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『異人たち』(2023)/他人を一瞬気遣うくらいの余裕は持っておきたくなる映画でした


原題:All of Us Strangers 監督&脚本:アンドリュー・ヘイ 原作:山田太一異人たちとの夏』(1987) 製作:グレアム・ブロードベント。ピーター・チャーニン。セーラ・ハーヴィー 製作総指揮:ダニエル・バトセク。ファルハナ・ブーラ。ベン・ナイト。オリー・マッデン。ダーモット・マキヨン 撮影:ジェイミー・D・ラムジー 編集:ジョナサン・アルバーツ 音楽:エミリー・ルヴィエネーズ=ファルーシュ エンディングテーマ:Frankie Goes To Hollywood『The Power Of Love』(1984) 製作会社:フィルム4プロダクションズ。ブループリント・ピクチャーズ 配給:サーチライト・ピクチャーズ 製作国:イギリス 上映時間:105分 公開日:Jun 26, 2024(アメリカDec 22, 2023。日本は2024年4月19日)


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”I didn’t know how to be with you. I didn’t know how to be myself.”

2024年の観たかった映画ようやく残り2本になった……2025年も後半だがようやく2024年のベストが決めれると個人ブログならではの悠長なことを思う僕だった。
95%くらいネタバレありなので注意。

ロンドンの住人が2人しか居ないタワーマンションに住む脚本家のアダム(演:アンドリュー・スコット)。
ある夜、たまに見かけていた隣人ハリー(演:ポール・メスカル)が訪ねてくるが無碍なく追い返してしまう。
ある日アダムは、昔住んでいた実家に出かけ、12歳の時に交通事故で亡くなった母親(演:クレア・フォイ)と父親(演:ジェイミー・ベル)と楽しい時間を過ごす。
アダムは以降、何度か生きてない両親の実家に遊びに行きつつハリーともゲイ同士、急速に仲を深めていくが――

 

みたいな話。

山田太一の小説『異人たちとの夏』(1987)を大林宣彦が映画化した『異人たちとの夏』(1987)が有名だが、これはその「邦画版のリメイク」ではなく山田太一の小説『異人たちとの夏』(1987)をアレンジして映画化したもの。
「孤独な中年男性が、出会ったばかりの人物と恋愛関係になったり両親の幽霊と触れ合って変わっていく」という大体の物語の大筋は同じだが要所要所でアレンジしている。
中でもアンドリュー・ヘイ監督は主人公アダム同様にゲイで1980年代に肩身の狭い少年期を過ごしたそうで、完全に監督が主人公アダムに自身の想いを投影させた映画になっている。
ゲイの人は今でも偏見や差別に晒されているが1980年は更に酷いものがあった(実際、80年代のハリウッド映画などでは田舎にいるゲイは娼婦同様にとりあえず殺されるシーンが異常に多かった)。劇中でかかるペット・ショップ・ボーイズやエンディングテーマのフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの曲も、ゲイが迫害されまくってた時にゲイであることを高らかに歌った曲だということを知ってると感じ方も違うのだろうが、実際それはあまり知らずに観たけど映画の力で感動したので別に予備知識がなくても面白いと想う。ゲイの方の気持ちも真にはわからないが(そんなこと言い出すと女性主人公の映画とか外国人が主人公のものも真にはわからないわけだし)人と違う部分とか変わり者みたいな部分を投影させて観た感じ。
主人公アダムを演じてるのは『SHERLOCK』(2010-)でジム・モリアーティ役、『007 スペクター』(2015)ではMI5責任者Cを演じてた演技が大きい人(イギリス人俳優は大抵演技が大きい)。

孤独な脚本家アダムはロンドンのデカくて立派なタワーマンションに住んでいる。しかし友達や恋人はいない。マンションの前にいる隣人ハリーを眺めているだけ。知り合いが居ないどころか巨大なマンションにはアダムとハリーしか住んでいない。
大都市ロンドンでそんなことあるのか?という感じだが、これは単純に中年男性……しかもゲイであることを隠して人を避けて生きてきた中年男性アダムの内面世界をこの人気のないマンションに投影したものだろう。
ハリーは、アダムが自分を見ていることに気がつきシャンパンを持って遊びに来るが、人が怖いアダムは知らない男ハリーを自部屋(自分の心の中)に入れるのが怖くて反射的に追い返してしまう。

 


後日、アダムは実家に行く。
両親はアダムが幼い時に交通事故で死亡。その後アダムは祖母の家で育ったらしい。
この映画は普段はシャープで無音で現実的な撮り方がされているが、アダムが実家に帰る時などは画面が光彩が見えたり音がして少し幻想的になる。
今のアダムは両親と同い年くらい……いや何ならアダムの方が多分歳上なんだが、両親はアダムに「雨で濡れてるわ、シャツを脱ぎなさい」「ご飯食べていきなさい」などと小さな息子として接し、アダムもそれに甘んじる。
「今は僕、脚本家をしてるんだ」と言うアダムに両親は「なんて凄い子なの……!」と感激。アダムも褒められて照れくさそう。
また来いよ!」「またいつでもいらっしゃい」と優しく言う両親。

マンションのエレベーターのところでハリーと再会したアダム、2人は互いに「こないだはごめん」と言い、何度か会ううちに親しくなり、やがて恋愛関係になる。
アダムはゲイだが実際に同性の相手との付き合いはご無沙汰らしい(アダムの人の遠ざけ方を見るにひょっとして付き合ったことなどないのかもしれない)。
アダムとハリーは互いにゲイであることを打ち明け、相手を求め合うようになる。

実家を訪れると母だけだった日、アダムは自分がゲイであることを母に打ち明ける。
両親が生きている間にアダムがどうしてもできなかった事だった。
母は80年代のまま時が止まっている存在なので息子のカミングアウトに衝撃を受ける。
この辺りになると、アダムもアダムを演じてる人も、母や母を演じてる人よりかなり歳上なのだが、もうこのアダム母は絶対に中年男性アダムの母で中年男性アダムは幼い息子にしか見えない。俳優って凄いなと思わせる。
アダムは「今は昔と違って偏見も減ったし大丈夫だよ」と言うが色んなことがわかってなくて混乱している母はアダムを凝視したまま「それはよくわからないけど。」この動作と台詞がめちゃくちゃ母親っぽくて静かな衝撃。
相手の目を見て「それはよくわからない。」なんていう台詞を言うのは一見平易に思えるが、よく考えると友人や同僚程度の相手に言ったりはしない。だからこの何でもない台詞で「母親っぽい」と思ったのだろう。
後日再訪すると母はショックで臥せっており今度は昔ながらの寡黙で男らしい父親と対峙する。アダムがゲイだと知った父は「お前は変わった子だったからなぁ」と冗談めかして言い2人は笑いあう。
アダムは「子供の頃、いじめられて部屋で泣いていたけどパパは来てくれなかった」と言い、父も「もし私がお前の同級生ならお前をいじめていただろう」「息子がいじめられていると想いたくなくて見て見ぬふりをした」と素直に認めて謝罪し、2人は互いへの理解を深める。
それぞれの両親と向き合いわかりあえた、重大なことではないが僕もあった。誰しも子供の頃は自分の気持ちを表現する言葉を持たない、それは大人になって初めて口に出来ることだ。また、子供ではなく大人であっても20代とかめちゃくちゃバカなので30代になって「あ、10年前の、20年前のあれはああいう事で、自分はそういう気持ちだったのか」などと全てわかる日が来るので、話す機会があれば相手に話すことがある。

両親の元へ通う回数が増えるたびに幻想的な表現の画面が増えていく。ちなみに邦画『異人たちとの夏』(1987)では主人公の男が死んだ両親のところへ通うたびにやつれていき死相が顔に出てくる。どちらの映画も「両親の幽霊」は優しく全く怖くない感じで撮られていたが、幽霊は幽霊、死の擬人かだ。生きている人間がいつまでも死と戯れていれば死に近づいていく。
アダムはハリーを両親の幽霊に紹介しようとするがハリーは気乗りせず帰る。
両親もまた「今の彼氏?ハンサムね」と言うが「お前のためにも、もう私達に会いに来ないほうがいいと思う」とも言う。

ハリーとクラブで遊んでもK……ケタミンで、きまった時に荒れてしまったアダム。
アダムは両親にそれぞれカミングアウトしたが、それでもまだ心残りがある。父は即死したが母は失明した酷い状態で3日後に死んだ。重篤だったので祖母に会わないほうが良いと言われて会わなかった事が心残りだったようだ。


アダムは両親と行きたかった地域のレジャーセンターのような複合施設に行く。
今まで自宅と死んだ両親の実家など、個人的で閉鎖された場所ばかりだったので公共の場所に行く、というのが体調はともかく精神的にはアダムが前より人に心を開いたのかなと思わせる。
アダムは母に、事故での真実……は言わないままにして(別に言う必要のない真実だしね)3人は互いに愛を語って両親は消える。レジャーセンターの店員はアダムが注文した飲み物を3つ、アダムの前に並べる(とはいえ母は消える直前に目が見えなくなったので真実を知ったと思う、だが辛い真実よりもアダムの嘘の方を多く感じと思う。母が消える寸前に「なんて優しい子なの……」と言ったのでそれはわかる。

アダムは駅でハリーを見かける。ハリーはこちらに気づいていないのかそれとも気づいているが気づいてないふりして逃げているのか曖昧な感じで遠ざかる。
……ここ、謎のシーンだったが後から思うとハリーの、アダムに知ってほしいが知られたくないっていう2つの相反する気持ちをこのシーンで表現したんだなと思った。
それでクライマックスの展開が色々あってアダムはハリーと添い寝して終わる。
アダムはハリーに「色んな悪いものから君を守る」「ドアの外の吸血鬼は僕が追い払うよ」などとFrankie Goes To Hollywood「The Power Of Love」(1984)の妙にドラマチックな歌詞を語る。この曲が凄く大きくなり、2人はこの曲のMVの冒頭のような夜空の星になる。
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最初の方に書いた前述の時代の前述の曲だから、これは何となく2人の真実の愛が極まった瞬間に映画が終わったんだなと受け取った。
なんで真実の愛だと思ったかというと2人には何の未来もないイコール見返りがない愛だからそう思った。現実的な良い結果を招かなかったしてもアダムは理解することができた、という事でよかったのだろう。
それにしても本編は、たまに幻想的な画面になる以外では、劇中すごく淡々とドライな描写や台詞回しだったので最後の最後で異様に扇情的な曲が流れてドラマチックすぎるラストを迎えたので、観てる時は背景をわかってなくて観てたのだが、そのギャップで凄く感動してしまった。これって正に映像や音を時間とともに味わう映画ならではの感動だと思った。全編がこういう音楽とかドラマチック演出の連続だったら逆に何も感じなかっただろう。後で調べて色々知ったが、別に知らないままでも感動したし調べようが調べまいがその気持ちは変わらなかっただろうなと思った。

世の中色々大変な事が多くいちいち構ってはいられないが(それはそれで無視するのも大事だし)、だが少しくらい他の人に構えたりわかることができる余裕は持ちたいものだと思った。

 

 

そんな感じでした。

 


 

All of Us Strangers (2023) - IMDb

All of Us Strangers | Rotten Tomatoes

All of Us Strangers (2023) directed by Andrew Haigh • Reviews, film + cast • Letterboxd

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