原題:Nomadland 製作国:アメリカ 上映時間:108分
監督&脚本&編集&制作:クロエ・ジャオ 製作&主演:フランシス・マクドーマンド
原作:ジェシカ・ブルーダー『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』(2017)
ジェシカ・ブルーダーが発表したノンフィクション『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』(2017)を読んだ本作の主演女優フランシス・マクドーマンドが出演だけでなく制作も務めてクロエ・ジャオを監督に据えて完成。ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞。第93回アカデミー賞で計6部門にノミネートされ作品賞、監督賞、主演女優賞を受賞した。クロエ監督は有色人種の女性として初めて監督賞を受賞し、賞レースの常連マクドーマンドは同一作品で製作者と出演者の両方としてアカデミー賞を受賞した史上初の人物となった。個人的にマクドーマンド氏は『スリー・ビルボード』(2017)も死ぬほど面白かった印象が強い。間違いなく現役最強女優だろう。
本作は「静謐な雰囲気で車上生活とかを淡々と描いてそうで観るのしんどそうだな」と積んでたが、同監督のMCU作品『エターナルズ』が明日、公開されるので本作はそれまでに観ときたかったので観た。
ネタバレあり、ネタバレ多め。
2008年、リーマンショックによって未曾有の経済危機が世界を襲った。
高齢の女性である主人公ファーン(フランシス・マクドーマンド)もその一人。勤めていた工場や町が閉鎖され、彼女は最低限の家財道具を自家用車に積んで日雇い労働できる場所を転々と放浪する〈現代のノマド〉となった。
ファーンは自分と同じ境遇の車上生活しているノマド高齢者たちと触れ合いながら荒野を放浪し、やがて自分を見つめ直す。
そんな話。
前半……いや、中盤を過ぎる辺りまでは、ファーンや彼女が知り合った現代の高齢ノマド達の生態を見せる。ここを見せるのは本作の目的の一つだろうから、かなりしっかり見せる。
Amazon倉庫や各地の工場や肉体労働などの日雇い労働を高齢者が従事し、故障した自家用車を修理したり、高齢ノマドが集まってイベントを楽しんだり物々交換する様子がドキュメンタリーみたいな感じで描かれる。
しかも制作側が見せたい高齢ノマドの生態描写がブレないようにか劇的な人間ドラマは殆ど起きず、ひたすら淡々と生態を見せていく。劇的な事と言えばファーンの車がパンクして老女ノマドと知り合って別れたり、ファーンの大事な皿を割ってしまった男性ノマドとの友情など細やかなもの。高齢ノマドの人達は貧しく過酷ながらも助け合ったり楽しんだりもして生きている。
僕だって貧困中年男性だしザ・リアルって感じで身につまされる感覚があってあまり楽しめる感じじゃない。「良作だと思うがひょっとして最後までこの調子が延々と続くのかな?」と思いながらマクドーマンドが全裸で湖に浮いたり車内で脱糞する様子を若干、不安な気持ちで観ていた。
一通りノマドの生態を見せきると、ファーンが知り合った余命幾ばくもない老女ノマドが思い出のアラスカに戻り、思い出の光景が流れると流れが変わる。老女の思い出の光景……崖下にたくさんある鳥の巣からたくさんの鳥が羽ばたく美しい映像。
老女ノマドが癌に侵されつつも「人生最高の場所」を再び訪れて見たかった光景を見て「完璧な人生の幕切れ」を全うする、という目的を果たした事を知る希望が持てるシーン。羽ばたく美しい鳥の群れは当然、老女の魂が天に昇る様も現している。目的を果たした上にノマド仲間達は集まって彼女の死を悼んで炎に石を投げ入れる。自分が年老いて死ぬ時にこんな大勢に悼んでもらえるだろうか?そう思うと非常に幸福な死と言える。
ファーンは普通の主婦として人生を過ごしてる妹と再会したり、ファーンに好意を抱く元ノマドの高齢男性の家を訪れたり、車上ノマドの伝道師と過去を語り合ったりする。
前半はドキュメンタリーっぽく高齢ノマドの生態描写を見せるのが主な目的だったが、後半はファーンや彼女の人生そのものにスポットが当たる。
映画の流れがそうなっていき始めるとファーンの幼い時の写真が出たりする(こういう場面って多分、俳優本人の子供時代の写真を借りて作ってるんだよね?)。幼女時代の写真を見せられると「60代のノマド女性ファーン」という現在だけではなく時間という奥行きが彼女に与えられ人間味が増した(……一人の人間としてファーンを見てたつもりだがこんな気持ちになるって事は「ノマド」としてしか見てなかったのかも)。
ファーンは困窮したからってだけでなく自分の意志でノマド生活している事が浮き上がってくる。そもそもファーンは妹や元男性ノマドなどの家住み人間の知り合い宅を尋ねる度に「この家にいつまで居てもいい、いやむしろ居てくれ」と懇願される。だがファーンは路上に戻ってしまう。
ファーンは、愛する夫を亡くした時に魂を工場町に落としてしまっていた。「うちの家に住んでくれ」という他人の好意を受けられないのはそのためだろう。
元ノマドの男性はファーンと知り合った時に彼女と夫の思い出が詰まった皿を割ってしまうので、てっきり二人はくっつくのかと思ってたが、息子夫婦の家におじいちゃんとして暮らし始めた元ノマドの男性は、もうノマドではなく只の優しいおじいさんになってたのでファーンは出ていく。
この高齢男性ノマドもアラサーくらいの青年がそのまんま歳だけ取って老人になったかのような男で「自分もこうなるかも」と少し思った。このじいさんの精神年齢はよくわからないが「息子が生まれてもどう接していいかわからないまま子供が大人になった」「自由を求めて?ノマドになった」「バンドをやってた息子の方が家庭を持って父より大人になって引き取りに来た」「ファーンの口説き文句が完全に若者」なのでそう思った。このじいさんをCGで若者に変えても、息子の事以外は何の違和感もない。
告白されてしまったファーンがこの温かい家庭を尋ねることはもうないだろう。
ファーンも元ノマドのじいさんもじいさんの家族も全員優しいだけに少し寂しい。
ファーンは、夫が死んだ後に町ごと死んだゴーストタウンを再訪する。
町の死体。なかなかこんなデカい死体は見れるもんじゃない。ファーンが愛した夫を失った巨大な悲しみをゴーストタウン全体で体現しているかのようで、ファーンの胸に空いた穴の大きさがセリフ無しで伝わる良いクライマックスだった。「巨大な悲しみを最後まで乗り越えられない人もいる」と語るノマド伝道師。彼もまた巨大な悲しみによって路上に追い立てられた者の一人だった。
自分の原点に立ち直ったファーンは確かな足取りで荒野の路上に戻る。
凄まじい大絶賛の嵐ほど感動しまくったってわけじゃないけど、ドキュメント部分が終わってドラマが展開される後半は素直にしみじみ良い映画だった。
アメリカ映画の良さの一つと言える「孤立映画」の一本だな、と思った。ここで言う「孤立」は寂しい感じじゃなく「独りで立つ」という、客観的には寂しく見えなくもないが立ってる本人は前向き……というポジティブな意味合いでの「孤立」映画。
大抵の人は死ぬ時は大抵独り、ファーンのように自分を知って自分の思い通りに生き、老女ノマドのように望み通りの死を迎えられたら良い締めくくりだなと思った。
高齢者が……しかも高齢女性中心の高齢者が過酷な生活してる前半は見ててしんどいものがあったが後半の孤立感は、荒野の乾いた風が心に吹いて決して寂しい幕切れではなく明るい気持ちになった。
明日公開のMCU『エターナルズ』は試写を観た批評家の評価がMCU全26作品中で最低得点なのだが、本作を観たことで『エターナルズ』への期待も膨らみました。
そんな感じでした
『エターナルズ』(2021)/面白かった~。何も知らないブラックナイト……!! ✨ - gock221B
🏜️🚐🧑🏻🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️🏜️