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『陪審員2番』(2024)/”正義”について逡巡する弱いイーストウッドと、それと対峙するトニ・コレットの顔した強いイーストウッド……というイーストウッド引退作。そしてそのラスト、物凄い結末。⚖️


原題:Juror #2 監督&制作:クリント・イーストウッド 脚本:ジョナサン・エイブラムズ 撮影:イヴ・ベランジェ 編集者:ジョエル・コックス、デビッド・コックス 音楽:マーク・マンシーナ 制作会社:マルパソ・プロダクションほか 製作国:アメリカ 上映時間:114分 公開日:2024.11/1(日本は劇場公開未公開で2024.12/20配信)

 

 

クリント・イーストウッド監督94歳の引退作(になると今のところ言われている)法廷スリラー。
引退作だというのに本国でも殆ど宣伝がされず早々に配信送りになった模様。日本では何と劇場公開自体ない配信スルーという有り様。「イーストウッド新作が配信スルーだと?しかも引退作で……」と感慨深かった。
イーストウッド監督作品といえば全40作品……ほぼハズレがないという異常な打率の高さで子供の頃から長年神格化していたが前作『クライ・マッチョ』(2021)が、初めて短所が長所を上回る珍妙な作品だったので「あ、あれっ?まあ、イーストウッドももう90だから、ね……」と神格化を解き、だから本作の扱いが悪くても「きっと今回も『クライ・マッチョ』(2021)みたいな珍妙な作品だったのだろう」などと勝手に納得していたら、宣伝してないのにイギリスでヒットしたりロッテン見ても激高評価みたいで不思議に思い、昨夜いざ自分でも観てみたら傑作やん!……いや、傑作は言い過ぎかもしれんが最低でも名作ではある。じゃ何でワーナーは長年、数々の栄光と稼ぎをもたらした功労者イーストウッドの引退作なのに肩叩き左遷部屋送りみたいな扱いをしたのだろうか?これはハッキリ言って謎だ。
ハッキリ言って地味of地味な内容だし、センセーショナルな要素もないので絶対に大ヒットとかしないであろう内容なのは想像がつく。
イーストウッドとかよく知らない若い奴が偉くなり「なんだこの地味な映画……宣伝しなくていいやろ」と判断したのか、又は偉大な先人に酷い扱いする事によって自分のパワーを誇示したがる新しい経営者にいがちな奴が偉くなったか……全くの想像だがワーナー上層部は昔からそういう人が多い印象なので邪推せざるを得ない。
日本では更に扱いが悪く劇場未公開で配信スルー。まあ大ヒット洋画ですらようやくベスト10に入れるかどうかってくらいだから、こんな映画に入るわけないのでわからんでもないけどそれにしても寂しい。
U-NEXT独占配信。『ペンギン』(2024)と『クリーチャー・コマンドーズ』(2024)観るため数年ぶりにU-NEXT入ったばかりだったのでこれも観れて良かった。

ネタバレあり

 

 

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主人公ジャスティン・ケンプ(演:ニコラス・ホルト)は、愛する妻アリソン(演:ゾーイ・ドゥイッチ)が出産間近な、幸福で善良な男性。
彼は、殺人罪に問われた男性の裁判で陪審員をすることになった。
昔悪かった荒っぽい男性である容疑者ジェームズ・マイケル・サイス(演:ガブリエル・バッソ)の恋人だった被害者ケンダル・カーター(演:フランチェスカイーストウッド)が、2人がバーで口論した夜に近くの川で死亡していたため「激昂したジェームズが彼女を殺して川に遺棄したのではないか?」と地元で話題の事件。
事件の概要を聞くジャスティンの顔色はどんどんすぐれなくなる。
女性が死んだ豪雨の夜。なんとジャスティンもそのバーや死亡現場の近くに居て、車で何かを轢いた気がして確認したが周囲に何も発見できなかったので「鹿にでもぶつかったのか?」と思い込んで帰宅していたのだ。
知らなかったとはいえジャスティンが殺してしまったであろうことは間違いない。
証拠も目撃者もいないので誰もそれを知らない。しかし、このまま知らんぷりしていたら、容疑者ジェームズの人生が終わってしまう。
ジャスティンは陪審員として審議しながら「事件当事者」としての強迫観念に苦む――

という話。

陪審員をすることになった善良な男が、裁判でよくよく話を聞いてみたら「あれ?女性が死んだのって……男が殺したんじゃなくて僕か!?あの夜、バーに僕も居て……その後クルマで何かにぶつかったが誰も居なかった……あれは鹿とかじゃなくて女性を僕が車で撥ねて川に落としてしまってたのか!」と気づきトイレで嘔吐する。
どうでもいいけど、この殺されてしまう女性を演じてるのはイーストウッドの実の娘であるフランチェスカイーストウッド。でもイーストウッドは昔から実の子にこういう役をやらせがち。フランチェスカは過去には『トゥルークライム』(1999)でもイーストウッドの幼い娘役をしていたみたい。近年では『ツイン・ピークス:リミテッド・イベント・シリーズ』(2017) 最終話で印象的な脇役のウェイトレスを演じていたのが印象的。
容疑者は、今は更生したものの以前はドラッグの売人だったし証言者や状況証拠の数々によって、このままでは殺人犯にされてしまう事は間違いない。だが善良なジャスティンは彼が殺人犯ではないと気づいてしまった。
担当になってくれたラリー・ラスカー弁護士(演:キーファー・サザーランド)に相談する。ジャスティンは「僕には全く彼女が歩いていた事がわかってなかった事故なんだし、自分から言いだせば無罪になるのでは?」と言うが、ラリー弁護士は「いや、君にはアルコール依存症だった過去がある。君はバーで絶っている酒を注文したが我慢して飲まなかった。しかしそんな事を信じる者は誰もいないぞ」と言う。要するに「白状したらジャスティンは無期懲役になる」と言う。故意じゃないにしては重すぎない?まぁ酒気帯び運転とか色々合わさったらそうなるのかな?弁護士が言うんだから間違いないのだろう。
ジャスティンには出産間近の妻がいる。しかも前回は流産してしまっている。件の夜、断酒したはずのジャスティンがバーにいたのはその事が辛くてつい飲みかけていたのだ。刑務所に行くわけにはいかない。
ラリー弁護士も「もうどうにもならないから黙ってれば……?」という態度。
しかしジャスティン以外の陪審員の殆ども元チンピラだった容疑者が有罪だと思いこんでいるので、このままでは無実の男が自分のせいで無期懲役になってしまう。
しかも、この事件を担当するのは有能なフェイス・ケルブルー地方検事補(演:トニ・コレット)。彼女は家庭内暴力の有罪判決で有権者の関心を引きたいため、容疑者を有罪にする事で頭がいっぱいだ。
一方、容疑者を弁護するのは多忙な公選弁護人(演:クリス・メッシーナ)であるため、捜査しきれておらず容疑者の無実を証明するための材料にミスが多い。
ジャスティンは「アル中だった自分も妻に出会って変われた、容疑者もきっとそうだ」という方向で「真犯人が誰かはわからないが、容疑者は無実だ」という方向で皆が無罪に投票するように頑張る。
全員一致でないと意見は提出できない。
容疑者をさっさと有罪にしたい多くの陪審員は、己の身にあった悲劇や「ワルは一生ワル」といった私的な理由で容疑者を犯人だと決めつける。気持ちはわかるが、視聴者である我々は、容疑者ジェームズは犯人でない事を知って観ているため「証拠もないのに、こんな感情的なことで無実の男が無期懲役になっちゃうわけ?」と怖くなってくる。僕は、X(元Twitter)TLで凶悪事件ニュースのポストに「この犯人にも同じ目に遭わせてやろうぜ!」的な感情的なリプが並んでいると、やはり気持ちはわかるし犯人にも酷い目に遭ってもらいたい気持ちはわかるのだが毎回凄く恐ろしい気持ちになる。そういう感情的な脊髄反射リプする人は、災害などが起きてデマが蔓延したらすぐ信じてタイマツ片手にリンチとかしそうだなと思うからだろう。そういった想像力を常に持っていたいのでせめて自分は「犯人殺せ!」と心で思ったとしても口にしないようにしている。口にすればそれが伝播して波となり他人をやがて社会を動かす何かになりかねないからだ。

 

 

ジャスティンの他に「有罪」に投票していなかった数少ない陪審員もいて、その一人が元殺人課刑事ハロルド・チコウスキー(演:J・K・シモンズ)。ハロルドは「目撃証言は、容疑者が昔悪かった事から来る〈確証バイアス〉によって歪められている。心象ではなく、もっと証拠を見つめてはどうか?」と語る。
更に医学生ケイコ(演:福山知佳子)は被害者のレントゲンを見て「これは轢き逃げにあったのではないか?」と”真実”に近づく。
元刑事ハロルドを演じてるJ・K・シモンズサム・ライミ版『スパイダーマン』(2022-2007)やMCUスパイダーマンで共にJ・J・ジェイムソン編集長を演じてたり『セッション』(2014)のキチ◯イハゲコーチで有名なあのおじさん。
医学生ケイコを演じてるのは「あ、日本人キャストだ、珍しい……」と思って調べたら昔の人気リアリティ番組テラスハウス』の登場人物の有名な一人だったみたいで今はアメリカで女優として小さな役を数多くしてきて今回イーストウッド作品で名前と役割のあるキャラを演じられたみたい。
まぁとにかく元刑事ハロルドは医学生ケイコの「轢き逃げ説」を推し進めて勝手に捜査を始めて死亡現場を見に行ったり果ては被害者の死亡後の自動車工場のデータを収集して「轢き逃げだとしたら、この15台のどれかが怪しいな。おや?君の車もデータにあるな。まぁ君は除外しとくね……」等と、僅か一日で主人公ジャスティンの証拠にまで辿り着いてしまう始末!とんだ名刑事だぜハロルド。
いよいよもってジャスティンは「やべえええ!」と思い廷吏(裁判所の職員)の眼の前で「あっ」とか言って元刑事ハロルドが集めたデータをわざと落として裁判所サイドにそれを周知させる。
有能すぎるハロルドやジャスティンのデータ破棄の手口、この辺は本当に可笑しい。
イーストウッド的ギャグシーン。
「元刑事が陪審員になること」「陪審員が独自に捜査すること」全て違反なので元刑事ハロルドは陪審員からすぐさま外される(彼をよく調べず陪審員にしたのは裁判所なのでお咎めは無し)。内心ほっと胸を撫で下ろすジャスティン。
自分が被害者を轢いて殺してしまった事はほぼ間違いないし容疑者ジェームズが無実なのは自分だけがわかっている。しかし名乗り出れば出産直前の妻を残して収監されてしまう。容疑者ジェームズを無罪にしたいが自分が有罪になるのは嫌

本作を観ているうちにどうやら本作は「正義をいつどのようにどこまで行うか」、また、審議を進めていく中で感情的に決めつける陪審員たちを通じて「SNS上の、情報に踊らされる人たちみたいだなぁ」と思った。そういう事を描きたかったのだろう。

また、最初は地方検事選挙で選ばれて出世する事だけを考えてバンバンと容疑者ジェームズを追い込み続け、陪審員に「有罪」を出させようとだけしていたフェイス・ケルブルー地方検事補(演:トニ・コレット)も、元刑事ハロルドが去る前に「私はあの男は殺っていないと思う。貴女はそれでいいのか」と言い残して去ったため気になってきて、彼が置いていった自動車工場のデータを元に捜査を始める。彼女もまた出世だけが目的ではなく、元々は”正義”を行うのが目的で、それを大きく振るうため地方検事長になりたいだけなのだ。
捜査や容疑者への面会、ジャスティンの妻だと知らずにアリソン宅へ聞き込みに行くうちに「どうやら容疑者ジェームズは殺ってないな……」と確信するに至る。しかしもう時間がない。陪審員たちの結果次第だ。
アリソンは帰宅したジャスティンを問い詰めて「どうやらジャスティンが轢いたらしい」という事を知る。しかしもうすぐ赤ちゃんが生まれる。黙っていればジャスティンのした事はわからない。容疑者ジェームズは殺していない、しかし彼は昔、地元で有名なワルだった。

そんなこんなで事件の真相に気づいているのは主人公ジャスティン、その妻アリソン、ジャスティンの担当弁護士、そして検事補フェイス……。
妻アリソンは赤ちゃんや夫婦の生活のために黙っていたい。ジャスティンの弁護士は最初から「黙っときなよ……」という態度。
ジャスティンとフェイス検事補だけが正義の盤上に乗せられた。
そして終盤。陪審員による結果、そして裁判の結末。
その直後、ジャスティンとフェイス検事補の会話。
そしてそして終わりかと思った頃に訪れる真の結末……(現時点ではクリント・イーストウッドの映画人生69年間の結末とも言える)。
これが凄い。凄い切れ味。
正直、本編の途中はかなり老人の映画らしくノンビリ進んでいた印象だったが、この結末の演出だけ急に、1990年代~2000年代あたりの監督としての全盛期?あたりの鋭い切れ味だったので、油断して観てたので思い切りウッ!と刺されてしまった。
僕は、映画もドラマも……小説や漫画もそうなんだが、かなり”結末”に左右されることが多い。何十年も好きな監督や作品などを思い出しても「本編も良くて、なおかつ結末が物凄い監督」ばかりだなぁと改めて思った(デヴィッド・リンチジョン・カーペンターイーストウッドなど……今はあまり好きじゃないがタランティーノも含まれるか)。結末の切れ味が鋭いと、本編の途中がボンヤリしていても割とそんなボンヤリした本編すら後から良く思えてくる。他の人もそうなのか俺だけなのかは知らないが(これを人生に当てはめて考えると、なるべく死ぬ寸前は自分の納得度と他人から見てどう見えるかプラスして、丁度いい塩梅の結末を迎えるのがベストなのかもしれない)。
それにしてもフェイス検事補を演じるトニ・コレット……、昔は美人俳優だったが『ヘレディタリー / 継承』(2018)の怖い演技と顔のママ役が注目されて以降は「怖い顔のおばさん」として活躍しまくってる印象。本作でも最初は脇役みたいだったのに途中から急に”正義”について思い出し主人公ジャスティンに迫る。その時は役名”フェイス”のままに怖い顔で主人公ジャスティンを睨みまくる。というか終盤になると急にジャスティンとフェイスが主人公交代したかのような展開になる。
こうなると両者は、イーストウッドの脳内で、強い正義のイーストウッドと弱く曖昧なイーストウッドが戦っている様を戯画化したかのようにも見えてくる。
曖昧なジャスティンを追い詰めるフェイスは怖い顔がどんどイーストウッドに見えてくるし、正義を行いたい気持ちもあるがそれより自分の安全を取りたがりそのためには急に表情がなくなり他人や自分自身に対しても「正義を忘れる」ように必死で言い聞かせる主人公ジャスティンはイーストウッドの中の弱くてダサいイーストウッドを思わせる。結局はこの「迷い」が最終結論だと受け取った。
さっき「主人公交代してフェイスが主人公みたいになる」とは言ったが、あくまでも主人公は最後まで優柔不断で口を開けたジャスティンのまま。だからフェイス検事補は「本当は、自分が危険になっても真実を追求したい」というイーストウッドの中の理想の「正義の自分」で、自己保身に走る曖昧な主人公ジャスティンが「本当の俺イーストウッド」という事だろう。
何だかんだ言いながらクリント・イーストウッド映画、最終的には”正義”の映画だったと言える。
凄いラスト1分間くらいとラストカット、そしてそういった結論は、久しぶりに……『運び屋』(2018)以来、6年ぶりに痺れて「あ、そういえば僕イーストウッド信者だった」と思い出した。
イーストウッドは早撮りの人なので、ひょっとして気が変わって来年また新作撮ったりして死ぬまでに数本撮りかねない人ではあるが、現時点ではこれが最後の映画。「最後なのに随分、地味な映画だなぁ……」と思ってたが、いざ観てみると非常に良かったと思う。やっぱ主人公を本人がやってほしい気もするので作品的には許されざる者』(1992)とか『運び屋』(2018)、この辺が「一番好きな映画」という感じだが。
定期的に作っていた正義を扱ったテーマとしては、やはり本作が一番先んじた印象がある。そもそも本人が出たら「無敵のカッコいいヒーロー」を演じざるを得なくて……まぁカッコいいし痛快ではあるものの物事の本質にはなかな近づけなかった感はあったので、ガチの結論を出すには本作みたいにヒーローでもなんでもない「普通の男」を主人公にしないとならなかったのかもね。また、時代のせいもあって、昔はイーストウッド演じるマッチョなヒーローが正義を語っても充分だったが、今それやっても時代に合わないからね。90過ぎても時代に合わせて作風を変えたと考えるとやはり冴えてるね。
もうじき死ぬからカッコつける必要もなくなったということかもしれない。

 

そんな感じでした

クリント・イーストウッド作品〉
『アメリカン・スナイパー』(2014)/時と共に増していく影が酸みたいに彼を侵す🧿 - gock221B
『ハドソン川の奇跡』(2016)/本作もさらっと凄い映画だった。久々にイーストウッド的ヒーローキャラが出た🛬 - gock221B
『グラン・トリノ』(2008)/久々に観たが面白すぎて15分間くらいに感じた。深い感動と牧歌的な間抜けさ🚙 - gock221B
『15時17分、パリ行き』(2018)/当事者達の素材の味を出しすぎて奇跡体験!アンビリーバボー化🚄 - gock221B
『運び屋』(2018)/今まで観たイーストウッド監督作&主演作全62本中で最高傑作かも。自分だけの面白さを掴み取ろう🚙 - gock221B
『リチャード・ジュエル』(2019) /正義を行った大柄まじめ系こどおじ一筆啓上、煉獄が見えた👮🏻‍♂️ - gock221B
『クライ・マッチョ』(2021)/本作のテーマには同意できるがそれを全部台詞で言っちゃうのはイーストウッドらしくなかったですわ🐓 - gock221B 

 


 

「陪審員2番」をU-NEXTで視聴

Juror #2 (2024) - IMDb
Juror #2 | Rotten Tomatoes
陪審員2番 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画

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