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『インヒアレント・ヴァイス』(2014)/崩壊した現実のアメリカを尻目に”心のアメリカ”を建て直そう


原題:Inherent Vice 監督&脚本&製作:ポール・トーマス・アンダーソン 原作:トマス・ピンチョン『LAヴァイス』(2009) 製作:ジョアン・セラーほか 製作総指揮:スコット・ルーディン、アダム・ソムナー 撮影:ロバート・エルスウィット 編集:レスリー・ジョーンズ 音楽:ジョニー・グリーンウッド 制作会社:ラットパック=デューン・エンターテインメントほか 配給:ワーナー・ブラザース 製作国:アメリカ 上映時間:149分 公開日:2014年12月12日(日本は2015年4月18日)

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ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)が『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)で、第98回アカデミー賞で総なめした。おめでとう!

それは良いとして、最近加齢のせいか何十年も好きじゃなかったリンゴ(※果物)が急に大好きになったんだが映画でも同じように、ここ10年くらいあんまり観てなかったPTAやウェス・アンダーソンが好きになり、アメリカ現代文学だとワンバトや本作の原作者トマス・ピンチョンやドン・デリーロも急に偶然大好きになった。これは何だろう?と思ったのだが、これらのものは全部自分の中で一本芯が通ってて、現代アメリカ社会を神話みたいな感じで面白く描く人ばっかりなんですよね。
これはどこから来てるのか?いや、別に来てなくてもいいけど、アメリカが今再び無茶苦茶になりすぎてるじゃないですか?エプスタイン文書とかイラン侵攻とか……挙げたらキリがねぇので省くけど。前回のトランプ任期の時はまだ「なんだかトランプって『シンプソンズ』に出てくる狂った大統領みたいだなぁ。HAHAHA」とか言ってたら2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件とか起きて「うお。」とか言って浮かべていた乾いた笑いが引きつったままフリーズ、それを引き継いで更に笑えない事態に。
こうなると、もはや完全に「『シンプソンズ』や『サウスパーク』に出てくる狂った大統領」を超えてますよね。完全にフィクションの世界に侵入してきている。このブログ地味にMCU全作感想書いてるけど、もうスーパーヒーローとか完全に観方変わるよね。『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014)とか今観ても「狙った標的をいつでも殺せる機械?そんな綺麗な殺しで済むなら現実よりマシかも」みたいに思えて脅威に感じんないですしね。そしてアメリカは対岸の火事ではなく日本に直結してるわけです。
とにかく崩壊しつつある現実、そして現実逃避しようにも現実は酸のようにアメリカ映画を侵す。映画ファンの日常としては、もはや呑気に楽しめなくなったアメリカ映画(心の中のアメリカ)を何とか建て直す必要を感じ、それで自分の中で共通点のある"心の中のアメリカ"を再建することによって精神の均衡を図っているのではないか、無意識に。とそう思った。
物凄く個人的でしょうもなさすぎる事だ、まるで自分を慰めているかのように。だが同時に日々暮らす上で割と大事なことだ。

ちなみに本作は当時、コケたらしい。しかし賞レースにノミネートされたり評価は高くカルト映画といってもいいかも。
そしてPTAの次回作はピンチョンの次に興味あるドン・デリーロの冷戦を描いた『アンダーワールド』(1997)映画化という噂がある。これが今から作られるなら今のめちゃくちゃな現実世界を反映してどんな作品になるか……今から一番楽しみだ、本決まりじゃないけども。

ネタバレあり

 

 

🌿👩💉⛴️

 

 

1970年ロサンゼルスゴルディータ・ビーチ(架空の街)に住んでいるマリファナ好きの私立探偵ドック(演:ホアキン・フェニックス)。
ドックの元を、元恋人シャスタ(演:キャサリン・ウォーターストン)が訪ねる。シャスタは、ユダヤ人の土地開発業者という地元の大物の愛人になっていた、陰謀に巻き込まれた彼を救って欲しいという、そして同時期に2件の人探しもあり、3件の依頼を捜査する。
ドックはロス市警ビッグフット刑事(演:ジョシュ・ブローリン)に捕まったり情報交換して捜査を進めるうち、3件の依頼は全て〈黄金の牙〉というヘロイン密輸組織が関係していた――

という話。


初見の時、……割と『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)でもそうだったのだが、明快かつ具体的なストーリーで色んな情報を台詞にしてるのだが、物凄く要領が掴みにくい。
登場人物が異様に多いし。たとえばドックと仲のいい女性キャラにしても、ドックが未だに未練ありそうな元恋人シャスタを初めとして、ドックの探偵事務所の元従業員ソルティレージュ(演:ジョアンナ・ニューサム)、現在の交際相手ペニー検事(演:リース・ウィザースプーン)なども非常に親密。実際に付き合ってるのはペニー検事で、元従業員ソルティレージュは今は只の親友っぽいのだが物凄く彼女っぽい雰囲気なのでてっきり彼女かと思っていた、そしてソルティレージュは本作のナレーションも務めていてドックのことを何かとお見通しで温かく喋ってるので「本命の彼女」と思えてくるのだ。ソルティレージュは元従業員だが現在の従業員は別に居る。だから「ソルティレージュを現在の従業員にして、2人のキャラを1人にした方が整理されて良くない?」と思えてくる。更にペニー検事とドックが何故仲が良いのかもよくわからないので「ソルティレージュがドックの恋人で現従業員にすれば3人のキャラを1人に集約できるじゃん」などと思えてしまうのだが、たぶん原作読んだら彼女たち一人ひとりについて色々書いてて3人である必然性があるのかも。とにかく初見の時は期待せずボーッと観てたせいもあり、「あれ?シャスタがドックの元恋人なのはわかったが、誰がドックの現在の恋人で、誰が従業員なんだっけ?」と最後までよくわからなかった。

またキャラ同士は、具体的に人名を出して明快な情報交換を頻繁にしているのだが、とにかく登場人物が多いし「一瞬しか画面に出てない奴」とか「全く出てきてない奴」の名前などが当然のように重要人物として会話に挙げるので「話してる言葉はわかるし具体的なことを話してるのに何を言ってるのか全くわからない……???」という感じで、凄く「自分がアホになった気分」になった。本作がコケたのはこれが原因かも。
……というと、凄く悪く言ってるように聞こえるだろうが本作は凄く雰囲気がいい。PTAなので映像や出演者や台詞はどれも良いし、タイトルが出ると同時にCANの『ビタミンC』(1972)が流れるのもカッコいい、場面が切り替わる度にソルティレージュが話すナレーションも非常にうっとりする素晴らしさ(吹き替え版のこれが最高)。
だから、あまり言いたくない言い方だが「雰囲気が良い映画」。「なんか黄金の牙とかいう秘密組織を追ってるな」という大きな流れ以外の細かい流れはサッパリわからないままなのだが観てて凄く気持ちが良いので観れてしまう。
「Don't Think. Feel(考えるな、感じろ)」と、言って良いのはブルース・リーのような傑物だけで、それ以外の人は大抵「あなたがそれ言う資格ある?」って感じの人しか言わないのであまり言いたくはないが初見時はドンシンクフィー状態で観ていた。
PTAはロバート・アルトマンの僕がいつも大好きな映画『ロング・グッドバイ』(1973)を参考にした映画の一つに挙げていた。そう言われなくても観てる間「『ロング・グッドバイ』(1973)っぽいな……」とは思った。ヨレヨレだが優しい探偵がヒッピーや怪物が蠢く悪徳の街で女に騙されたり色々しながら何も思い通りにならないが最後に一つ正しいことを通す……そして観てる間、いま何してるのか頻繁にわからなくなる……だが雰囲気が良いので何回も観れてしまう――という感じで本作は2010年代の『ロング・グッドバイ』(1973)と言えるかもしれない。
というか別にわかりやすくしようと思えば簡単に出来るだろうし、頻繁に酩酊しているドックに感情移入させるためわざとわかりにくく脚本書いてるのかも、とそう思った。
もしくは原作に忠実であろうとしてか?撮影現場にピンチョン来てたそうだし。
クライマックス、元恋人シャスタの独白やドックのリアクションには素直に胸を打たれ……というか刺された想いがしたし、突然訪れる一瞬のアクションシーンのカッコよさ、事件の(一応の)解決、そして結末など終盤の畳み掛けはかなり良かった。
いや終盤だけじゃなく割と全体的に良かった。というのも「わかりやすい話のはずなのに何故わからないんだ……まるでブリブリにキマってるかのようだ……」と思いつつ心地が良いので続けて2回観たし。最近あんまりないぞ連続して映画観るの。そしてそんな感じなので初見はディティールに目が行かなかったが2回目観てたら細部が妙に奇妙な感じだと気がついた。

 

 

ドックと彼の弁護士ソンチョ(演:ベニチオ・デル・トロ)がダイナーに入るのだがソンチョは(この名前も何なんだ……)「前菜は自家製のアンチョビ・ロース(Homemade Anchovy Loin)、メインはエイの切り身をビール入りの衣でフライ(Stingray fillets fried in a beer-based batter)」と注文。ドックは「じゃ俺はクラゲの照り焼き風コロッケ(Jellyfish Teriyaki-Style Croquettes)、ウナギのトロヴァトーレ(The Eel Troubadour)」とオーダー。そしてウェイトレスのオススメで「テキーラ・ゾンビ」を2人は飲む。
「アメリカのダイナー文化はカスタマイズ前提」なのでアメリカ映画でよく刑事がダイナーで「卵は半熟、ベーコンはカリカリで」と言うのを何度も観てたので、ストーリーが追いにくいこともあり「そういうもんだ、しかしクラゲ?まぁいいや後で考えよう」と流してたが2回観てたらさすがに「こんな普通の店でクラゲのコロッケとか注文していきなり出るのか!?しかもホアキン全く気乗りしない感じで注文してるのに食い物にクセありすぎだろ」と思った。つまりPTAが(又は原作が?)オモシロとして挿入したのだとわかり、この後から気がついたこともあって2回目はめちゃくちゃ楽しんだ。
またドックとビッグフットが情報交換する日本人が経営する店、ここも初見では(聴いててもサッパリわからなくなる)会話に集中してスルーしてたが2回目では「日本の小料理屋のようなカウンターのある店内。シェフは寿司屋の板前。しかしSUSHIではなくビッグフットはパンケーキを食べている」いや、凄く変だ。ジョシュ・ブローリン演じるビッグフットはいつも怒っているのだがパンケーキ食べて何度も板前に「モット!パンケーク〈PAN CAKE〉!(板前が了解したら)!ハイ!ハイ!」と絶叫してるし明らかに変だ。こうなると可笑しなシーン自体も面白いが「初見で”こういうもの”だと流した昨夜の俺」のことが「全然こういうものじゃないし!」と、どんどん面白くなってくる。コーイ(演:オーウェン・ウィルソン)の子供の写真見たドックの物凄い絶叫とか黄金の牙の使者が小学女子だったり……いや挙げればきりが無いからやめるけど面白いシーンが本当に多い。ワンバトみたいに大ヒットしなかったのがよくわからなくなってきた。せめてカルト映画として今後は推していきたい。
ビッフフットはいつもチョコバナナを食べている。しかもこれみよがしに咥えてアップになるし上下に動かして舐めたりしている。彼は事情があって落ち込んでて妻にいつも怒られてるし神経がすり減って神経がギリギリ。失いつつある男性性を取り戻したいと思ってる内面がチョコバナナをしゃぶる行動に出てるのかな。
『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)も、ストーリーがシリアスだったから流したがベニチオ・デル・トロ(大好き)演じるセンセイにデカプリオが「(走り去りながら)ヘイ、センキューセンセイ!テンキューセンセイ!テンキュー!ガッデムッッツ!(振り返って拳を上げて)ビバラ・レボリューション!」という絶叫、それを受けたベニチオが「うん。」と頷くシーンとか、スケボー忍者少年軍団とか『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)の「ミルクシェーキだよォー!」とか、絶妙に面白いよね。デヴィッド・リンチみたいにあからさまに現実ではありえないシーンとかじゃなくて現実で起きても(一応)おかしくはない……でも無いだろっていう絶妙なライン、これが「フィクションが現実に侵食している」感じで面白い、前置きで現実社会の危うさに触れたが、これによってフィクションの力で現実が押し戻されて少し愉快になる。ひょっとしてそれが目的なのかな。
近年の映画はステレオタイプな展開ばかりなので何度も観るって久しくやってなかったけど、PTAこういう微妙なオモシロで現実を侵食して映画に奥行きを作るため、こういう絶妙なオモシロシーンをたまに紛れ込ませるのかも。

本作の敵となる”黄金の牙”は超上級ユダヤ人による秘密結社……という今の現実とも妙にリンクする巨悪だった。というかこの悪は巨大すぎて、いち私立探偵のドックでは倒せない。巨大すぎて良いこともしてそうなのもまたやるせないな。だがドックは半径数メートルで身近な人や関係者に酷いことした奴をブチ殺し(勝負は一瞬できまる。爽快なシーン)、そして自分の利益を捨てて、よく知らない隣人のため利他的な正義を行う。だが「かっこいい」ってだけじゃなくて、割とこれが常に悪が嗤う現実世界を生き抜く指針かもしれない。面白い上に、それが知れて良かったと本当に思った。

 

 

そんな感じでした

〈PTA監督作品〉
『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)/他人と一切共有したくないという希少な感動があり、書くことがない - gock221B
『リコリス・ピザ』(2021)/作家性の強い監督の映画の良いとこって型通りの展開じゃないとこだな、と今更気がついた - gock221B
『ハードエイト』(1996)/悪徳の街で無償の善行という悪事を行う聖なる悪魔の話 - gock221B
『ブギーナイツ』(1997)/偽りのエデンと疑似家族、ただし血が通っているかも - gock221B
『マグノリア』(1999)/久々に観たが長すぎて精神が筋肉痛を起こした。でもクイズ少年には心が動いた - gock221B
『パンチドランク・ラブ』(2002)/当時も好きだったが久々に観ると姉の設定が絶妙だったのが新たな感想だった - gock221B
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)/再見したら、寄生する気力しか残ってない兄ヘンリーが印象深かった - gock221B

 

gock221b.hatenablog.com


 

Inherent Vice (2014) - IMDb
Inherent Vice | Rotten Tomatoes
Inherent Vice (2014) Letterboxd
インヒアレント・ヴァイス | Filmarks映画

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