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『パンチドランク・ラブ』(2002)/久々に観ると姉の設定が絶妙だったのが新たな感想だった


原題:Punch-Drunk Love 監督&脚本&制作:ポール・トーマス・アンダーソン 製作:ダニエル・ルピ、ジョアン・セラー 撮影:ロバート・エルスウィット 編集:レスリー・ジョーンズ 音楽:ジョン・ブライオン 美術:ジェレミー・ブレイクほか 製作会社:レボリューション・スタジオズ、ニュー・ライン・シネマ 配給会社:コロンビア・ピクチャーズ 製作国:アメリカ 上映時間:95分 公開日:2002年11月1日(日本は2003年7月26日)

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当時ほとんどコメディしかやっていなかったコメディ俳優のアダム・サンドラーを主演に迎えたブラックユーモアで描くロマンス映画です。
PTA全作観直し中でデビュー前からここまで来た。公開当時、『ブギーナイツ』(1997)は普通に面白かったが、次の『マグノリア』(1999)が重厚すぎる賞レース狙いの大作で、あまり好みではなかったものの本作を観て初めて刺さった覚えがある。でも次の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)がまた特濃の大作で胃もたれして、それで何となく長年PTAあまり観なくなった。今回改めて通して観ても好みは一緒だった。

ネタバレあり

 

 

🍮

 

 

Story
カリフォルニア州ロサンゼルスのサンフェルナンド・バレーに住むバリー・イーガン(演:アダム・サンドラー)。
珍妙なラバーカップを売る会社を経営する真面目なバリーだが、口うるさい姉たちに囲まれて育ったせいか情緒不安定な性格をしていた。
エリザベス(演:メアリー・リン・ライスカブ)に紹介されたリナ(エミリー・ワトソン)に一目惚れするバリーだったが、テレフォンSEXが切っ掛けでユタ州のディーン(演:フィリップ・シーモア・ホフマン)に脅迫されてしまう――

バリーは、人気のない土地で巨大な倉庫に設置した事務所で働いている。関係ないが自分も昔大阪南港の埋立地の周囲に誰も人間がいない(野犬はいた)食器屋の倉庫で働いてたことがあって共感した。こういう職場って人気がなさすぎて世界に自分だけみたいな不思議な気持ちになるし、誰も居ないので午前中に仕事全部終わらせて午後、ラジオを大音量にして寝たりとか、自由なのでこういう職場結構好きだわ。
バリーは不自然なほど広く何もない倉庫に机を置いて仕事している。黒沢清の映画によく出てきそうな「本当にはなさそうな職場」で凄く良い。しかもこの倉庫には現実によくあるタイプの、ガラスで仕切られた簡易オフィスみたいな事務所があって以降はそっちばっかり出てくる。この何もない空間に机だけ置かれた場所は冒頭しか出てこない。
この後の展開(ヒロインのリナが訪ねてくる)も込みで考えると、素直に「この主人公は本当に孤独です」ということを表象したシーンなんだろう。
その後、交通事故でハーモニウム(小さなピアノみたいなオルガンみたいな楽器)が地面にぽつんと置かれる。
この事故が、凄く幻想的で好き。
走行していた赤い車が突然なんにもない場所で物凄い音と共に横転し始める、しかしカットが変わるとその車はバリーの倉庫の前の道路でピタッと止まり「あれ?事故ってなかったっけ」と狐につままれた気持ちでいると、車はドアを開けてハーモニウムをバリーの倉庫の前にドンと置いて走り去る。そして二度と出てこない。
映画によく出てくる「幻想的なシーン」も色んな種類があるものだが、ファンタジー映画のような「幻想的なシーン」にはあまり興味ない。でも本作のような「物理的にはありうる出来事だが何か変だぞ。そもそも本当にさっきの事故は起きたのか?」と白昼夢を見てた気持ちにさせられるタイプの幻想的シーンは凄く好き。更にハッ!と目覚めて「さっきのは夢ですよ」と示さず「夢だったのか主人公の妄想だったのか、どちらかわからない」といった感じの描き方は、デヴィッド・リンチの作品でもよくあるがワクワクさせられて好きです。
その後、後で知り合うことになるリナ(エミリー・ワトソン)が訪ねてくる。
だから謎のハーモニウムは単純に「孤独なバリーの日常に女性が加わる」ということを暗示する「吉兆」がこのハーモニウムなのだろう。そしてその前の「本当に起きたのかどうかわからない幻想的な事故」だが、今言ったように「吉兆」を示すだけが目的なので事故があったのだろうが無かったがバリーの主観ではそう見えただけなのだろうが正直どっちでもいいので特に考える必要もないのだろう。
その後、同僚ランス(演:ルイス・ガスマン)が出社してシャッターを開ける。シャッターが開いて差し込む日光に恐怖するバリーの鮮烈なカットがわざわざ挟まる。
数分間の冒頭で「この主人公は、他人やごく普通の日常が苦手なんだな」とわかった。

 


その後、バリーは七人の姉を鬱陶しく思っていることがわかる。
彼は姉夫婦たちが全員集合するパーティに招かれており、職場に次から次へと姉から「パーティ来るよね?」「来なければ怒るよ」といった若干の圧のある「全く同じ内容の電話」が次々とかかってくる!姉たちは皆、割と本気でバリーに会いたいらしい、しかしバリーが少しでも口答えしたりすると機嫌が悪くなる。
「その話はさっき第2姉ちゃんに聞いたよ」などと言うわけにも行かず、全く同じ内容の圧のある誘いを受け続けなければならないバリー。「これを何十年間も続けてきてて、更に死ぬまで続くんだな」と思わせられ、バリーの情緒不安定さが少しわかってくる。
パーティで、姉たちは「10代の頃、ゲイ疑惑を投げかけられたバリーが、キレて家の窓ガラスを粉々にした」という思い出を笑って話す。そして再びバリーに「あんたゲイ?」とからかう。バリーは「やめてよ」と引きつった笑いを浮かべるのだが、再び窓ガラスを叩き割ってパーティがめちゃくちゃになる。このくだりは北野映画っぽくてかなり面白い。
直後、反省したバリーは一番上のエリザベス(演:メアリー・リン・ライスカブ)の夫に「精神科に行ってみようかと考えてる。これ、姉さんには内緒で」と相談するが、エリザベスの夫は速攻でチクってしまい後日、人前で「あんた精神科に行きたいんだって?」と大声でべらべらバラされてしまう。
この件だけでも、同じパーティへの圧のある誘いが七回連続で職場にかかってくる→パーティでからかわれる→キレて暴れる→姉の夫に秘密の相談をするがバラされる→気になる女子の前でバラされる……といった感じで、ごく普通の日常のはずが一連の流れ全ての段階がストレスに繋がっていく。
すごく短い時間で、バリーの情緒不安定の元となった数十年間分の半生を、短い時間に圧縮して見せてくれる様が素晴らしい(当時は何も思わなかったが見返すとこの姉のエピソードが凄く面白かった)。
平凡な監督なら「バリーの姉は邪悪な女性でバリーに虐待していた」というわかりやすい描写にしてただろうが、バリーの姉は横暴でありながらバリーを愛して会いたがっており、恋人が居ないバリーを心配して紹介しようとしているし、バリーが精神科に行こうとしてたら心配する。どうやらバリーへの愛情があるのは確かなようだ。ただ支配的な要素が乗っかっている。姉はバリーのことを「完全に自分より下の存在」「小さな幼少期のイメージのまま」といった感覚で、ペット感覚で従えようとしている。だから愛情はあるのだがバリーが口答えしたらムッとする。
バリーももう大人なので、姉がわかりやすい虐待をしてくる邪悪な姉なら、さっさと縁を切って終わりだっただろうが、愛情を持っていて表面的に行動の一つ一つは虐待ではないので切るわけにもいかず、他人にはそれがわかりにくいままバリー本人だけが気付く鬱陶しさを、バリーだけが感じている……そしてそれは死ぬまで続く。そういう真綿で首を締められるような、柔らかい檻に閉じ込められているような、そういった種類のストレスがバリーの情緒不安定な性格に影響しているのかもしれない。
なお「横暴な姉が七人いる」という設定も絶妙で、これは特に職場に次々と電話がかかってくる場面やバリーをゲイ疑惑で次々とからかう場面のために大人数の姉にしたんだと思う。職場に七回も電話をかけてきたら「極端に異常な姉」になってしまう、それだと話が変わってくるので「七人の姉たち」という多すぎる姉にして「同じ内容の電話が七回かかってくるがそれぞれ別人なので着信拒否もできない」という描写にして「姉の鬱陶しさ」「だが表面的には普通の行動なので拒絶できない」という感じを一気に見せてくれたのだろう。
この「七人の姉たち」は、パーティが終わると一番上の姉エリザベス(演:メアリー・リン・ライスカブ)しか出てこない。つまりメタ的にはバリーの姉はこのエリザベス一人だけなのだろう。では残りの六人の姉は何かというとパーティのシーンで分身させてバリーが受けている姉の圧を短時間で観客に叩き込むために七人になっていたのだろう。パーティが終わると「姉」は七人もいらないのでエリザベスだけになる。この辺の塩梅がすごく好み。
全く話は違うがガンダムやエヴァンゲリオンなどの巨大ロボットアニメで、場面場面でガンダムやエヴァの全長は実のところシーンに合うように大きくなったり縮んだりしている、「設定」などでガンダムは「全長18m」と決まっているがエヴァは「40〜200m」と、決まったサイズがなく幅がある。バリーの姉の数は、このエヴァの全長と同じ。
「普通の人から見た圧の強い姉は一人分だけだが、情緒不安定なバリーから見ると、まるで圧の強い姉が七人いるかのように感じられている」って表現で、面白い。
リナとデートするようになったバリーだが、リナはエリザベスからゲイ疑惑で暴れた話を聞かされており、バリーからするとそのくだりが最も腹立たしいわけで、好きな女性に一番聞かれたくない話。バリーは怒りが止められなくなりレストランのトイレで暴れてトイレを破壊、店を追い出されてしまう。

 

 

バリーは孤独でテレフォンSEXのサービスきっかけで詐欺にあってしまう。
フィリップ・シーモア・ホフマン演じるユタ州のマットレス会社をやってる男が元締め。バリーに嫌がらせ電話をかけていたがバリーが電話に出なくなると闇バイト風な若手を差し向け、物理的に暴力を加えて金を引き出させる。
町中で襲撃されたバリー。ただ普通に生活していただけなのに(彼の主観の中では)サスペンス映画のように描写されていた落ち着かないバリーの日常だったが、今度は強請られてカツアゲされるという異常事態。
しかも20歳そこそこの若(わか)に囲まれてATMで有り金すべて卸させられ奪われる、そして不満を言うと20歳そこそこの若いチンピラに殴られて地に伏せられる屈辱……。
うわあああ!と叫んで全力ダッシュして逃走するバリー。
自分も10代の時にヤンキーにカツアゲされそうになったら100円しか持ってなかったので殴られたことあった。ヤンキーと言っても冷静に考えると只の痩せた少年なので今思えば痛くも何ともないのだが、名前も知らない他人に殴られるという事態が異常すぎて脳内がパニック状態になってとりあえず走って逃走したことあった、だから当時観た時共感した記憶。いや、そもそも自分も10代~20代……30歳前後の頃まで、普通に暮らしてるだけでもバリーのように情緒不安定だったな。
PTAの緊迫したシーンはどの映画でも非常に良いものだが「逃走するバリー」はバリーの影だけが走ってバリー本体が見える様は(平常時でも)分裂気味だった彼の精神が、異常事態でとうとう体外に飛び出て走り去ったかのようだし、訳のわからない建物の隙間のようなところに勝手に迷い込む様も、彼の精神状態と合致していて見事だった。
芸術家ジェレミー・ブレイクによるOPやEDや幕間シーンに流れるカラフルな映像やジョン・ブライオンの不安を煽る曲なども、バリーの純粋だが狂った精神を表していた。
クライマックスはバリーとリナのロマンスや、バリーの逆襲などが描かれる。
若いチンピラは「人を見る目」や自分で考える判断力などがないのでバリーの潜在能力がわからずバリーに全滅させられる。しかしラスボスのディーンは「人を見る目」があるので電話の受話器を持ったまま遠路はるばる直行して抗議しにきたバリーを見て「あ……こいつやばい」と恐怖を感じ取って静かに敗北する。非常に良い対決だった。
最後に告白する時にハーモニウムを抱いて行ったのは……やはりあの冒頭でバリーの前に現れたハーモニウムは恋の吉兆だったからなのだろう。

 

 

そんな感じでした

〈PTA監督映画〉
『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)/他人と一切共有したくないという希少な感動があり、書くことがない - gock221B
『インヒアレント・ヴァイス』(2014)/また崩壊したアメリカを尻目に”心のアメリカ”を建て直そう - gock221B
『リコリス・ピザ』(2021)/作家性の強い監督の映画の良いとこって型通りの展開じゃないとこだな、と今更気がついた - gock221B
『ハードエイト』(1996)/悪徳の街で無償の善行という悪事を行う聖なる悪魔の話 - gock221B
『ブギーナイツ』(1997)/偽りのエデンと疑似家族、ただし血が通っているかも - gock221B
『マグノリア』(1999)/久々に観たが長すぎて精神が筋肉痛を起こした。でもクイズ少年には心が動いた - gock221B
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)/再見したら、寄生する気力しか残ってない兄ヘンリーが印象深かった - gock221B

 


 

Punch-Drunk Love (2002) - IMDb
Punch-Drunk Love | Rotten Tomatoes
Punch-Drunk Love (2002) Letterboxd
パンチドランク・ラブ | Filmarks映画

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