gock221B

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『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)/どの映画にも一つある「この良い場面1個あったからまぁ良かった」と思うような良いシーンが全編続く映画👩👱🏻‍♀️👩🏻‍🦰👱🏻‍♀️

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原題:Little Women 監督&脚本:グレタ・ガーウィグ 製作国:アメリ
原作:ルイーザ・メイ・オルコット『若草物語』シリーズ(1868-1869)  上映時間:135分

 

 

 

単独監督デビュー作『レディ・バード』(2017) がめっちゃ評価された女優でもあるグレタ・ガーウィグの二作目。そんで二作目にして第92回アカデミー賞で作品賞、主演女優賞(シアーシャ・ローナン)、助演女優賞(フローレンス・ピュー)、脚色賞、作曲賞、衣装デザイン賞の6部門にノミネートされた、……が、若い監督の二作目なので衣装デザイン賞しか受賞しなかった(アカデミー賞はそういうもの)。だが二作目でこれだから凄い。彼女の恋人ノア・バームバック監督も似たテイストの映画を撮る早くから売れた監督だが2作だけで既にグレタの映画の方が面白い。なんかノア映画よりグレタ映画の方がキャッチーで言いたいことがハッキリしてる印象。グレタ監督の映画は女性により刺さる内容だと思うが、それにも関わらず男性の僕もグレタの方がおもろいと思わされてますね。

原作はルイーザ・メイ・オルコットが書いた半自伝的小説『若草物語』四部作(1868-1869)。何度も映像化されてるし日本でも何度も映像化や漫画化とかされてるようだが、原作読んでないし映像化作品もどれも観たことないのでよく知らない。だから原作と比べてどうこう言うような感想はできん。Wikipediaを見た限りだと四姉妹の少女時代『若草物語』、主人公ジョーがNYに引っ越したりベスが難病に伏せる『続 若草物語』、そしてラストは『第三若草物語』の冒頭……くらいで終わる感じ?知らんけど。本作が面白かったので一作目『若草物語』の電子書籍を購入した。
ネタバレあり。

 

 

 

マーチ家の四姉妹や周囲の人々の暮らしを描いた物語。時系列がシャッフルされている。ここがかなり良いところ。
1860年マサチューセッツ州に暮らすマーチ家の四姉妹。父親は南北戦争に行っているので後半まで出てこずマーチ家は女性メインの映画になってる。

👱🏻‍♀️主人公は次女ジョー・マーチシアーシャ・ローナン)。ジョーは野心を秘めており異性にもたれて生きることを良しとせず独立心旺盛、物語を書くことが好きな彼女は家を出た後、ニューヨーク作家になる。主演は『レディ・バード』(2017) の主演でもあったシアーシャ・ローナンシアーシャ・ローナンは監督のグレタによく似てる。監督と常連主演俳優が似るのはデヴィッド・リンチカイル・マクラクラン黒沢清役所広司……とかよくある。監督が自分の言いたいことをシアーシャ演じるキャラと肉体に込めている……か、どうかは定かではないがどうしてもそんな気にさせられるのは仕方ない。素直に監督の分身だと思って観た。あと昔の恋人に雰囲気が凄く似ていた。隣人のローリーと仲がいい。

👩長女は美しくお淑やかで優しいが保守的な性格のメグ・マーチエマ・ワトソン)。演じることが好きらしくジョーに「女優になるべき!」と言われるが、隣人ローリーの家庭教師だったジョン・ブルック先生と結婚して家庭に入る。家が裕福だった頃の虚栄心が残ってるのか貧しいブルック先生と生活苦に悩んでる場面もあるが全体的には幸せそう。演じてるエマ・ワトソン本人は多分ジョーっぽい性格なんだろうが一番保守的なメグ役をやってるのが面白い。

👱🏻‍♀️三女はピアノが好きで愛情深いが病弱なベス・マーチ(エリザ・スカンレン)。彼女は顔や全体的な雰囲気が幼いので今Wikipediaで確認するまで末っ子かと思っていた。最も純粋で儚い雰囲気で演出されていた。ピアノを通じて隣のローリーの祖父である老ローレンスと友情が芽生える。老ローレンスはベスを幼くして死んだ娘に重ねて見ていた。実際に病で亡くなった原作者ルイーザの妹がモデルらしい。

👩🏻‍🦰四女は美術の才能があり気性が激しくジョーと何度もぶつかるエイミー・マーチ(フローレンス・ピュー)。演技がデカすぎて何の作品に出ても目立ちまくるフローレンス・ピューが演じてるので本作でも目立ちまくる。そんなピュー氏が甘えん坊の少女を演じてるので泣き喚いたり騒いだりととても楽しい。漫画みたいな表情やアクションで、もう顔中が顔まみれという印象。監督はピュー氏にもっともっとと演技を大きくしていったらしい。自分が結婚するくだりではシリアスな胸の内を見せる。

🏡父ボブ・オデンカーク)は映画後半まで出征しており留守なので家に居るのは優しく娘たちの自主性を重んじるローラ・ダーン)と女中のハンナ(ジェイン・ハウディシェル)。ときおり出てくるお金持ちで独身の毒舌家マーサ伯母さんメリル・ストリープ)も出てくる、親族は女性ばかり。女中のハンナはなかなか自分を出すシーンがないがベア教授が来た時に「イケメンだわぁ」と急に自分を出したので驚かされた。マーサ伯母さんはメリル・ストリープが演じてるのでとにかく圧が凄い。マーサ伯母さんだけで映画一本作れそう。一時、エイミーは伯母さんと住むのだが濃い2人やで。

👨‍🦳👦隣に住むローレンス家。舞踏会でジョーと仲良くなる裕福な美少年セオドア・ローレンス通称”ローリー”(ティモシー・シャラメ)、ジョーだけは彼を”テディ”と呼ぶ。ローリーを演じるシャラメは主演シアーシャ・ローナン同様に『レディ・バード』(2017)でも印象的なイケメンを演じていた。本作のシャラメ演じるローリーは神秘的な美少年という感じではなく楽しいことが好きな気取らない若者で、自由なジョーを好きになる。ローリーは毒舌で恐れられてるマーサ伯母さんにシッシッとあしらわれても何度も果敢にまとわりつくところも良かった。凄く友達になりたいタイプの好感持てるキャラだった。若いイケメンというところを長所に感じない自分のような中年男性の自分が凄く良いと思えるんだからローリーの魅力はすげぇなと思った。
ローリーの祖父でベスとピアノを通じて仲良くなる老ローレンスクリス・クーパー)、彼は物語的には後半まで父が出てこないマーチ家の父親的なポジションにいる。後にメグと結婚するのはローリーの家庭教師ブルック先生(ジェームズ・ノートン)、優しいハンサムだが凄く昔の人間といったキャラクターで何だかいつも泣きそうな顔している。皆それぞれマーチ家と仲良くなる。ローリーの両親がいないのは何故だろう。原作読めばわかるかも。マーチ家が女性ばかりなのに比べローレンス家は男性ばかり。
他には、大人になったジョーがNYで作家として暮らす現在の時間軸で、ジョーに好意を寄せるベア教授ルイ・ガレル)。原作ではもっとおじ(中年男性)だったらしいが映画では監督の好みで若いイケメンになった。確かに本作のジョーがおじとくっついてしまうと「強がってたジョーも強い男の保護が必要なんやな」という雰囲気になってしまう、だからベアを若くしたのはグレタ監督の好みだけでなく必要な事だったのだろう。常に微笑してジョーを助けようとする、少女漫画のヒーローっぽい雰囲気がある。メインキャラクターはこれくらい。

 

 

 

👩👱🏻‍♀️👩🏻‍🦰👱🏻‍♀️1869年、ニューヨークで家庭教師として糊口を凌ぎながら作家活動をするジョーの”現代”パートから始まる。
映画の冒頭はジョーが出版社に持ち込みする場面から始まる。そして映画の最後は、本作の本編を書いた『Little Women(若草物語』の製本が終わり誇らしげに胸に抱いて終わる。という事からもわかるように本作は、少女時代の思い出や現在の出来事を回想するだけでなく、ジョーがそれを総括して書いてモノにした話……つまり自分の人生を男など他人ではなく自分で運用していく物語だということがわかる。
ジョーは女性の自分が書いた事を隠して持ち込む(が、編集者には誰が書いたのか最初からバレている)。彼女が書きたかった”道徳的な要素”は好まれず、編集者の注文で刺激的なエンタメ作品を書かされる。更に「女性主人公は最後に結婚して終わらなければならない。女性主人公が結婚しないなら殺すように」と言われる。編集者(社会)に押し付けられる女の幸せ……どうやらこれに抗うのが本作のテーマのようだ。
彼女に好意を寄せるベア教授はジョーのエンタメ小説を読み「僕これはあまり好きじゃないな。これは君が本当に書きたいことなのかい?」といった感じの、建設的な批判をするのだが批判に慣れていないジョーはブチギレてベアと絶交してしまう。
四女エイミーは毒舌家マーチ伯母さんとパリに住んでおり、子供時代の隣人だったローリーも来ている。ローリーはどうやら長年好きだったジョーにプロポーズしたが振られたらしく酔っ払ってはパーティで荒ぶっている。
地元でローリーの家庭教師だったブルック先生と結婚して家を構え家庭を育んでいる長女メグ、彼女は愛する夫や子供たちに囲まれて幸せだが華やかな世界が忘れられず夫の給料に合わない高価なドレス生地を買ってしまい思い悩む。
病弱な三女ベスは大きくなっても健康になっていないが、隣の老ローレンスのお宅にお邪魔してピアノを弾いている。老ローレンスは娘を早くに亡くしておりベスが弾くピアノが響くのは幸福な時間。

だがそんなベスが猩紅熱(現代で言う溶連菌感染症)に罹り倒れる。ジョーは三女ベスの病状の悪化を知り実家に帰る。
そこから四姉妹の七年前の少女時代の回想が始まる。
この過去の楽しい回想は本当に楽しいのだが全体的に楽しいので、良い部分を書いてたらあらすじ全部書くことになってしまうので書くのはやめておく。観た方が早い。「この映画はまぁまぁだったな、だけどあの良い場面が一個だけあったから低評価にはしないでおくか」と思うような場面それが最初から最後まで続くのが本作。
回想の間にも時折、現代の出来事が入る。この過去と現代のシャッフルの塩梅が絶妙、暖かかったり、そしてそれ以上に妙に意地悪。グレタ監督作は二作目で今まではよくわからなかったが「きっとこれがこの監督の個性なのかも」と思った。

👩たとえば少女時代、綺羅びやかな屋敷の華やかなパーティで踊る美しいメグ!だが次のカットは現代のメグと夫のブルック先生の暗い食卓……。ブルック先生とは愛し合ってるのだがメグは「貧しい生活は嫌」と、つい口に出してしまい優しいブルック先生は「ドレスも満足に買わせてあげられない解消なしでごめんよ……」と謝るものだからメグは自己嫌悪MAXになり夫に謝る。この落差の画は凄い。カットが現代になった時の食卓の照明や雰囲気の暗さは『ヘレディタリー / 継承』(2018)みたいで思わず笑ってしまう。「愛する家族と一軒家持ってるんだからドレスくらい買えなくてもいいやん」「生活できないわけじゃないんだから贅沢言うな」などと言ってはいけない。僕も貧困だがそんな事は思わなかった。以前のメグの世界には当然あったものがなくなっている、それがメグの貧しさなんだから、ここは”メグが生活苦で苦しんでる場面”だと素直に見るべきだ。「年に一度は旅行に行けてたが行けなくなった」「いつでもマクドナルドが食べれてたが月一しか食えなくなった」など、自分に当てはめてメグの悩みを掬い取るべきだ。
この時系列シャッフルによるコントのような落差、これは他にも何度かあった。これまた一々挙げてたらキリないので書かないが、このメグの貧富の落差カットが一番鮮烈だったのでこれを挙げた。どれも効果的。長い原作を一本の程よい長さの映画にするにはこの方法がベストかもしれない。
メグと言えば、僕は本作を見る前、デビューした時からファンのフローレンス・ピュー演じるエイミーが楽しみだった。エイミーは良いのは勿論なのだが、観ていくとやはり物語のテーマを背負ってる主人公ジョーがやっぱ良いな!と思った。女性の自立を背負ってるのだからヒーロー度が最強だからね。そんで2、3回観ていくうちにメグも好きになってきた。美人だが保守的な彼女は今後は古い存在となっていくばかりのキャラクターで、本作では割と損な役回りと言える。エマ・ワトソンがやってるから勿論すてきなキャラクターではあるのだが、本作を観る限り同性がメグに憧れたりカッコいいと思う事は少ないだろう。そんな古風なキャラクターをフェミニストエマ・ワトソンに演じさせてるっていうのが何とも味がある。またメグは家計のやりくりに四苦八苦しているが演じてるエマ・ワトソンは大人になるとっくの前に自分の才能で一生遣いきれないギャラを手にしてしまった大スターだというのもまた味わい深い。そんな感じで、最初は四姉妹で一番どうでもよかったメグが何度も観ていくうちに好きになった。

👩🏻‍🦰👱🏻‍♀️四姉妹の中で最も純粋で心の優しいベスは結局、猩紅熱で亡くなってしまう。
ある朝、ベスと添い寝して看病していたジョーが目覚めると隣にベスが居ない。「まさか、ベスの命が!?」と大慌てで階下に降りたジョーは朝陽の中、ママと女中ハンナと食事しているベスを見つけ安堵のあまり抱きつく。
後日、ジョーが目覚めると再び隣にベスが居ないので先日のように階段を降りるジョー。同じ場面を二回も繰り返す意味はない、そして朝陽が屋内に降り注いでオレンジ色だった前日の朝と違い今回は屋内が寒色、真っ青になっている。もう既に結果を見なくてもベスが既にこの世に居ない事がどうしようもなくわからされてしまうシーン。そして階下に降りると、前日は朝陽の中でママと女中ハンナと食べ物に囲まれたベスが居た、だが今回は何もない暗いテーブルに消沈したママが座っているだけだった。死ぬ時や死んだベスではなく彼女が死ぬ前後の周囲を丁寧に描いてるのが良かった。昔から泣き顔に定評のあるローラ・ダーンの泣き顔……それ以前に階段を降りてる時点で「ベスは既に……」と明らかな演出が素晴らしい。ベス自体は演じてる俳優も他の豪華出演人と違い有名ではない初めて見る女性俳優なんだが、死ぬ少し前ベスとジョーが思い出のビーチで過ごすシーンが印象的だった。幼い頃からずっと病弱で「人生=病」であるベスは既に死を受け入れている。そんなベスはジョーに「書き続けてね。私が居なくなっても」と言いジョーを哀しくさせる。ベスは抗いようもなく間もなく病で死ぬがジョーに自分の分も生きろと言っている。Ζガンダム風に言うなら「ジョー、私の命を吸って!」という意味だ。実際にジョーのモデルである原作者ルイーザが、実在した原作者死んだ妹のことをベスとして描いたからこそ若くして死んだ少女は物語の中で生き続け、小説のファンだったグレタ監督が映画化したからこそ100年後の日本の中年男性の俺がベスの事を知ってるんだからジョーは見事にベスを著作の中で生かした。こうしてみるとベスを演じた俳優だけ無名で儚い感じの人にしたのも良かった。
そしてベスが死ぬシーンの直後は、少し前にメグがブルック先生と結婚するエピソード。この時はまだベスが生きてるので姉の結婚式に元気に出席している。毒舌家のマーサ伯母さんに愛ある皮肉を言われながらもメグは上目遣いの微笑みを浮かべブルック先生の手を引いて新居に招き入れるシーンでこのメグ結婚パートは終わる。ここは上品だけど物凄くSEXを感じさせるシーン。死の後に生の場面を持ってきてるから凄く効果的。

👱🏻‍♀️ローリーは舞踏会で出会った時からジョーが好きで、遂にジョーに愛の告白をする。しかしジョーはローリーを親友としてしか思っておらず「私達が一緒になったらぶつかりあってだめになってしまう」と振ってしまう。グレタ監督は二作目にして「自分に似たシアーシャ・ローナンを主演にしてシャラメ演じる美少年と不思議な絡みさせ続けてるな」というのがだんだん可笑しくなってくる。別に自分の分身っぽい主人公と素晴らしいシャラメを素直にくっつけるみたいな単純な事じゃなく、ひねくれた絡みばかりさせるのが本当に味がある、次回作にもシャラメ出てきたらそれだけでもう笑ってしまう。
またジョーに必死で告白する時の美しいシャラメは髪がグッシャグシャになる。本作は一つのシーンに1ヶ月もリハーサルするくらい緻密に撮られてるらしいのでローリーの髪がぐしゃぐしゃになるのも絶対わざとだろう。断られるのを予感しつつ必死でなりふり構わず告白するシャラメをくしゃくしゃにする、そして振る……これまた監督の複雑な性癖を感じずにはいられない。
しかし本作は”自分に夢中なシャラメをスルーしてご満悦”っていうサム・ライミ的な性癖だけではない。
ローリーを振ってしまったジョー。
ジョーは「女には美しさや優しさだけでなく魂も野心もあるのに『女は愛される事が一番の幸せ』と言われるのが許せない!」という男中心社会への激しい怒りをママに明かすジョー。しかし、そう思ってるにも関わらず他者を求める心が唸りをあげ「たまらなく寂しい」ジョー。”野心”や”自由”を優先させて生きてきたからといって「女性である自分としての幸せ」が無いわけではない。むしろ振り子のように野心の反作用エネルギーがジョーをたまらなく寂しくさせているのか。
「もう一度ローリーにプロポーズされたらイエスと言うかもしれない」と言うジョー。しかし「今は他者に甘えたくなっているだけ。それにローリーを付き合わせていいの?」とママに看破されてしまう。それにしても、このローラ・ダーンは娘たちを好きなようにやらせつつ絶妙に導いても居て本当に良いママだね。ローラ・ダーンが演じるキャラで好きなキャラあまり居なかったが、このママ役が一番好きかも。
そうこうしつつ、ジョーとローリー、エイミーとローリー、ジョーとベア教授、などの顛末も目が離せないのだが何もかも抜き出して書いても意味ないので省略しよう。

👱🏻‍♀️📕本作が原作と一番違うのは結末近く『Little Women(若草物語)』を書き上げ、編集者に再びああしろこうしろと言われ「本当はベア教授と結婚してないので結婚しない結末にしたが、編集者に‪『女性主人公が結婚しないとかダメだと言ったやろ!』‬と言われたから仕方なく結婚させた」という部分。グレタ監督は「私がその気持ちを100%理解している原作者ルイーザは絶対ジョーを結婚させたくなかったはず。未来人の私がかわりにやってやるわ」と思い、こうしたらしい。”とろけそうな”顔になったことを関係者全員にツッコまれたジョーが汽車に乗るベア教授を追いかけドラマチックなキスをした場面も、現実なのかジョーが書いた私小説『Little Women(若草物語)』の、作られた結末なのかどうかがよくわからない。ジョーとベア教授は駅で本当にドラマチックな再会したのか?しなかったのか?キスしたのか否か。本当に結婚したのか、それとも恋人同士のままだったのか?といった部分が全て曖昧なまま物語は終わり明らかにされない。
マーサ伯母さんがジョーに残してくれた屋敷を学校にしてメグとブルックの夫婦も働くラストがある。社会通念によって女優の道を諦めたメグが少女たちに演技指導しているのもまた監督のしたかった事だろう。そこにはベア教授の姿もあり子供を教えている、関係は良好だ。陽光が降り注ぐ中、お花も咲き乱れケーキもあり、それでいて『Little Women(若草物語)』を製本する時のデヴィッド・リンチタランティーノみたいな妙にフェティッシュなカットもたまらない。製本マニアは興奮するシーンだ。何だか全体的に夢みたいな「世の中すべてこうあって欲しい」と思わせる幸福なラストだ。ベスが健在ならここでピアノを弾いていたんだろう。
話は戻りジョーとベア。色んな解釈できると思うが、僕の場合こう考えた。
「ジョーとベアは、書かれていた通り駅でドラマチック再会してキスもした、何なら結婚もして皆と一緒に学校で幸せに暮らしている」のではないか?
ジョーは別に「男に興味ない」とか「結婚なんか一生しない」なんて事を思ってるわけではない。ジョーが思ってるのは「女には美しさや優しさだけでなく魂も野心もあるのに『女は愛される事が一番の幸せ』と言われるのが許せない!」「幸福は他人(男)に与えられるものではなく自分の力で掴み取ってもいいはず」という事。だからジョーが”主人公を結婚させたくない”というのは物語の結末での事なんだと思う。だが編集者は「主人公を結婚させないと出版できない」と言う。これは編集者一個人の台詞だが”現時点の男社会の総意”でもある。原作者ルイーザの分身でもあるジョーは『Little Women(若草物語)』を出版できないと困るので著作権を渡さない代わりに主人公(ジョー)を結婚させた。契約成立。グレタ監督は「原作者ルイーザは絶対にジョーを結婚させたくなかったはず」と思ったらしい。だから自分が監督したこの『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』では「ジョーはベアと結婚してない」とジョーが言う(しかし真相はわからない)ラストにしたのだろう。実際のところジョーとベアは愛し合ってるし同じ方向を見てるしベアはジョーの思想を重んじてくれそうだし結婚しない理由は全くない、最後も仲良く一緒にいたし。だがどうしてもジョーは「主人公としての私とベアは結婚!幸せなキスをして終了……」という結末にはしたくなかったのだろう。「ジョーとベアは相性バッチリだし愛し合ってるから実のところ結婚した!だが、そう描くと『あぁ、やっぱ強がってたジョーも結婚だけが女の幸せだよねええ?』みたいに編集者(男社会)に思われてしまう。だから結婚したかどうかは曖昧に描かせていただく!」と、そういう事なんじゃないかと僕は思った。俺が言いたい意味わかる?……なんか上手く説明できなかったな、ここは後で推敲して書き直すかもしれん。
まぁジョーとベアが結婚したか又は恋人同士のままなのか、真相はどっちでもいい。してもしてなくても同じことだからだ。
この映画は本当に全編好きだったわ。何度も観たしNetflixにも来たけどメイキングとか観たいからBlu-rayとか欲しくなった。そんな事思う映画って滅多にない。

 

 

 

そんな感じでした

『レディ・バード』(2017)/”レディ・バード”という仮面が生まれて消えるまでの一年間。そのレディ・バードが消えた場面が好き👩🏻‍🦰 - gock221B

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Little Women (2019) - IMDb

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