
原題:Magnolia 監督&脚本&制作:ポール・トーマス・アンダーソン 制作:ジョアン・セラー 製作総指揮:マイケル・デ・ルカ 撮影:ロバート・エルスウィット 編集:ディラン・ティチェナー 音楽:ジョン・ブライオン 主題歌&挿入歌:エイミー・マン 制作スタジオ:グーラルディ・フィルム・カンパニー、ジョアン・セラー・プロダクションズ 配給:ニュー・ライン・シネマ 製作国:アメリカ 上映時間:188分 公開日:1999年12月17日(日本は2000年2月20日)
20数年ぶりに観た。記憶の中では「トム・クルーズの演説、カエル、エイミー・マンの唄」以外全部忘れてるので楽しみに観た。
Story
アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスの街サンフェルナンド・バレー。長寿クイズ番組『What Do Kids Know?』に関わる人達、その関係者、あるいは全く関係ない人々を描く。
そんな話。
……ブログに感想記事を書く時、登場人物を交えながらあらすじ紹介を書いてるが、これ登場人物が多い群像劇なので、あらすじ書いてたら凄い文量になるので、あらすじは省略して結論の感想だけ書きます。
映画の幕開けから既に技巧が凝らされており、更に「クライマックス直前の”嵐の前の静けさ”」みたいなカット割りや音楽で……延々と関係あったりなかったりする人々のシーンが続く。そういう感じなので映画開始から中盤くらいまでは凄く面白い。
「来るぞ……来るぞ……何が来るかって?それは……わからない……わからないけど何かは来る、それは確か。」といった雰囲気が延々と続く。観てるこちらも「来る?……来るぞ……」と、完全な前のめり……とまではいかずとも、その一歩手前のように「腹筋に力を込める直前のような腹」で観ている。そのせいか中盤越えた辺りではもう疲れきっている。
その結果、緊張感を煽りに煽ってくるのだが、すごい奇跡は確かに起きるのだが実のところそれは人々には影響しない、そういう映画なので。
ただ全く関係ないわけではない、奇跡によって人々に起きた変化もゼロではない。だがそれも「奇跡がなくても起きただろう」と思うようなことであったり、別にどうってことない結果が多い。とにかくそれが起きる前の長さと起きた出来事のありえなさと、それによって変化が殆どない……それらを合計すると「すごいことは起きたが影響ない」という感想になる。
PTAは多分ロバート・アルトマンの『ショート・カッツ』(1993)みたいに、なんでもない人々の群像劇が延々と並ぶものを作りたかった気がするので、奇跡によって人々の運命が激変しないのはわざとだろう。「それは起きた」「だがこんな有り得ないことが起きただけで人々の運命とは関係ない」「映画的カタルシスよりもどの場所でも起きているなんでもない人々のなんでもない営みの方が重要だ」そんな事が言いたいのかも。
で、PTA映画の良いところの一つに、そういったベタを避けてスカすやり方が凄く上手くて僕もそこが好きなことが多いんだけど本作の場合、前述した通り映画開始直後から「来るぞ……来るぞ……」といった「嵐の前の静けさ」状態が延々と続く、3時間も。だから終盤ではすっかり疲れ切って精神が筋肉痛を起こしている。その疲れた終盤で「すごいことが起きる!でも人々にはあんまり関係ない」という展開が来るので、いつものように「さすがPTA、今回もまたいかしたスカし……やるねぇ」といった称賛ムードにはならない。
この映画はPTA作品の中でも最も盛られた作品で、とにかく足し算で作られた印象。
何かもう……嫌味なくらい才能を見せびらかしてくる。今回久々に観ると序盤で「わかった……映画がうまいのはもうわかったて!もっとどうでもいいシーンとか入れてくれ」と思えてくる。
「映画が長すぎる」と思ったわけだが、今検索したらPTAが後で「今の僕なら『マグノリア』はあと20分短くする」と言ってたのでやっぱり自分の想いは間違ってなかったなと思った。ラストから20分早い地点を今調べるとクイズ番組MC(演:フィリップ・ベイカー・ホール)が、妻に過去の過ちを語ったところで確かにここがラストカット(クローディアの笑顔)なら、まだ乗れた気がする。
というか本作は重複したキャラがやたら多い。
クイズ少年(演:ジェレミー・ブラックマン)と元クイズ少年おじさん(演:ウィリアム・H・メイシー)……は元クイズ少年おじさんはクイズ少年がこのまま搾取されたらこうなるという存在なのでこれはいいとして、愛をないがしろにした事を後悔するクイズ番組元プロデューサーと愛をないがしろにした事を後悔するクイズ番組元プロデューサーの若妻(演:ジュリアン・ムーア)とか。余命一日で過去を家族に懺悔したいクイズ司会者と余命一日で過去を家族に懺悔したいクイズ番組元プロデューサー……これはどう考えても一人のキャラにまとめればいいじゃん。似たようなキャラなので「対比を見せたいのかな」と思ったがよくわからない。なんか狙いがあってこんな感じなのか「いかにも対比させたような似たキャラを出したが……特に意味はない。それが世の中だ」と言いたいのか、それがよくわからない(”奇跡”の件を考えると後者な気がする)。
他にもよくわからないところが多くてモヤモヤする。クイズ番組MCの自殺……は中断されたが家に火が点く、だが結果は示されない(まぁ示されないって事は焼死したんだろうが)、クイズ番組元プロデューサーが死んだら何故か愛犬の一匹も死んでるとか「何で犬が死んでるの?カエルに当たったとか?」と、よくわからない。これらも映画が短ければ「それがいい」と思うのかもしれないが、さっきも言ったように映画が長いので「一体なんなんだよ……面倒だからこれ以上考えたり調べたりはしないけど」としか思えないところがある。
普通の大作映画だったら「群像劇でじわじわ盛り上げつつ凄い事が起きて皆の人生が一つに交錯したり奇跡が連鎖した!」そんなエンタメにするだろう。だが本作の場合「クライマックス直前のような緊張感が延々と2時間半以上続き奇跡は起きない(ちょっとだけ良いことはなくもない)」そんな感じだから本当に疲れた状態で「何なんだよ……まぁとにかく終わった」としか思わない。
20数年前に観た時に印象に残って今でも記憶していたのは「トム・クルーズのナンパ演説!」「ロバート・アルトマンめいた群像劇」「カエル!」「エイミー・マンの感動的な唄!」これだけだったが、久々に観ても大して変わらなかった。感動もしなかった……いや、あまりに大作っぽい映画の雰囲気と「長さ」とエイミー・マンの感動的な唄で無理やり感動させられたような気もする。
今回観ても特に感動は……いや「クイズ少年が父親やクイズ番組(=世界)に反抗するくだり」ここだけ心が動いた(むしろ昔は何も感じずクイズ少年のこととか忘れてた)。
まぁ父に魂をぶつけてもスカされる、「ここくらい父の心を動かせよ!」と思った。
自分が本作の気に入らない部分は本作が大好きな人にとっては感動するところだろうから、まぁ人の好みはそれぞれ……というつまらない結論になった。
結局、3時間の緊張感の末に得たのは、心地よい感動ではなく精神の筋肉痛。映画は終わったが、僕の精神の”嵐の後の静けさ”は、もうしばらく続きそうだ。
そんな感じでした
〈PTA監督映画〉
『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)/他人と一切共有したくないという希少な感動があり、書くことがない - gock221B
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『ハードエイト』(1996)/悪徳の街で無償の善行という悪事を行う聖なる悪魔の話 - gock221B
『ブギーナイツ』(1997)/偽りのエデンと疑似家族、ただし血が通っているかも - gock221B
『パンチドランク・ラブ』(2002)/当時も好きだったが久々に観ると姉の設定が絶妙だったのが新たな感想だった - gock221B
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)/再見したら、寄生する気力しか残ってない兄ヘンリーが印象深かった - gock221B
Magnolia (1999) - IMDb
Magnolia | Rotten Tomatoes
Magnolia (1999) Letterboxd
マグノリア | Filmarks映画
