
原題:Hard Eight 監督&脚本:ポール・トーマス・アンダーソン 制作:ジョン・ライオンズ 撮影:ロバート・エルスウィット 編集:バーバラ・テュライヴァー 衣装デザイン:マーク・ブリッジズ 音楽:ジョン・ブライオン、マイケル・ペン 配給:MGM 製作国:アメリカ 上映時間:102分 公開日:1997年2月28日(初公開は1996年1月20日サンダンス映画祭、日本は1998年11月21日にビデオ発売)
自主制作の短編映画『Cigarettes & Coffee』(1993)を膨らませて長編映画にしたもの。
最初は主人公の名前で『シドニー』にしたかったが地味なので映画会社にクラップスの「当たりそうで当たらない苦しい役」である『ハードエイト』にされたらしい。PTA監督は改題は嫌だったらしいが『シドニー』では地味なので映画会社の気持ちもわかる(だが実際、本編を観ると「こりゃ『シドニー』だろ」と言いたくなる内容だった)。監督はこれがデビュー作で無名だし、主演のフィリップ・ベイカー・ホールは知る人ぞ知るバイプレイヤーだしジョン・C・ライリーも注目の新人だけど一般の人はあんまり知らない……2人とも「顔は見たことあるけど……」レベル?ヒロインのグウィネス・パルトロウは『セブン』、サミュエル・L・ジャクソンはスパイク・リー映画や『パルプ・フィクション』でプチ・ブレイクしてこれからって感じだが主役ではない。映画会社としては「オッサンの名前」よりも「ヒリヒリするギャンブル映画もしくは犯罪映画だぜ?」と客に思わせるタイトル――実際には全くそういう映画ではないが――にして少しでも客が来るのを期待してもおかしくはない。
事実、絶賛PTA映画全作見直し期間中の僕だけど、本作は90年代当時も「なんか地味だな……」とスルーしてしまっていたし現在も「『ハード・エイト』観てなかったから観るか?……しかし地味だな」と思って億劫でしたからね。
いざ観たら良かったですけども。
ちなみに本作の前身となった短編映画『Cigarettes & Coffee』(1993)でも本作同様にフィリップ・ベイカー・ホール主演、それと『ツイン・ピークス』(1990-1991、2017)で僕が一番好きだったアルバート・ローゼンフィールド役ミゲル・フェラーも出てる。
冒頭の煙草とマッチの火とカップとフィリップ・ベイカー・ホール顔ドアップで今すぐ走ってコーヒーと煙草を楽しみたくなる。
焦っている若者に本作のシドニーにあたる老人が「まず煙草に火を付けてコーヒーを囲もう。これは焚き火を囲んで落ち着いて話す時の儀式だ」といって落ち着かせる冒頭が良い。すごく目上の人に言われたら落ち着きそうな台詞だ。
ちょっとあまりに一枚のお札が近いとこを回りすぎてる気もしたが良かったです。
ネタバレあり
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Story
老紳士シドニー(演:フィリップ・ベイカー・ホール)は、ラスベガスのダイナーでうなだれる青年ジョン(演:ジョン・C・ライリー)と知り合う。
ジョンは大事な金をラスベガスでスッてしまったのだ。
シドニーはジョンにコーヒーをおごり、カジノでの生き残り方を教える。
2年後、一人前のギャンブラーになったジョンはネバダ州リノでシドニーと再会。
ジョンは恩師シドニーに、恋人クレメンタイン(演:グウィネス・パルトロウ)とギャンブラー仲間ジミー(演:サミュエル・L・ジャクソン)を紹介するが――
シドニーはジョンにコーヒーと煙草をおごり、ジョンは母の葬式資金6千ドルをカジノで増やそうとして全て失ってしまったらしい。
シドニーは「カジノで生き残れる作法」を教え、6千ドルも何とかしてやるという。あまりにいきなり親切な施し連発するシドニーに対してジョンが「ひょっとしてゲイ?フェラなんてしねぇぞ」と警戒するのもまぁ普通だろう。
シドニーはジョンをカジノに連れていき「金をチップにして記録カードに記録、ある程度負けたらチップを現金化して再びチップにする、それを記録……」これを繰り返す。
多分、これをすることで何もしていないのに「何度も金を使う迂闊な客」というカジノにとっての上客になり待遇が良くなり勝ちやすくなるというハックらしい。現在ではもう使えないだろうが昔のテクニックか。
とりあえずカジノでの生き残り続けられる作法を色々と教わりジョンはカジノで生きられるようになる。
2年後、一人前になったジョンはシドニーに惚れ込んでおり飲む酒や着てる服なども真似して子犬のようだ。
ジョンのギャンブル仲間ジミーは下品な男で、シドニーは嫌う。
ジョンの恋人クレメンタインはカジノでウエイトレスをして、副業で売春をしていた。
シドニーは泊まる所のない彼女を自分の豪勢な部屋に泊める。
クレメンタインは「えっと……」と考えた後、シドニーと寝ようとしてシドニーに「そういうつもりではない」と言われる。何か施されたら身体で支払う事しか知らない。翌日それを知ったジョンも「あ、あのぉ、シドニー彼女と寝た?」と訊いてくるし。
だがジョンやクレメンタインからすると、突然赤の他人の老人シドニーがどんどん親切にしてくるのだから疑問に思っても仕方ない。
後日、ジョンとクレメンタインは勢いで結婚したようだが同時にモーテルで厄介事に巻き込まれたらしく、シドニーに助けを求める。
シドニーはとりあえず2人を逃がし、後はジミーとの話し合いになる。
この厄介事は、てっきりジミーが企んだ何かの犯罪の片棒を担がされておりシドニーはジョン達を護るために戦う……というのがよくある展開だが、実のところモーテルでの厄介事は以降の本筋とは全く関係がなく、話はシドニー個人についての問題になっていく。……という展開が非常にPTA的。
それと映画が始まって割とすぐ「やっぱこの映画『ハード・エイト』じゃなく『シドニー』って感じだな」と思ったが後半まで観るとますます『シドニー』であるべきだろうという感じが強くなっていく。
PTAが以前から「この人は過小評価されている」と思っていたというシドニー役のフィリップ・ベイカー・ホールはPTA映画や『ミッドナイト・ラン』あとたまに見かける名前知らないおじさんという薄い認識だけど確かに良かった。優しそうでもあるし牙を剥いてもおかしくない柔軟なニュートラルな存在感。
このシドニー役がロバート・デ・ニーロとかアル・パチーノがやってたとしたら確かにそっちの方が売れるだろうし、それはそれで違う面白い映画になっただろうけど、それだと彼らの圧が強すぎて「デ・ニーロの映画」「パチーノの映画」になっちゃいますよね。アル・パチーノのシドニー役とか容易に想像できるよね、ガンギマリみたいな瞬きしない瞳で脱力してるが表情の読めない顔でまるで句読点がないかのような喋り方で――野沢那智の声で――割り込む隙なしでジョンやクレメンタインに説教する姿……こう書くとだんだん観たくなってきた。あるいはデ・ニーロ演じるシドニーはジミーに凄まれたら口角を下げて従うフリするんだろうなとかマルチバースの変異体シドニーが色々想像できる。本作のシドニーは『ミッドナイト・ラン』でフィリップ・ベイカー・ホールが演じたシドニーから来てそうだし(そう明言されたわけではない)「他の人だったら」とか想像する意味はないが、まぁ遊びでね……。
話は戻って、フィリップ・ベイカー・ホール演じるシドニーは前述の圧が強すぎる大御所と違って、物凄く善人だろうが逆にどこまでも恐ろしくなれるし、実は凄い犯罪組織を従えている事が明らかになったり、あるいはあっけなく殺されても全部「なるほど」と思うことができる柔軟性がある。前述した大御所だと、まず居る事だけで大きな意味が出てくるが、その柔軟さを持ったのがフィリップ・ベイカー・ホール。「シドニーはどういう過去があるんだろう?」「ああ、そういうことが」と何でも受け止められる。それが彼よ。
ジミーに明かされたシドニーの過去にしても詳細はわからない。「当時のシドニーは極悪人で私利私欲のためにそれを冷酷に行った。その後いろいろあって改心した」のか「シドニーは当時から善人でやむを得ない事情でそうせざるを得なかった」のか、それはわからない。前者の方がドラマがあって良いと思うけどね。『許されざる者』的な。当時からずっと善人だと、あまりに聖なるギャング過ぎて……何か嘘っぽいし。
当時の(そして現在でも)本作で一番有名であろうジミー役のサミュエル・L・ジャクソンは非常に卑小なチンピラを演じているが若い(48歳くらい?)サミュエル・L・ジャクソンなので大声で脅してくる様がめちゃくちゃ怖い!もうサミュジャクの声がそのまま観てる俺の心臓にささって怒鳴られ殺されそうな迫力がある。「こわっ!この男のひと悪いひと……」とデバフされる質量を持った声をしとる。
クレメンタインは意外と一番印象に残ったかも。
割とクレメンタインはどうしようもない女性で、演じてる若グウィネスはお姫様みたいに綺麗すぎてちょっと役に合ってない気がするんだけど、この役に合った生々しいルックスの女優がやってたら観てられないキャラになりそうだよね。だからわざと「ここまで綺麗だとこんな風にはならんだろ」と思うほど美人すぎるグウィネスにして、現代おとぎ話にしたんだろうと思った。ストーリーやシドニーに注目してほしいからクレメンタインで引っかかられると先に進まないってことで。これは『ブギーナイツ』のヘザー・グラハムが妙に生活感ない綺麗すぎるのと似てる。どちらも庶民的なルックスだと観てて「ウッ!痛々しい」と思いそうだもんね。だからクレメンタインは本当はこんなに綺麗じゃなくてもっとじゃがいもみたいな平凡なルックスなんじゃないかと推測した。
例の、シドニーがただ泊めてくれた時、待ってる間ゼロの表情になって「これは寝ろってことかしら」と考え?(推測)自らの太ももを性的に撫でて(準備か?)それでシドニーと話したら「いや、そうじゃないよ……」と言われて「軽蔑しないで……」と、いうその心の流れ。彼女だけじゃなくて善行だけするシドニーに対してジョンも心酔してるしジミーもシドニーがただ居るだけでプライドがズタズタになりああいう事をして破滅……こうまとめていくとシドニーの「見返りを求めない善行」という「異常な行動」によって色んな人の心が乱されていく話だと観ることもできる。非常に治安の悪い街で見返りを求めない善行だけ行う男……それは、つまりこの街からすれば悪なのかもしれない。「聖なる悪魔シドニーが降臨した話」みたいな。結果的には別にそんな聖人みたいな存在ではないのだが、まぁジミーや大勢からすればね。
出会ったばかりの時のジョンや、クレメンタインやジミーたち「損得」でしか生きられない人間にとってシドニーの「無償の愛」は自分たちの卑小さを突きつけられる、ある種の「暴力」ですらあったはず。後半のジミーも「金を奪いたい」以上に「この老いぼれを屈服させたい!」一心だっただろうしね。
何か取り留めもない感想になったが面白かったです。
24歳が撮ったデビュー作なのに凄くカッコいいショットとか長回しも多く……長年感想を書いてて、こういった撮影とか映像面での良さを「カッコいい」とか以外にどう書いていいか未だにわからないのがバカっぽいが……わからないので仕方がない。
とにかく「何だか地味そう」と思ってスルーしてたが始まってすぐ面白くて最後まで良かったです。何か、完全に完全に破滅しないずらした展開もいかにもPTA。
長年観てなかったけど、この機会に観てよかったと思った。
そんな感じでした
〈PTA監督作品〉
『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)/他人と一切共有したくないという希少な感動があり、書くことがない - gock221B
『インヒアレント・ヴァイス』(2014)/崩壊した現実のアメリカを尻目に”心のアメリカ”を建て直そう - gock221B
『リコリス・ピザ』(2021)/作家性の強い監督の映画の良いとこって型通りの展開じゃないとだな、と今更気がついた - gock221B
『ブギーナイツ』(1997)/偽りのエデンと疑似家族、ただし血が通っているかも - gock221B
『マグノリア』(1999)/久々に観たが長すぎて精神が筋肉痛を起こした。でもクイズ少年には心が動いた - gock221B
『パンチドランク・ラブ』(2002)/当時も好きだったが久々に観ると姉の設定が絶妙だったのが新たな感想だった - gock221B
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)/再見したら、寄生する気力しか残ってない兄ヘンリーが印象深かった - gock221B
Sydney (1996) - IMDb
Hard Eight | Rotten Tomatoes
Hard Eight (1996) Letterboxd
ハードエイト | Filmarks映画
