原題:The Queen's Gambit 監督&脚本:スコット・フランク 原作:ウォルター・テヴィス『The Queen's Gambit』 制作配信サービス:Netflix 配信時間:全7話、各60分前後
主演アニャ・テイラー=ジョイのファンなのでマイリストに入れてたけど配信始まって凄く話題になってた年末、自分のPC壊れて観れなかったので「ワイが先に要チェックしてたのに!」と焦りを感じた本作。もうすっかり皆が観て語り終わった頃にPC届き、焦らずゆっくり観れた。
本作は舞台が冷戦期と、昔だし全体的に凄く「実話を元にした映画」っぽい雰囲気だったので、実在した女性チェスプレーヤーの実話だと思いこんで途中まで観てたが実はフィクションだった。だが登場人物たちや劇中で行われた対局などは殆ど現実にあったことを元にして書かれたらしい。そんで「クイーンズ・ギャンビット」とは、俺もよく知らんが「損して得取る」みたいな?「肉を切らせて骨を断つ」的な内容の定形のことらしい。劇中でも主人公ベスは常人なら怖くてできないような自殺のような手をバンバン打って結果勝利する様がよく描かれていた。
原作のウォルター・デヴィスって誰だろうと思って検索したら映画化もされた『ハスラー』『ハスラー2』『地球に落ちてきた男』の原作者だった。英文学の教師をする傍らSFやビリヤードやチェスの小説を書いてた副業作家。少ない著作の半分が映像化されて全部ヒットしてて凄いね。
監督&脚本は僕が好きなブコウスキー原作映画『冷たい月を抱く女』(1993)や『アウト・オブ・サイト』『マイノリティ・リポート』『ウルヴァリン: SAMURAI』『LOGAN/ローガン』など凄く良いわけではないが「地味に良いな」と思う作品の脚本をよく書いてた人。本作もまた「地味に良い」感じを高みに上げた感じの監督作だった。
今回は割と最初から最後まで完全にネタバレするタイプの感想なので観たいなと思った人は途中で読むのをやめて本編を観ることを勧める。チェス知らんので劇中の棋譜とかは知らん。
交通事故で母を失い孤児となった少女ベス(アニャ・テイラー=ジョイ)は養護施設に入れられる。そこでは指導しやすくするように子供たちに薬物を投与していた。ベスはこの薬を気に入り依存症となる。
年上の黒人少女ジョリーン以外とは仲良く慣れなかったベスだが、用務員シャイベル(ビル・キャンプ)が地下でやっているチェスに興味を持ち彼からチェスのルールやマナーを教わる。ベスは日中、隠れてシャイベルとチェスを指し寝る時は薬を飲んで天井に空想の中でチェス盤を出現させて研究し、強くなっていく。
13歳に成長したベスは子供の居ない夫婦の養子となるが薄情な養父は家を出ていく、ベスは孤独な養母アルマの家計を支えるため地元のチェス大会に出場し優勝する。
チェスの天才少女としてデビューしたベスは、その賞金で養母と共に世界を廻る。
……そんな感じでチェスの天才プレイヤーとなったベスが駆け上がり、人生につまずく度に薬やアルコールの摂取量が増えて失敗しながらもチェス界を駆け上がっていく物語。将棋の世界でいうと真剣師・小池重明みたいな感じか?と想像してたが、あそこまで何もかもダメにしてしまうほどの破滅型ではない。ベスはチェスに真剣だが、恋愛やファッションにも夢中だ。そして酒やドラッグにも……。
一種の「変わり者の天才を扱ったフィクション」であるため、ベスは”ある程度”は孤独。孤児院では黒人少女ジョリーンと孤独な用務員シャイベルさんしか心を許せる者が居ない。孤児院出てからは夫に顧みられず捨てられた養母アルマ(松本人志のオカンの若い頃に似てる)と地元チェス大会で知り合った双子だけが顔見知り、女子中学生にしてめっちゃ酒飲みになる。マスコミには「孤児院の用務員シャイベルさんからチェスを習った」と語るが記事になるのは彼女が〈女性なのにチェスが強い〉ということのみ。大会で知り合った素敵なカメラマンとの初恋は彼がゲイだったため失恋に終わった。養母アルマが急死してからは地元のチェス大会で負かしたチャンピオン、顔の中央……正中線に顔面の具が寄りすぎてる演技が大仰な英国俳優みたいな顔した優しい青年ベルティックと同棲し始めるが、優しいベルティックにとって天才少女ベスの中のチェスはあまりに巨大で破局。
中高の同級生は皆、人並みに結婚出産して人生を先に進めている。天才チェスプレイヤーのベスは全米の女性で唯一、前人未到の人生を驀進しているのだが彼女は周囲で人生を謳歌している凡人を見て「幼い頃からずっと思ってたが自分の生き方はこれでいいのかな?でも私にはチェスしかないし……」と迷いながら自分というクイーンの駒を人生の先に進める。ベスはかつて破れたチェスの全米チャンピオンのベニーに勝利。
彼のアパートに短期間、同棲して以前にも破れた世界チャンピオンであるソ連の強豪ボルコフとの再戦の対策を練るが断っていた酒を、つい前日に痛飲してしまい惨敗(ベニーの合宿で知り合ったフランス人モデルが災いした、だけどベスはオシャレになった)。
ベニーとも合わす顔もなくメキシコ大会から帰国。また薄情な元養父が養母アルマと過ごした家を取り上げようとしてきたので貯金はたいて家を購入。酔いつぶれたりハイになる荒れた日々を過ごしベニーは呆れて近隣住民はベスを白い目で見るし元カレのベルティックは彼女を心配する。そんな中、孤児院の時に唯一仲良かった黒人女性ジョリーンが子供の時以来、訪ねてくる。
法律家の勉強をしているというジョリーンとすぐに心を通わせるベス。ベスにチェスを教えてくれたシャイベルさんが亡くなったと聞き孤児院に久しぶりに赴く2人。恐らく家族もおらず天涯孤独だと思われる寡黙なシャイベルさんがいつも居た地下室にはベスの新聞記事が大量に貼ってあり、そして記者に撮ってもらったシャイベルさんと小さなベスのツーショット写真が中心に貼ってあった。幼い時以来一度も話していないにも関わらずシャイベルさんは自分をずっと気にかけてくれていた。シャイベルさんにとって自分は小さな太陽だった、実の父とは一緒におらず養父は冷淡だったがチェスを通してだけ交流していたシャイベルさんが父だった、彼が死んで初めてそれに気付いたベスは感情が決壊しジョリーンの胸で号泣する(シャイベルさんの再登場を待ちながら観ていたがシャイベルさんの再登場は彼のキャラ同様とてもささやかな再登場だったこともあり感動)。
ジョリーンという親友との再会、幼い頃の交通事故は人生に行き詰まった母が起こした無理心中だった事も思い出したし、シャイベルさんの愛も知れたベスは原点に立ち返り気合い充分。再び捲土重来……!
ジョリーンの学費を借りたベスはモスクワ大会に出場、三度目の正直で世界チャンピオン、ボルコフに挑むため駒を進める。既に迷いを断ち切ったベスは酒は一滴も飲まず薬もトイレに流した。対ボルコフの決戦前夜、かつてのライバル元全米チャンピオンのベニーがボルコフ対策の電話をかけてくる。電話の向こうには最初の優しい彼氏ベルティックやチェス大会の双子やパリのチェス好き男子なども集まっておりボルコフ対策をベスに伝えて応援する(スポ根漫画ラストバトルでよくあるかつての仲間が全員観戦する展開みたいな感じ!)。親友ジョリーンもアメリカからベスを応援している。出てきてないけどベスが幼い頃チェス雑誌を万引したコンビニ店主もきっとラジオ聴いて応援してるに違いない。
薬好きアル中の孤独な少女だったベスが皆の夢を一つに繋げて世界の頂点へと駒を進めていく……!
孤独だと思っていたのは自分で自分を孤独にしていただけで本当は周りに多くの仲間がいたのだ。ボルコフとのラストバトル、接戦が続く中、ベスは幼い頃のように脳内でチェスの駒が展開される天井を見上げる。『ハチワンダイバー』で言うところのハチワンダイブ。釣られて他の者も見上げるが他の者には何も見えない、只の天井だ。天井のチェスの駒はベスだけの世界。この瞬間、この世にはベスとチェスの駒しかない真っ白い世界になった。
ラスト。チャンピオンとなったベス、白い帽子に白い服、まるでベス自身がクイーンの駒のようだ。彼女は世界初のチェスの女神となった。
アメリカに帰国する直前、前からチラチラ見て気になっていたらしい、ロシアのお年寄りがチェスに興じてる広場にやってくる。世界チャンピオン降臨に湧くチェス好きのおじいさん達。シャイベルさんみたいなチェス好きのじいさんが大勢いる。このソ連チェスじじい軍団は、かつて孤独にチェスを指していたベスが遂に自分の居場所を見つけたという、これ以上無いハッピーエンドだ。同時に誰とも触れ合わず地下で一人で指していた故シャイベルさんが笑顔で増殖してベスとチェスを指しているかのようでもあるし暖かいラストだった。ベスはもう一人ではない、もはや世界のすべてが彼女のチェス盤だ。これが彼女の全てそしてそれはこれからも続いていく。。。
そんな感じで、見終えたばかりのせいかつい最初から最後まで展開を書いてしまうダサい感想……いや感想ですら無いただのメモになってしまった。
自分自身を切り崩してチェスを指す破滅型ベスが、挫折しながらも頂点に立って人間性も取り戻すという割と王道のストーリー。最後には自分のオリジナルに立ち返って己を取り戻しラストバトルで過去の強敵たちもアッセンブルするという燃える展開!酒も薬もきまってないしベスの気力も充実。ベスは視線を上げ天井を見た。
いまならできるよね?
ベス「領域展開……。后棋盤天井想……!」
彼女がいつも寝る時にしていた、天井にチェス盤を思い浮かべて頭の中でチェス指してシュミレーションするやつ。もっともベスだけではなくチェスプレイヤーや将棋の棋士なら全員やってるけど……まぁベスはその深さが桁違いで、この局面で深い思考を一気に巡らせたって表現なんだろうきっと。ベスは瞬時に何百通りものボルゴフとの展開をシュミレーションし、自分が勝つ最善手を打ちボルゴフは笑顔で投了。
かつての強敵が見守る中、主人公の原点を必殺技みたいに描写しての勝利!という少年漫画のような熱いラスト。そういう流れは観る前の予想通りではあったが要所要所が割とフンワリしてたのが意外で、ここが本作のミソではないかと思った。今までの話だったらベスが酒、ドラッグ、SEXに溺れてドン底に落ちる描写はもっと激しかったはずだ。多分その方が面白いし。だから中盤までは面白いのかなこれ?と思いながら観てたのだが、この制作陣はセンセーショナルな感じで面白くしようと思えば出来るが、わざと抑えてるなと感じた。
たとえばメキシコで惨敗した後、酷薄な元養父からなけなしの金で家を買い取った後、普通の作品だったらカット変わった瞬間に荒れ果てた家で飲んだくれてるはずだが、本作のベスは家の要らない家具を売ったり庭や屋内をわざわざ綺麗にして、その後アルコールに溺れている。普通だったら家を綺麗にするくだりは要らない。
本作は普通の映画に比べると三倍近く時間が多いためか、そんな場面が多い。だがそれはベスを「フィクションの登場人物」ではなく本当の人間らしく描こうとしているからそうなったんじゃないか?と俺は捉えたので好印象だった。
たとえば全てがフンワリしてたり時間取ってるわけではなく優しいが凡人ベルティックと同棲し始めて彼が出ていくまでは10分くらいの超スピードだった。締めるとこはシメてベスの人間性が出るところにはたっぷり時間を取っている、そう思った。
最初に「途中まで実話ベースの話かと思った」と書いたのは、舞台が50年くらい前という実話っぽい舞台背景だったのや本当に居たかのような主人公だったせいもあるが、それはベスを人間らしく描いていたせいでもあるだろう。
何年か前に本作を観たら「もっと面白く出来るだろう、せっかく女性なんだから酷い性差別されるとかさ」と思ってた気もするが本作の場合、面白くなるだろうからといって他の作品ならもっと劇的だったり悲惨さを強調したりポリコレをやたらと反映させて「俺らやってまっせ!見て見て」とやりそうなもんだが、そうはせずに地に足がついた感じで描いてるのがむしろ誠実で新しい感じを受けた。わかる?言ってること。もっと面白くしようと思えばできたがベスに血を通わせるため、わざと抑えたんじゃないか?そう感じて好感を持った次第です。俺はドラマよりも映画が好きだけど、本作の場合、二時間に収めるのは余裕だろうけど、この長い配信時間で丹念に描く感じが良かったのではないか?と思った。
あと各場所の美術やファッションが可愛すぎていっぱいスクショした。
アニャ氏のこれ!って感じの代表作もできて良かったのではないか。ジョリーンとシャイベルさん演じる俳優も良かったね。『もう終わりにしよう』も良かったし、Netflixが孤独な用務員のじいさんに向ける暖かい視線も気になる。
チェス知ってたら劇中の盤面を見て二倍楽しめたんだろうきっと。まぁ知らなくても面白かったよ。
そんな感じでした
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www.netflix.comThe Queen's Gambit (TV Mini-Series 2020) - IMDb
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