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『奇才ヘンリー・シュガーの物語 他3編』(2024)/ウェス監督の特異な描写と冷徹なロアルド・ダール原作が合ってて良かった


原題:The Wonderful Story of Henry Sugar and Three More 監督&脚本&製作:ウェス・アンダーソン 原作:ロアルド・ダール 撮影:ロバート・D・イェーマン 編集:バーニー・ピリング、アンドリュー・ワイスブラム 制作会社:アメリカン・エンピリカル・ピクチャーズ、インディアン・ペイントブラシ 配給&配信:Netflix 製作国:アメリカ 公開日:2024年3月15日(それぞれの短編は2023年9月20日)

 

 

ロアルド・ダール「ひどい仕打ちが忍耐の限界を超えると、ただ屈服する人間もいる。だが数は少ないが、なぜか征服されない人間がいる」 -『毒』本編より-

原作はイギリスの小説家・脚本家ロアルド・ダール。『チャーリーとチョコレート工場』(2005)を始め、物凄く多く映画化されておりウェス・アンダーソンは以前ストップモーション・アニメ『ファンタスティック Mr.FOX』(2009)以来の映像化。
全てNetflixで2023年に配信されており、それなのに『ロアルド・ダールの奇妙な作品集(仮)』(2023)みたいなタイトルで「全4話のドラマシリーズ」扱いにするとか一本のオムニバス映画にするとか(これら4本全部足したら約90分で映画として丁度いい)はせず、本作らは4本バラバラに配信された。
ウェス監督は「ロアルド・ダール作品が持つ”物語の独立性”を重視したい」「自分の濃密な映像化を一気に観たらトゥーマッチだ」という理由を語った。確かに『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』を観たら、映画が濃密すぎて観ててめちゃくちゃ疲れたので分けたのも納得だった。
また「アカデミー賞・短編実写映画賞を狙うため、わざと長編にしなかった」、という大人の理由もあった(というか、ほぼそれが理由だろう)。そして『ロアルド・ダールの奇妙な作品集(仮)』(2023)みたいなタイトルでNetflixの一つのページにまとめて置いてしまうと「リミテッド・ドラマ・シリーズ」になってしまう。こうなるとアカデミー賞は狙えずエミー賞になってしまう。そーいう複合的な理由で、こういうかたちになった。
そしてオスカーを獲った後、Netflixは4本の短編それぞれのバラバラのページは残しつつ、4本をくっつけて『奇才ヘンリー・シュガーの物語 他3編』(2023)としてオムニバス映画にした。
映画は「1978~1981年にかけてイギリスのTV用に撮影されたが放映されなかった作品」という体になっている。
狂言回しとしてロアルド・ダール(演:レイフ・ファインズ)が話の最初と最後に出てきて語る。出ている俳優は近年のウェス・アンダーソン作品の常連の数人が色んな役をやっている。

ネタバレあり

 

 

『奇才ヘンリー・シュガーの物語』(2023) ★★★☆☆

原題:The Wonderful Story of Henry Sugar 原作:ロアルド・ダール『奇才ヘンリー・シュガーの物語』(1977) 上映時間:39分

大富豪に生まれたので働かずギャンブルをしているヘンリー・シュガー(演:ベネディクト・カンバーバッチ)41歳。ある日書斎で、「透視能力者について記した医師の手記」を見つける。
するとチャルテジー医師(演:デーヴ・パテール)が主人公となって彼の回想に入る。
回想の中の医師が透視能力を持ったサーカス団員イムダッド・カーン(演:ベン・キングズレー)に話を聞く、今度はイムダッドが主人公となって回想が始まる。少年だった時のイムダッドは、空中浮遊して瞑想するヨガ行者に修行法を聞き、長い年月をかけて瞑想法をものにする。その副産物として透視能力を手に入れる。チャルテジー医師は彼を研究しようとしたがイムダッドは急死してしまい医師が落胆して手記は終わる。
この手記に衝撃を受けたヘンリー・シュガーは修行法を実践する。
瞑想中に気が散らないように「愛する者の顔を脳裏に浮かべ、それを見つめ続ける」というのがイムダッドが編み出した瞑想法だった。特に愛する者のいないヘンリーは「自分の顔」を脳裏に浮かべて修行する。そしてヘンリーにはこれについての才能があったようで短期間で透視能力を会得する。
さっそくギャンブルに使い大金を得るが、元々大富豪なので金には困ってないし透視によってギャンブルのスリルや興奮が全て失われてしまい、何の意味もないと絶望するヘンリー。だが金をばらまいた事を叱ってきた警官(演:ベン・キングズレー)の助言に従い「透視能力をギャンブルに使って大金を得て、病院や孤児院を次々と建てる」事に生きがいを見出す。そして透視によって自身に血栓があることを見つけて長生きは出来ないことを悟った、だからヘンリーは尚更ストイックに大金を稼いで福祉しまくる事に熱中していく。
……というのは原作者ロアルド・ダールが「ヘンリー・シュガーという大富豪の会計士から聞いた話」だった事がわかる。

ということで「無為に過ごしていた男ヘンリーが、努力して得た力を行使して利他的な事に使う」ようになる、という物語だった。そしてそれを誰も知らないってところがいい(”ヘンリー・シュガー”も仮名)。そういう意味でヒーローっぽい話。
だが「金持ちの遊び」と言われそうな感じもあるが、そこはノブレス・オブリージュって事で素直に受け止めよう(ブルース・ウェインのバットマン活動も似たようなものだ)
大富豪といえども『生き甲斐がないと人生は空虚なまま』という点において、我々庶民と何ら変わりはない。厳密に言えば、貧乏人はまず基本の生活の基盤「生きること」そのものにリソースを割かねばならず、金持ちよりも苦労のステップが一段階多い。しかし、生存の基盤が整った後の、『虚無(0)』から『生き甲斐(1)』へと向かうための”精神的なプロセス”については、実は両者に貴賤の差はない。「金持ちの方が選択肢が多い」という細かいことは置いておいて「魂を燃やせる”1”」を見つけ出せるかどうか。その一点において、大富豪とワンルームの住人が向き合う幸福への道筋は、ほぼ同じだと思う。
医師の回想(手記)に入り、イムダッドの回想に入り……と次々と「回想」が入れ子構造になっているのも面白い。そしてこの話自体が「ヘンリー・シュガーの回想」をロアルド・ダールが書いてるので本編全部も実は回想だったわけだし。
そして全編は、いかにもウェス・アンダーソンって感じの画面で進んでいく……いや、いつも以上かな。主人公は頻繁に視聴者に話しかけてくるし回想の中の場面が変わると美術自体が舞台のように変換していく。そんな構成だから、ウェス・アンダーソン作品に頻出する「建物の断面図」もいつもよりたくさん出てくる。また、一つ一つのカットが異常に長い。お話自体は単純なのだが、画面の情報量が凄い。本編は40分だが10分くらい観ただけでヘトヘトになって短編なのに三回くらいに分けて観た。
似たようなことは『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(2023)の時にもあったが、あれも画面の情報量が多すぎて観に行って帰り道、クタクタになった。あれに近いかも、ウェス監督特有の凝りに凝った画面が40分延々と続くので凄く疲れた。つくづく映画って中盤に広い場所で煙草吸ったりカフェで無意味な会話するなどの、どうでもいいシーンが必要だなと思った。ウェス・アンダーソンは短編にする代わりに凝ろうと思って息を止めて走り抜けるような作品にしたんだろうなと思った。
本作は監督の狙い通り「第96回アカデミー賞短編実写映画賞」を受賞した。
ちょっと延ばしただけですぐ長編にできそうな凝りに凝った素材を強引にギュウッと無理やり短編映画にしたようなもんなので「そりゃオスカーも獲るだろう」と少しずるい気もしたが。

 

 

『白鳥』(2023) ★★★★☆

原題:The Poizon 原作:ロアルド・ダール原作:『白鳥』(1977) 上映時間:17分
短編集『奇才ヘンリー・シュガーの物語』(1977)に収録されている。

粗暴な15歳男子アーニーは誕生日にライフル銃を貰う。彼と友人はその辺の鳥を撃ち殺しまくる。いじめられっ子の優等生ピーター・ワトソン(演:アサ・ジェニングス)を見つけたアーニーと取り巻きはピーターの両手両足を縛り上げ線路に放置する。
ピーターは後頭部を地面にめり込ませ両足を寝かせる事で列車に人体をふっ飛ばされずやり過ごす事ができた。
続いてアーニー達は鳥好きのピーターをレトリバー犬の役にして、白鳥を銃殺して拾ってこさせる。更にナイフで白鳥の翼を切除してピーターの背中に取り付け、木の上に登らせて「沼に飛び降りないと撃ち殺す」と脅し、抵抗した脚を銃撃する……という、虐めというより殺害未遂に近い壮絶な虐めを受ける(しかもロアルド・ダールは新聞で読んだ実話を元にしている)。現実世界ではアメリカ政府がイランの女子小学校を爆撃して少女を皆殺しにして親族や救助隊員が助けに来たタイミングで二度目の爆撃で全員殺した胸糞悪い事件がタイムリーだという事もあり、非常にムカついて身体が冷たくなってくる。
ちなみに出来事をずっと語ってくれている控えめなイケメンのナレーター(演:ルパート・フレンド)はピーター本人という設定。これによって「ピーターは銃殺されたり落下死などはなく立派に成長した」ことがわかる(これは原作にないようなのでウェス・アンダーソンのサービス精神での付け足しだろう)。
原作では「木から飛ぶことを強要されるが抵抗したピートが脚を撃たれるも枝に捕まる、そして光にジャンプする。近所の人は”白鳥が飛んでいる”と思い、ピーターは自宅の庭に落下し母に救助される」ところで終わる。だから「いじめられたが屈服しなかったし助かった」というところまでは同じ。だが英文で検索すると、本作でトラウマを受けた人が欧米人で多いみたい。あまりに虐めが胸糞すぎるし、いじめっ子が報いを受けずスッキリしないからだろう。しかし僕としてはこの方が良かったと思う。とってつけたように、いじめっ子が罰を受けると「あぁ、しょせんはフィクションだな」と冷めてしまう。そして無駄にスッキリしてしまうと「あぁ、スッキリした。ではこれはもう忘れよう」となってしまう。これはアクション映画のようにスッキリはさせず長い間、脳内で醸造して自分の中の”何か”に繋げた方がいいタイプの物語だと思うので”心のしこり”として残しておいた方がいいだろう。
また「立派なイケメンに成長したピーター」としてルパート・フレンド演じるナレーターを登場させた事の他にもサービスがある。撃たれたピーターが枝に捕まって抵抗したが枝が折れた時に、原作者ロアルド・ダール(演:レイフ・ファインズ)が出てきて語る。
ロアルド・ダール「ひどい仕打ちが忍耐の限界を超えると、ただ屈服する人間もいる。だが数は少ないが、なぜか征服されない人間がいる。戦時だけでなく平時にも。不屈の精神を持ち、苦痛にも拷問にも死の脅威にも あきらめない。ピーターはそんな1人だった。木の上で落ちまいともがいている時ふと自分は勝つだろうと思った(以下略)
そして最後の顛末が語られて終わる。つまりピーターは悪(心身を痛めつける虐め)に遭うが最後まで心が折られなかった……という少年の黄金の精神が強調される。
レイフ・ファインズの真摯な眼差しや、子役が演じたりストップモーション・アニメで描写された、血濡れの白鳥の羽を取り付けられた少年ピーターのあまりのちっぽけさと相まってストレートに感動する。村人たちが「白鳥を目撃」し、また光の方へ向かったピーターが助かった結末からして、これは素直に「ピーターが強い心で悪を跳ね返した」「撃たれた白鳥がピーターを得て蘇った」と見るべきだろう。
またウェス・アンダーソンの、凝ってて洗練された可愛い画面はこの物語を描くのにピッタリで、普通の劇映画でこんな話をやられてもムカつきすぎて話が入ってこない。だから丁度よかったといえる。
とはいえ非常に描写は冷淡、だがその奥にはロアルド・ダールやウェス・アンダーソンの「人間を前向きに捉える視線」が隠れている。そしてそういうものは隠れてる方が、より感動する。古い人間なのでね

 

『ねずみ捕りの男』(2023) ★★☆☆☆

原題:The Rat Catcher 原作:ロアルド・ダール原作:『白鳥』(1977) 上映時間:17分

『あなたに似た人[新訳版]II』に収録された『クロードの犬』の中の一章の映像化。
ねずみの被害に困っていた給油所の男クロード(演:ルパート・フレンド)は、ねずみ捕りの男(演:レイフ・ファインズ)を呼ぶ。
まるでネズミのようなこの男はねずみ捕りについて色々語るが失敗。落胆したねずみ捕りの男は手持ちのネズミを色々な方法で殺してみせようとするが、それも上手くいかず噛み殺し、更に聞いたものが後々まで引きずりそうな嫌な、ねずみ豆知識を披露して追い返される。
「ねずみを捕るにはねずみに同化して奴らのことを理解してなきゃ」と語る男は見た目もねずみそっくりで色々得意げに語るが、全てにおいてねずみに看破され通用しなかった。ねずみ捕りの男は囚えたねずみを殺してみせたり嫌な話したりして小さなプライドを回復させようとして、その卑小さを見せつける話、といったところ?
この話も面白いが、素直に卑小さに当てられて「嫌な話やな」とクロードと同じ気持ちになった。

 

 

『毒』(2023) ★★★★☆

原題:Poison 原作:ロアルド・ダール原作:『毒』(1950) 上映時間:17分

『あなたに似た人[新訳版]I』 に収録されている。
イギリス領インド時代のインド。イギリスの上流階級の男性ティンバー・ウッズ(演:デーヴ・パテル)が、友人のハリー・ポープ(演:ベネディクト・カンバーバッチ)の家を訪れると、ハリーはベッドに寝て身動きせずパニック状態で汗を大量にかいていた。なんでも掛け布団の下、腹の上に猛毒を持つアマガサヘビがいて何時間も動けず、ティンバーが来るのを待っていたという。
ティンバーは地元のインド人医師のガンダーバイ博士(演:ベン・キングズレー) を呼ぶ、ガンダーバイは色々手を尽くして、毒蛇を刺激しない方法で安全に掛け布団を除去するが、そこには何もなかった。するとハリーは「俺を噓つきだというのか」と怒りガンダーバイに人種差別的な罵詈雑言を浴びせ、怒って帰るガンダーバイにティンバーは謝罪する。
これ最初ながら観した時「蛇がいると騒いでいなかった」という、田舎の親戚のおじさんのようなおっちょこちょい話で「何だこの話?」と頭にハテナが浮かんだが、見返したら、イギリス領だった時のインドだから「上級イギリス人がインド人に八つ当たりしたのか」とやっとわかった。
更に差別的なハリーの常識的な友人ティンバーも上級イギリス人だが、何故かインド系のデーヴ・パテルが演じている。これはどういう事かと思ったが「上級イギリス人がインド人を差別した」というだけだと単純すぎるので「ティンバーはイギリス人だけど差別しないよ」と中和した、だが「そんなティンバーはインド系イギリス人だからガンダーバイに同情した」と見ることもできるな。とりあえず「イギリス人だから差別したんじゃなくてハリー個人が差別的なんだよ」と言いたいので、インド系俳優が演じる差別しないインド人……というキャラを出して画一的にならないよう調整したのではないか。
毒蛇はおらず、毒はハリーの中にあった、つまりハリーが毒蛇だったという話か。
そもそもハリーの悪い心がテーマじゃなければこの話のタイトルは「蛇」とか「毒蛇」にするところだよね。そこを「毒」ってタイトルにしてるんだから最初に意図に気が付かなかった自分はぼーっとしてたな。
先日の『ワンダーマン』(2026)でも、あまりに良すぎたけどベン・キングズレーがいちいち素晴らしい。本作で「差別的な罵詈雑言」を言われた時の哀しみ、怒り、呆れ……など色んな感情が混ざったかのような表情が本当に素晴らしくて脳裏に焼き付いた。もっとベン・キングズレーが観たい。
書くの忘れたが、単純に毒ヘビを除こうとする本編も緊張感あってよかったよ。

 

あまりにも捻りのなさすぎる締めになるがロアルド・ダールの本を読みたくなった。
彼の本は一冊も読んでおらず映画化されて観たもので良かったのはウェス・アンダーソンの『ファンタスティック Mr.FOX』(2009)、『フォー・ルームス』(1995) の「ペントハウス」くらいか。「ペントハウス」は、ただでさえイキってるタランティーノが最もイキってた時代で、演出もタランティーノの演技もむせ返るほどイキりすぎてて腹立つが最後に痛い目に遭うキャラだったので良かった気がする。ロアルド・ダールが脚本を書いた『007は二度死ぬ』(1967)はブログ書いてないけど最近見て面白かった。
凄く冷淡な、観察するかのような視線で書かれておりその奥には人間性を信頼している眼差しがあり、だがその視線は主張しすぎない……という感じは好みのものなので読んだら自分が好きかも、と思った。

 

そんな感じでした

〈ウェス・アンダーソン監督作〉
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』(2025)/本作のベニチオとスカヨハほんと良かった。ウェス監督作品が良くても感想書きにくい理由 - gock221B

 

〈ロアルド・ダール原作映画〉
『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』(2016)/そんな終わり方? - gock221B

 


 

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The Wonderful Story of Henry Sugar (Short 2023) - IMDb
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ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語 | Filmarks映画

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