて……老婆がこの屋敷に棲んでいた事自体は間違いではなかった。間違いは老婆を追い立てて殺した主人公メロディ達と警官達だった。そして老婆の死を哀しむレザー。だがそんなレザーは既に主人公グループの女の子や警官たちをぶっ殺して皮を剥いだ後……という誰を応援して良いのかわからない複雑な状況。この揺さぶりは本作の良いところでした。
だけど理由なき殺戮が良かったレザーフェイスに「おばあちゃんを殺した余所者が許せん」という復讐の目的を与えてしまった事自体はレザーの魅力を落としてるとも思ったけど。
老婆は”伝説の剣”みたいにチェンソーを家の壁の中に封印していた。それがすぐ動くんかい、とか捨てろよとか思わないでもないが、まぁ「老婆が愛でレザーの殺人衝動を抑えて只の大柄として抑えてた、そのタガあ外れて怪物が目を覚ました」って事のメタファーなんだろうけど。
レザーは、レイブパーティみたいなノリで若者達が乗ってるギュウギュウ詰めのバスに乗り込み逃げ場のない若者たちをチェンソーで殺しまくる。
アホそうな男のケツから突っ込んで下腹から男性器のようにチェンソーの先が突き出て、それを女性の下腹部に突っ込むというSEXに見立てた殺しや、窓から外に出ようとする女性の胴体を輪切りにして「頭は車外、胴体は車内」状態にするなど色々なオモシロ惨殺を見せる。
もはやメロディとライラ姉妹だけになってしまった。
ちなみにライラ役を演じてるエルシー・フィッシャーとかいう俳優かわいいなと思って調べたら『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』(2018)で有名になった子役だった。タイプ的には『ゲーム・オブ・スローンズ』〈シーズン1-8〉(2011-2019) で少女剣士アリア・スターク役を演じたメイジー・ウィリアムズみたいな、赤ちゃんみたいな童顔の俳優で凄く可愛いかった。
とにかく追い詰められた姉妹を駆けつけた車で救ったのは老サリー。「早く走らせて!」と懇願する姉妹だが、サリーはドアにロックをかけて車から降りる。レザーフェイスを一騎討ちで倒さぬ限りサリーの止まってしまった人生の時計は再始動しない。この瞬間のために生きてきたサリーは姉妹の命より自分の復讐を優先させる。彼女もまた今やレザーが生んだ怪物なのだ。
サリーを出す意味も、途中までは「ハロウィン2018のパクリやん」と思ってたところがある。しかも演じてる俳優が違うのだから別にサリーじゃない別の被害者でも良かった気がする。 の場合は同じ俳優が演じたからこそ時間の重みがあったが、本作は違う俳優なわけだしマリリン・バーンズが演じてないと意味ないだろうとおもってたけど……逃げようとするライラに「逃げるな!」とレザーを仕留めるところが良かった。「逃げたら最後、あいつに死ぬまで取り憑かれる」と言う。『ハロウィン』(2018)の老ローリーもそうだったがサリー自身がそうだったのだろう。まともな人間関係も築けず、レザーフェイスへの復讐に備えるだけの人生「今逃げたらライラ、あんたもそうなるよ」というメッセージ。犯罪被害者にそんなメッセージを強く言えるのは同じ犯罪被害者サバイバーだけ。だからこのシーン観たら「サリー出した意味あったかも」と思えた。ホラー映画など観てもヒロインが助かったら「良かった、助かったー」と思って終わりだが『ハロウィン』(2018)や本作は「逃げたら生き永らえる事はできるが精神は死ぬ」と、サバイバーのその後を厳しく描いたところ、これは「助かりましたとさチャンチャン」で済ますより優しいなと思った、逆に言えば「ホラー映画はサバイバーを40年近く放ったらかしてた」とも言える。
と思いがけず長い感想になってきたから止めるが、正直なところ本作の面白さや良さは「まぁまぁ面白い」という54点くらいのものだった。最初は「大したこと無いからfilmarksに2、3行で感想書けばいいや」と思ってたからね。書き出したら、やる気成分が脳から出てきたのでブログに書くことにしただけ。
レザーとサリーのメッセージとゴア描写、それらは良かったけど、せっかく『悪魔のいけにえ』の続編なのに、それ以外(殺人一家とか)は全部捨てかいとか文句もあるし。
それにしても最初にも書いたが、悪いけやハロウィンの続編やらリメイクどれも、それなりには面白いけど全部それなりだからもう飽きましたよね。タダだから観たけど正直もう悪いけは作らんでいいだろう……。ハロウィンにも思うがもうレジェンド殺人鬼たちはやることもないし、もう蘇らんでいいだろ。

 

 

 

そんな感じでした

『悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲』(2013)/2とは別の世界線での1作目の続編。珍作だが割と好き - gock221B

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Texas Chainsaw Massacre (2022) - IMDb

www.youtube.com

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