gock221B

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「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌(2013)」利己的で要領悪く無駄なプライドで永遠に失敗し続ける主人公が、自分の中の嫌な部分を想起させられて嫌だった

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原題:Inside Llewyn Davis 監督:コーエン兄弟

1961年NYが舞台で売れないフォーク歌手ルーウィン・デイヴィスが主人公。
モデルになった人物や元ネタがあるらしいが殆ど関係ないのは明白なのでどうでもいい。
彼のついてない一週間の話。

 

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ついてないというより、全て彼がした事が因果応報で帰って来てるだけなので本当に自業自得としか言いようがない。
最初の30分くらいで、宿無しの彼が如何に社会と噛みあってないかバンバン見せてくる。
地元に一瞬帰ったり、妊娠させてしまった音楽仲間(キャリー・マリガン)との絡みとかはあるが基本的には、主人公が上手くいかない様が最後まで続く。
この主人公、あまり応援したくならないタイプの男。
基本的に利己的で、嫌な事があると自分より弱くおとなしい善人(気の弱い老婦人など)を侮辱しまくり、またプライドが異常に高く、不本意だが妥協すれば世に出るチャンスになる仕事を振られても「俺そんなんじゃねーから」と全て蹴ってしまう。
こういう部分は誰にでもあるもので当然自分にもあり、何か自分の中の嫌いな自分だけを凝縮して擬人化したようなキャラだったので、見てると同族嫌悪的な気持ちからか嫌だった。
この主人公の性格を「自分を捨てない孤高の男」と良く取れば「憎めない主人公のシリアスなストーリー」と観れる人もいるかもしれない(若い人ほど良いように観てあげそうな気がする)
自分は、観てて「何でもやれや!売れてないんだからよ!」とイライラさせられた。
自分の生き方や行いが帰って来て主人公を凹ませる。。という、フッて落としての連続で最後まで行くので、映画はシリアスな雰囲気だが、トラジコメディとして見た。

 

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前半、主人公がうっかり開けたドアや窓から猫が外に飛び出してしまう。
という失敗を何度も何度も繰り返してて「こいつアカンわ、出世できないわ」と感じた
自分が子供の時から猫飼ってるせいかもしれないが、何で開けてたら猫が出るって想像できないんだろうか。自分の事しか考えてないからか。
猫の扱いだけで主人公の事を判らせてくれて上手いなと思った。
猫をチャンスのメタファーと捉えて観たら凄いしっくり来る。
ちなみにラスト付近では、猫にドアから逃げられないようになっていた。
劇中で、主人公が唯一具体的に成長したところはここかもしれない。


 

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キャリー・マリガン扮する音楽仲間である女友達も、凄く良かった
フォークデュオの相方が彼氏らしいが、主人公が間男SEXで妊娠させてしまい罵倒される。
「お前は次からコンドーム二枚着けろ!いや、お前自身がデカいコンドームの中に入ってろ!‥いやいや、むしろもう生物に近づくな!死ね!」
と「そんなに面白く罵倒しなくてもいいじゃない」というくらい面白い罵倒。
しかも自分も半分悪いのに明らかに罵倒しすぎ。
自分の非も責められそうな時に先制で逆ギレすんのは有効だからな。
こんだけ罵倒するって事は彼女も主人公に対してまんざらでもないんだろうな。
しかも彼女はどうやら、彼氏以外の男とかなり寝るタイプの雰囲気。
黒髪で、現代の価値基準から見るともさい恰好してる美人だが、そういうキャラが裏でやりまくってるがSEXする場面は直接出てこない、というのは凄くモヤモヤするエロさがある。このキャラが木村多江みたいなじっとりした女優なら自然だが、キャリー・マリガンみたいなポップな顔の女優がこの役をしてるというのが逆にリアル。
主人公は間男だが割と本気で彼女を好きなようだ。彼女には八つ当たりしないし罵倒されても全て受け止めているしな。
SEXはしたが本命は居るので恋人に昇格できないモヤモヤ感、彼女が上流に居るので川は繋がっているのに自分のものにならない もどかしさはよくわかる。
彼女は主人公に旧時代的な親切してくれるが「このキャラそんな事するか~?」と疑問だった(もしくは彼女の中でSEX自体が軽い事で、ちょっとした親切程度だったのかも)
そんな感じで彼女のキャラは主人公同様、モヤモヤさせる要素満載だった。
この「モヤモヤした気持ち」は生きててなるべく感じたくない感情なので非情に嫌だった。

 

最後の方で、主人公が猫の扱いを覚えた事がわかる場面は少し明るい気持ちになった。
猫も帰って来たことだし、彼の周りにチャンスはあるのだという気分にさせられた(彼が手に出来るかどうかは別として)。そしてボブディランと、ラストカットでの態度だけは凄く良くて明るい気分になった。
あのラストの態度は、自分が常に取りたい態度だなと思った。
ああいった態度は、実際に辛い人生を生き抜くコツだと思う。
だから自分はドライな態度を取りがちなアメリカ映画や小説やコミックが好きなわけです。
しかし暴投と繋がったのは永遠に失敗し続けるという暗示か?
それとも、最後にドライな態度を見せたし猫も見つかったし希望は持てて、ループから抜ける予兆なのだろうか。走り去る車にグッバイと言ったのは自分の夢に対してか?それとも悪運に対してか?後者だと思いたいが
全編イライラしたりモヤモヤする時間が長く、あまり好きな映画とは言えない。
だが見事な画だし色々考えさせられたし完成度は高かった。
コーエン兄弟の映画が公開されたら観て、その凄さを認めつつもイマイチ好きになれない‥と、そういう事が非常に多い。全作そうかもしれん。合ってないんだろうな。
しかし、そんな本作で感じた自分を鑑みてなった嫌な気分や、色んな事を思い出させられて感じたモヤモヤを、不快感ではなく面白さだと取る事ができれば凄く良い映画なのかもしれない。
観終わった時は嫌いだったが、感想書いてるうちに良い映画に思えてきた。
そういえばジョン・グッドマンも出てくる、無くても本編に全く影響しないあのヒッチハイクシーンがめちゃくちゃ良かった事を思い出した(かなり不要なシーンだというのもいいよな)。

そんな感じでした 。

www.insidellewyndavis.jp

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