gock221B

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『沈黙 -サイレンス-』(2016)/『SHOGUN 将軍』(2024)の擬似的な続編として観るという変な動機で見たが実際「将軍」の続編みたいに作風が似てたし映画自体も面白かった✟


原題:Silence 監督&脚本&製作:マーティン・スコセッシ 脚本:ジェイ・コックス 原作:遠藤周作 『沈黙』(1966) 配給会社:パラマウント 製作国:アメリカ 上映時間:159分 公開:2016年12月23日(日本は2017年1月21日)


遠藤周作が史実を元にした小説をマーティン・スコセッシが映画化したもの。
スコセッシは映画ファンなら、たとえ映画の内容に興味あろうがなかろうが全部観る系監督の一人だが、もともと宗教的なテーマに興味ないしキリシタンが殺されたり拷問されたりする辛い内容はわかってるので「なんか辛気臭そうな映画だなぁ……」とスルーしていた。

先日、毎週楽しみにしていた『SHOGUN 将軍』(2024) が、第一話から最後まで面白いまま素晴らしい最終回を迎えた。ロスっていうのか?名残惜しく、もっと観たいが『SHOGUN 将軍』(2024) は最初から全10話の予定で長い時間かけて作り込んでるので続編は有り得ないんですね。
そこで本作『沈黙 -サイレンス-』(2016)を、『SHOGUN 将軍』(2024)の……40年後?くらいの?擬似的な続編として楽しめそうだという不思議な理由で観た。そして実際に作風とかストーリーや描写の数々も『SHOGUN 将軍』(2024)で起きそうな感じだったので割と本気で『SHOGUN 将軍』(2024)の続編として観ることも出来た。日本人キャストがいっぱい出てくるのもそうだしね。『SHOGUN 将軍』(2024)劇中に出てきたポルトガル人宣教師ジョアン・ロドリゲス……をモデルにしたマルティン・アルヴィト司祭が国外に追放されて、虎永(家康)の孫の時代の物語として観ることも可能。

ネタバレあり

 

 

 

 

17世紀、日本は江戸時代初期。かつて日本にもキリシタン(明治の始め頃までの日本人キリスト教信者)は何十万人も居たが、今はキリシタン弾圧や〈島原の乱〉が起きた少し後の話。
ポルトガルイエズス会の宣教師、セバスチャン・ロドリゴ神父(演:アンドリュー・ガーフィールド)とガルペ神父(演:アダム・ドライバー)のもとに、2人が尊敬する師であり日本でキリスト教を布教していたクリストヴァン・フェレイラ神父(演:リーアム・ニーソン)が棄教したという噂が届いた。
師フェレイラの棄教が信じられない2人は、中国マカオで廃人になっていたキリシタンの日本人キチジロー(演:窪塚洋介)の手引で日本へ渡った――

そんな始まり。
窪塚くん演じるキチジローは、かつて幕府に棄教を迫られ踏み絵(棄教の印としてキリストが描かれた石版を自らの意思で踏まされる)をしてしまったが彼の家族はそれを拒否して処刑された。そのことから彼は罪悪感に苛まされ続けているという登場人物。
キチジローの手引で(九州にあると思われる)トモギ村密入国したロドリゴ神父とガルベ神父。司祭が居ない村に本場の宣教師を招く事で自らの贖罪としたかったのだろう。
2人の神父はトモギ村に隠れ住みながらトモギ村のキリシタン漁師・モキチ(演:塚本晋也)を始めとした村の隠れキリシタン達に布教活動。しばらくは平和で皆が笑顔の日々だった。
ちなみにアンドリュー・ガーフィールド演じるロドリゴ神父は実在のジュゼッペ・キアラをモデルにしてるそうだ。
ジュゼッペ・キアラ - Wikipedia

 

そこに江戸幕府の手が迫る。
トモギ村にキリシタンが居るという噂を聞きつけたキリシタン狩りで悪名高い長崎奉行井上筑後守(演:イッセー尾形)、その部下の侍(演:菅田俊)がやってきます。
イッセー尾形演じる井上は実在の人物でキリシタン禁教政策の中心人物、しかし井上自身も元キリシタンだった……という事を知ればより味わい深くなる。自分もキリシタンだったからこそ、キリシタンのどこを責めれば辛いかもよくわかっている。
井上政重 - Wikipedia
僕は40代後半の中年ですけど中高生の時、イッセー尾形の一人芝居のビデオとか借りて観てたし割と昔から薄いファンです。イッセー尾形演じる井上は、とにかく本作の中でもめちゃくちゃ良くて、特に が頑固だと知って「先は長いぞ」と思ったのか長い溜め息をつきながら椅子からずり落ちるムーブが最高でした。彼はこの演技でロサンゼルス映画批評家協会助演男優賞の次点入賞したそうです。海外映画に出たイッセー尾形と言えばアレクサンドル・ソクーロフ監督作『太陽』(2005)での主人公・昭和天皇役も良かったですね。
部下の侍を演じる菅田俊はVシネなどでの怖いヤクザ役が多いけど僕としては初期黒沢清作品でよく観てた印象で好きでした。特に『蜘蛛の瞳』(1998)での化石掘りが好きなオモシロ組長役、『回路』(2001)では主人公の麻生久美子のバイト先の、強面の菅田俊とギャップありすぎる草食系の優しすぎる花屋の店長役などが特に好きでした。
そういった感じで本作は僕が好きな海外作品のオーディション受けがちな日本人俳優または海外でも人気ある邦画によく出がちな日本人俳優……前述の『SHOGUN 将軍』(2024)でもメインキャラを演じていた浅野忠信 イッセー尾形菅田俊窪塚洋介塚本晋也小松菜奈加瀬亮片桐はいり洞口依子黒沢あすか……などが多く出ていて、邦画や日本のドラマをあまり観ない自分でも好きな人が多くて、彼らの顔ぶれを見るだけでも楽しかったです。2017年に頸髄完全損傷によって現在闘病中の高山善廣も〈大男〉役として出てきたので「あっまだ元気だった割と最新の高山」と感慨深いものがありました。

話を戻して、トモギ村でのキリシタン弾圧。
キチジロー、モキチを始めとした四人は代表として拷問を受け、キチジローは踏み絵と十字架に唾を吐く棄教テストをクリアするがモキチを始めとした残りの三人は棄教を拒否。波打ち際に十字架に貼り付けになる拷問で全員死亡。特にモキチは賛美歌を歌いながら3日間耐えて死んでいった。
事前にモキチから手作りの十字架を受け取ったロドリゴは、ガルベと共に物陰からその様子を眺めながら「信者達がこんな酷い目に遭っているのに主は何故沈黙したままなのか」と苦悶する。

 

身を隠すためガルベと一旦別れたロドリゴはキチジローは五島列島に逃れるがキチジローによって銀300枚で井上筑後国に売られて囚えられる。
キチジローは一目瞭然ではあるが、銀貨30枚でイエス・キリストを売ったユダのような役回りで最初から最後まで出てくる。

ロドリゴは井上の元で、他のキリシタン農民たち(演:加瀬亮小松菜奈など)と共に井上のキリシタン弾圧専門施設のような場所に囚われる。ロドリゴは優しい態度で諭してくる井上や通詞(演:浅野忠信)による説得、「お前が棄教しない限り、この者たちが苦しむことになる」とキリシタン農民たちが斬首されたり拷問されるのを特等席で見せられる。井上からしてみれば本場の宣教師ロドリゴを棄教させるのが主目的であってキリシタン農民たちはロドリゴ棄教のための餌にすぎないので農民たちが棄教しようが死のうが正直どっちでもいい。ロドリゴは「自分のせいで苦しめられるキリシタン農民たちを、自分だけは個室の牢で最前席で見せられる、しかも三食たっぷり食べさせられる」という、自分が拷問されるより辛い拷問を受ける。
井上はロドリゴに「今の日本の状況は、正妻が居るのに醜女(キリスト教)にしつこく言い寄られてる状況なのです。貴方が日本の立場なら嫌だろう?」と説得するがロドリゴは引き下がらない。
「おらもキリシタンだ!」と三度やってきたキチジローは自ら捕まり、ロドリゴに「あなたに酷いことして正直すみませんでした!懺悔させてください!」と迫る。
しつこいから仕方なく洗礼的な事をしてやるとキチジローは踏み絵してダッシュで開放される。キチジローは裏切りと、自分が罪の重さから逃れたいがあまり反省して懺悔を聞いて欲しがるムーブを何度も繰り返す……という地上の人類の弱さを一人の人間として集約したようなキャラになっている。
が、こちらが思案に入る前に、自首→懺悔→三度目の棄教してフンドシ一丁で走り去る!という流れが面白すぎて哲学的思考よりも面白さが勝ってしまい、ただただ笑ってしまった。ちなみに最終的な穴吊りの刑でも自首してくるしエピローグにも登場する、キチジローは恐らくロドリゴの中のくじけそうな心の擬人化のようなキャラクターなのだろう。

その後、綺麗な着物を着せられたロドリゴは浜辺に連れて行かれ、囚えられて「ロドリゴは棄教した」と信じさせられたガルベ神父とキリシタン農民たちがまとめて海に沈められ殺される。しかし当然のことながらロドリゴの神は信者たちを助けたりロドリゴに話しかけたりはしない。というか今後もこれからも沈黙したままだとわかってるのが辛いところ。
次いで、ロドリゴとガルベが来日した原因である師クリストヴァン・フェレイラ神父(演:リーアム・ニーソン)と謁見させられる。
フェレイラは穴吊りの刑によって棄教し、日本名や日本人の妻子を与えられ江戸幕府のために働いており、ロドリゴにも棄教を勧める。このフェレイラも勿論、実在の人物。
クリストヴァン・フェレイラ - Wikipedia
ここで、すぐ隣でキリシタンたちが穴吊りの刑に苦しむ苦悶の叫びとフェレイラの説得を聞かされたロドリゴは遂に神の声を聞き、転ぶ(棄教する)。
フェレイラのように日本名と日本人の妻子と立派な職業や屋敷を与えられて数十年経過した後に天寿をまっとうするロドリゴの葬儀で映画は終わる。
ここで前半の伏線を活かしたラストカットでロドリゴの真の心と、穴吊りの夜に聞こえた神の声の真意がほのめかされる。このラストは非常に誰が観てもわかるし面白い映画的なラストで「やっぱスコセッシは映画うめぇな」と感じさせられる。
キチジローが「ロドリゴのくじけそうな心」の擬人化だとしたら、沈黙していてようやく口を開いた神の声は「ロドリゴの一旦の結論」を表したものなのかな?
『SHOGUN 将軍』(2024) でも語られていたがロドリゴは「八重垣(心の中に強固な囲いを作り、その奥に本心を隠し続けること)」によって信仰を守ったのだろう。そしてあのロドリゴの妻(演:黒沢あすか)には八重垣の奥の信仰心を語ってモキチ十字架を預けてたんだろうね。
「八重垣」は非常に日本的な思想でもあるから(というか僕、八重垣好きだわ)単純な見方をすれば、江戸時代の日本で暮らさざるを得なくなったロドリゴは信仰を保ったまま自分を日本式にカスタマイズした。その結果、本能的に八重垣にたどり着いたとも言える。フェレイラ神父もな。実在した彼らの真意はわからないが、本作作のロドリゴとフェレイラはそんな感じ。
自分はキリスト教はおろか宗教全部アホらしいと考えてるのでロドリゴの立場になって考えても「棄教すればいいじゃん、俺なら1秒で棄教するね」と思うが、しかしそれが自分が興味のないキリスト教じゃなく「自分の信じるもの、大事な自分の考え」を捨てろと言われたり「自分の好きなものを嫌いだと言わされた上で、行動の上でも嫌いだという態度を死ぬまで取り続けろ」と言われたら?差別国家に連れて行かれて弱者を差別し、虐げるように強要されたら?そう考えるととても辛い。というか、そういった事が実際に自分の人生で起きたこともあったのだがロドリゴと同じように心のなかに八重垣を作ってそこに大事なものを入れてやり過ごした事があったのでロドリゴには共感できた。
日本の未来もどうなるかわからないので、そういった「八重垣」や想像力や共感力は、ますます大事になっていくだろうと思った。
宗教的なテーマにあまりにも興味なく、しかし映画として面白かったので楽しんだが、書くことないのであらすじばかり書いて薄い感想を付け足すという面白みのない感想になりましたね。
八重垣に隠し続ける強さを持たなかった憐れなキチジローはエピローグで遂に滅んでしまった。
その最期こそ貴様が受け取った31枚めの銀貨だ、ユダ。

 

 

 

 

そんな感じでした

マーティン・スコセッシ監督作品〉
『アイリッシュマン』(2019)/最高だったが本作の素晴らしいラスト観たら他のギャング映画のラストが全てゴミに思えてきた‥🍉 - gock221B

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Silence (2016) - IMDb
Silence | Rotten Tomatoes
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