著者:吉本浩二 ↑1巻表紙を見て「何でせっかくの勝新の顔をフィルムで隠してるんだろ?」と思ったら2巻の表紙で「フィルムと仕込み二つの武器を対比させてたんだ」と気付く粋な表紙
手塚の漫画描いてブレイクした漫画家さんが勝新を描いてたの知ってさっそく読んだ。
勝新はもちろん好きだ(というか勝新嫌いな人がいたらそいつはものをよく知らないか頭がおかしいかのどちらかだ)
勝新って妖精みたい
1巻
「人たらしで可愛らしい人物」というのは有名だが僕は割と評伝とかあまり読んでなくて作品の印象からクールだったり厭世的なキャライメージなどを強く持ってたので「この優しい絵柄の漫画家さんで大丈夫だろうか」と思ってたが、この漫画家は勝新の暖かみのある部分にクローズアップしてて、それが作風にあってて良かった。
それが第一話で、さみしがりなので一人では寝れないという勝新がスタッフに延々とマッサージさせたり、ホテルの部屋に集まってたスタッフが帰ろうとしたら必死でビールをたくさん買って彼らが帰るのを防ぐ可愛い様子にかなりキュンと来た。
劇中のスタッフ同様、読んでいるこちらもキュンとなる。
大成功の第一話だった。
中村玉緒とのエピソードでは、珠緒とのエピソードが出会いから死別まで描かれる。死の三か月前に手を繋いで並木道を歩いた話が素敵すぎた(後述するがこの回を最終回に持ってくればよかったのに‥)
動画でよく見かける勝新ファンの画家バルテュスとの触れ合いの詳細も知れたし
勝新が亡くなった事を妻から聞かされたバルデュスが、自室に帰って市の着物を抱いて半泣きで座頭市を観賞するコマとかも最高だった。
何より全体的に人好きだが、映画の事が好き過ぎるという描写が最高だった。
春日太一の回では「勝新は天才ではなく我々凡人の延長線上にいる努力の人」というのも良かった。
原田美枝子の巻に至ってはもう全てがヤバかった。一番好きな回。
ドラマ版座頭市で原田美枝子が出た有名な二篇について語られるし、勝と原田の触れ合いがいちいち最高。
自分と原田の中に個別の孤独を感じていたという逸話が深みを感じさせるし死の前に原田に言った謎の言葉も、謎めいたイメージが少ない勝新にミステリアスさがぐんと増えて良かった。
最初は「面白いけどこの作家、全部手癖で描いて人の顔を似せようという気があまりないし似てないなぁ」と思って読んでたけど、読んでるうちに1巻の後半くらいで勝新だけは凄くそっくりに見えてくる。
春日太一に勝新がのりうつったように描いてるうちに作者にのりうつったんだろうか
2巻
兄弟分のニューラテンクォーター社長の話。これはかなり良かった。
「遊びには無駄がねぇな‥」という台詞はかなり勇気づけられるものだった。
次に、作者は「独眼竜政宗」の大ファンだけあって、渡辺謙の正宗エピソードは前後編で念入りに描かれる。恐らくこの章が描きたくてこの企画を始めたんだろうなと思った(そしてこの渡辺謙と次の話の松田優作は他の人物より凄く似せている)
この撮影まで二人は一切会わず、勝新がアドリブしまくりな上に絶対にNGが許されないぶっつけ本番だったという有名な小田原参陣シーンが語られる
後編も勝新が渡辺謙にこっそり告げた「主役俳優の極意」が語られる。
松田優作と松田美由紀の回。この回は優作よりむしろ勇作の死後「松田優作の嫁さん」としか扱われてなかった松田美由紀に優しくし続けて彼女を一人の人間として浮かび上がらせたり「俺たちの死んだカリスマ松田優作さんの未亡人aka聖女が優作以外の男と付き合うなんてとんでもない!」と周囲に次の恋を次々と潰されてたところを勝新が救うエピソードもよかった。
最終回
最後は、事件を起こして女優を引退した長女と、事件を起こして勝新の付き人になり役者になると同時に例の事件を起こした長男が語り部となった最終回。
長女と長男そして勝新本人が事件を起こし続け、勝新が死ぬ。
ここまでの華やかで面白すぎるエピソードではググーっと必要以上に引き込まれてハイテンションで感動させられ続けたが、この最終回は事件の数々の内容には突っ込まずササーっと義務的になぞって、作者は今までの様に「暖かい勝新、芸事が好きな勝新」を中心に良い話として着地させようとしているが今回だけは一切良い話として盛り上がらず、異常に寂しい雰囲気で死んでいって終わってしまい凄くモヤモヤした。
事件を色々なぞる長女は顔を伏せて無表情で、事件も全部1コマで義務的に済まされる事からインタビューしたはいいが使えない話だったんだろうなと思った。
長男の方は、誰が聞いても不透明すぎる例の事件の事もあるし「姉は見舞いに殆ど来ませんでした。死後に墓参りはよく行ってます」「『病室に仕込み杖を隠し持ってた』という伝説がありますが、ありはしませんでしたよそんなものは笑」などと言うのでテンション下がった。
別に「ファンの夢を壊すな」などと言いたいわけではなく「それ、どうしても言わないかんか?」という感じ。「俺が聞きたくない」からじゃなくて「サービス精神の塊の勝新は、そんな事言って欲しくないんじゃないか?」と思ってしまう。
ちなみに長男に「たまには見舞いに行けよ」と言われた長女は何故か無表情。
何か言えない事もしくはインタビューで聞いたけど書けない事とか色々あるんだろう。こないだ話題になった「ド根性ガエルの娘」を思い出す。
とにかく描写している事よりも、描写していないコマとコマの間から「色々あるんだろうな」という何かが臭いすぎてる。この匂いは嗅ぎたくないんだよな。描けないなら全部カットすべきだった。
勿論いい話だなという箇所も少しはあるのだが、この上手い作者が全力で描いてこの程度なので、実際にどういう感じだったのかとか、あまりいいインタビューじゃなかったんだろうなと推測できる。
最初から前回の松田優作&松田美由紀の回まではテンション最高潮で一気読みしたが、この最終回だけテンションめっちゃ下がって本を閉じた。
何というか一気に読んで来てこの最終回読むと「勝新だか何だか知らんが辛い現実には勝てない」「何だかんだ言って真面目に生きないとダメ」という勝新から遠く離れた、夢も希望もない感想が浮かんできてしまうのだ。
というか、この長女と長男を語り部にして最終回に描くのは無理があるだろ。
推測だが作者と編集者はそう思いつつも子供達を最終回に持って来て、それを更にカツシン力で超えて勝新とその周りの人々の業を昇華させて素晴らしい結びにしようとしたのだろう(そして失敗した)
中村玉緒と桜並木を一緒に歩いて死ぬ第二話が最終回なら。。というか殆どの話で勝新の死は描かれてるので他のどの話を最終回にしても盛り上がれるのだが。。
勝新の、その業ゆえに最後の最後が微妙な感じで終わってしまう‥という本作自体も勝新っぽさを体現してるといえば、そう言えなくもない。そんな風に無理矢理褒める方法はいくらでもある。でもまあこの最終回は単純に失敗だと思う
そんな感じでした