原題:Willy's Wonderland 主演&製作:ニコラス・ケイジ 監督:ケヴィン・ルイス
脚本:G・O・パーソンズ 製作国:アメリカ 上映時間:88分
Twitterで「怪異が起きてもニコラス・ケイジが全部無視する面白いホラー映画」としてバズった映画。
夜間警備員が朝がくるまでテーマパークの殺人マスコットの強襲をしのぎ切るホラーサバイブゲーム『Five Nights at Freddy's』シリーズ(2014-)をモデルにして、短編映画『Wally's Wonderland』(2016)を元にしてニコラスケイジをブッ込んだホラーコメディ映画。
最初だけ観たら、もうほぼ『Five Nights at Freddy's』のまんま……何なら「パクり」と言っても間違いではないので「『Five Nights at Freddy's』の映画化した方が良かったんじゃ?」と最初は思うのだが、すぐにそんな必要はなかったとわかる。何故ならニコラス・ケイジの存在によって『Five Nights at Freddy's』を遥かに超えてるから。
完全にネタバレあり。なので映画観てから読むのをオススメします。
前半
車の故障で田舎町で困った寡黙な中年男性(ニコラス・ケイジ)。
通りかかった修理工に助けられ車の修理代の代わりに、廃墟となったテーマパーク“ウィリーズ・ワンダーランド”を朝まで清掃して修理代を返す事になる。
深夜、ウィリーズ・ワンダーランドを清掃し、休憩になるとエナジードリンクを飲んでピンボールに興じるニコラス・ケイジ。
すると突然、8体の機械仕掛けのマスコットに襲われたのでニコラス・ケイジは引きちぎってブチ壊した。一体どうなってしまうのか――
そんな話。
Twitterでバズってた通り、ニコラス・ケイジは壁に血文字が書かれていても黙って清掃して再び休憩する。殺人マスコットが襲ってきてもブッ壊して清掃して再び休憩。エナドリ飲んでピンボールをプレイする。感情をあらわすのはピンボールでハイスコアを出した時のみ。殺人マスコットに襲われて何を考えているのかは想像するしかない。
前評判通りとても面白い。何も聞かずに観たら数倍面白かっただろう、だが言われないとこの映画のこと知らなかったので内容を聞かずに観る方法はなかったので仕方ない。
中盤
一方、ウィリーズ・ワンダーランドに火を放って消滅させようとする不良少女リブ(エミリー・トスタ)と悪ガキ達。
彼女らはウィリーズ・ワンダーランドで夜な夜な殺人マスコットが人を惨殺してる事を知ってるので自分たちで邪悪を滅しようとしている。
ほどなくニコラス・ケイジと合流するリブ達は、素手で殺人マスコットを数体ブッ壊してるニコラス・ケイジに感嘆。だがニコラス・ケイジは寡黙なのでコミュニケーション不能。ニコラス・ケイジは一言も喋らない、戦ってる時に小声で「うああ」と言うだけだ。
ウィリーズ・ワンダーランドの秘密。
それは「創業者ウィリーズと従業員たちは全員、連続殺人鬼だった。遊びに来る家族を惨殺していたが警察に踏み込まれたので、黒魔術の儀式をして死亡。殺人鬼達の魂はマスコット・ロボットに憑依した」「マスコットは町の人達を殺し始めたので保安官は『定期的に生贄を捧げるので町には来ないでくれ』と言って旅人を夜間清掃員として送り込んでいた」という「大体そんな感じなんだろうな」と思っていた秘密が明らかになる。アメリカのテーマパークや人形を扱ったホラーは大体40年くらい前から全部このストーリーだからだ。だが本作のウリはストーリーやホラー描写ではないので、これらは全部前フリに過ぎない。本作のウリは勿論ニコラス・ケイジだ。
なんなら、この中盤で「ウィリーズ・ワンダーランドの秘密」……本作の設定を教えてくれる場面も何ならいらなかった。何故あるのかというと、もう序盤ですぐ「ニコラス・ケイジが清掃して休憩して殺人マスコットを素手で屠る……その繰り返し」という曲で言うサビが露出してしまっている、いくら面白くても一時間半それを繰り返すだけでは飽きる、そこに変化をもたらすために「ウィリーズ・ワンダーランドの秘密」が語られた。
リブの仲間達が大勢侵入してきた、これは勿論ニコラス・ケイジがノーリアクションなのでニコラス・ケイジの代わりに驚いたりマスコットに惨殺されるために投入されたのは言うまでもない。
40年前からのホラー映画の伝統通り、男女が隠れてSEXしたり何故かバラバラに行動したりモンスターの甘言を信じたりしてヒロイン格のリブ以外の若(わか)は全員カンタンにブッ殺される。
これでいいのだが、あまりにもお約束どおり過ぎて退屈になってくるので、設定の解説はこれでいいとして若(わか)たちがブッ殺されるくだり、ホラーのチャラチャラした若者は迂闊なものだが本作の若たちはアホすぎる。殺人マスコットがウロウロしてると知ってるのに何でSEXとかしちゃうのか?殺されるのはいいが緊張感なさすぎる。だから、この若たちが壊滅するくだりだけは、もう少しキチンと撮ってほしかった。
多分、作品自体の構成は凄いのだが、ホラー演出やアクションを撮るのは苦手な感じがした。そのせいかな。
とはいえ中盤のそんなくだりはニコラス・ケイジを楽しむ本作にとってどうでもいいオマケでしかないので大きなマイナスにはならない。「どうせなら、この中盤も面白ければもっともっと良かったのに」という「付き合いたかった彼女との初夜の女の子のパンツが自分の好きな感じのものならもっとよかったんだけど、でもどっちみち脱ぐから別にいいか」程度のもの?
後半
ニコラス・ケイジはリブを(たまたま)護りながら殺人マスコットを次々と撃破。
「殺人マスコットを怒らせれば町に被害が及ぶ」という事を恐れた保安官は、ニコラス・ケイジの両手を後ろに縛り上げてウィリーズ・ワンダーランドに置き去りにする。
ニコラス・ケイジが殺人マスコットより数倍強いのは充分観てきたので、これは良いハンデだ……と思ってたらニコラス・ケイジは両手を縛られた状態で殺人マスコットをブチ壊してし、殺人マスコットの残骸を表のゴミ箱に捨て、保安官に手を振り再びウィリーズ・ワンダーランドに戻っていくニコラス・ケイジ。両手を縛られた状態でなお殺人マスコットより10倍は強かった。
まだ動き始めていない殺人マスコットをぶっ壊せば良い気もするがニコラス・ケイジはそんな事はしない。襲ってくる殺人マスコットは倒すが動いていないマスコットを倒すことは「夜間の間、ウィリーズ・ワンダーランドの清掃をして欲しい」という依頼に入っていないからだ。「襲ってきたらともかく動いていない以上は綺麗にしなきゃいけないテーマパークの一部」とでも思ってるのだろうか。
リブがマスコットに狙われてファイティングポーズを取るも、休憩時間のアラームが鳴ったらリブを置いてさっさと休憩室に戻ってしまう(そしてエナドリ飲んでピンボールする)。
最後の一体はラスボス、ウィリーズが憑依したイタチのマスコットだ。
さすがウィリーズ。居合わせた保安官の上半身を一薙ぎでふっ飛ばした!怪力のヒグマの数倍強い!今までのマスコットとは一味違うようだ。
殴り合ったニコラス・ケイジだが一方的にボコボコにされて敗北!
立ち上がるニコラス・ケイジ。
だが思い出して欲しい。保安官はウィリーズのチョップ一薙ぎで身体が真っ二つになってしまった。そんなウィリーズ・チョップを何発も喰らったニコラス・ケイジはやられこそしたものの、かすり傷くらいで「いてて……」という感じで済んだ。つまり保安官の数十倍は頑丈。
そしてニコラス・ケイジは休憩室にあった棒を2本ダクトテープで一つにした。
その棒でウィリーズを撲殺した。
「素手ではウィリーズに勝てないから棒2本を合わせたもので叩けば勝てる」というわけだ。「棒1本ではウィリーズのHP100を50くらいしか減らせない。だから2本で100、勝てる」そういう事か?すごいつよい。
とにかく殺人ロボットを迎え討つという非日常よりも「清掃して休憩する」という日常を一番大切にして、そのまま最後まで突っ走ったニコラス・ケイジは何とも言えないカッコよさ。スーパーヒーローにはなれないし〈『トップガン:マーヴェリック』(2022)のトム・クルーズ〉になるのも無理、そもそも今から米空軍に入るのが無理だし、だが「怪物と戦う」ってところは無理だとしても本作のニコラス・ケイジのように「自分のルールでゲームを最後までやりきる」というのは心の持ちようや健康次第では充分可能だ。だから僕は本作を観てニコラス・ケイジに、映画観てて久々にフィードバックのあるリアルヒーローっぷりを感じた。
そんな感じでとても面白かったったのだがいうまでもなくニコラス・ケイジの存在とニコラス・ケイジの扱いの面白さ一本槍だ。中盤は凄く退屈だしアクションやホラー描写はイマイチだった。それを補ってあまりあるほどのニコラス・ケイジ、という感じ。
もうちょっとだけニコラス・ケイジ
この映画、色んな風に捉えられた。
「なんか何周もしてるゲームみたいだな」と思った、普通は難しくて死んだりするのだが、このゲームを何周もしたプレイヤーが操作するニコラス・ケイジは全て熟知してるので敵の弱点や体力や安全地帯など全て知ってるから余裕で倒せる……そんなようにも見える。だがそんな見方は浅はかでつまらないので忘れよう。
「ウィリーズ・ワンダーランドのマスコットたちも怪異だが、主人公もまた『ニコラス・ケイジ』という怪異」そんな風にも思えた。最近ではこんな風に感じることは少なくなったがクリント・イーストウッドが演じていた強いキャラ、スタローンやシュワ氏やブルース・ウィリスなど80~90年代の筋肉系アクションスター、最近だとトム・クルーズか?女性だと00年代のアンジェリーナ・ジョリーとか?彼らスターに共通してるのはスターであるがゆえに異常に強かったり異常なまでに死ななかったとしても観客に疑問を抱かせない(何故ならそれがスターだから)。
昔ホラーやSFアクション映画とかを観てる時に「このホラー映画にランボーとか投入したら凄い勢いで倒していくのかな?観てみたいな」と思ったりもした。……ちなみにその夢が叶ったのがシュワ氏が異星人とタイマンする『プレデター』(1987)だが、本作もそんな感じだ。……いや超常的な敵全てや町全てを合わせたよりニコラス・ケイジ一人の方が強いのだから『プレデター』(1987)よりすげぇと言っても過言ではない。
さっき「ニコラス・ケイジという事が既に怪異」みたいな事を書いたが、それは冗談ではない。ニコラス・ケイジがこんなキャラでも、さほど違和感はない。一応スターだから。2010年代以降はスターではなくキャラクターの時代になったので(どの俳優が出てくるかよりもMCUのヒーロー映画である事の方が客が入るという意味)こんな感じを忘れてしまっていた。久々に観るといいもんですね。
”ウィリーズ・ワンダーランド”という怪異や複数人の町人の悪巧みを、ニコラス・ケイジ単体が一人で完全に上回っている。本作においてニコラス・ケイジが居るレイヤーはニコラス・ケイジ以外のキャラや怪異全体より上だ。『用心棒』(1961)や『椿三十郎』(1962)の三船敏郎、昔のイーストウッド主人公、『カンフーハッスル』(2004)の主人公……等々と同様に本作のニコラス・ケイジは他のキャラクターより一段上にいる。
「人間の姿をした神」と言っても間違いではない。
主人公ニコラス・ケイジの秘密それは「主人公(ニコラス・ケイジ)は既にここで殺された犠牲者の魂の集合体、だから強いし余裕がある」……これは一番クソつまらないので一番最初に忘れよう。先日観てとても面白かったホラー『ブラック・フォン』(2022)はそんな話だった。でも『ブラック・フォン』(2022)はシリアスな映画なのでそれで良い。本作の場合、少し「メタ的な映画なのか?」と思わせるほど変わっていて素敵なコメディ寄りの映画なので、本作の場合ニコラス・ケイジの正体はわからない方が面白い。本作の最後でニコラス・ケイジの強さがそんな風に理屈で語られてしまうと一気につまらなくなり80点以上あった本作の評価が50点くらいに下がる。
本作の最後に前述のようなくだらない秘密が語られなくてよかった……
……と、おれは心の底から思った。
そんな感じでした
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