gock221B

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『チャイルド・プレイ』(2019)/なんだ?このサイキック・インプレッション……🧒🔪

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原題:Child's Play 監督:ラース・クレヴバーグ
製作国:アメリカ 上映時間:90分 シリーズ:『チャイルド・プレイ』リブート

 

 

 

今調べたら知らん間に全7作も作られてるチャッキー人形が襲ってくるホラー映画『チャイルド・プレイ』の設定を一新してのリブート。過去作ではブードゥーの呪いというスーパー・ナチュラルな要因で殺人鬼の霊がチャッキー人形に取り憑いて悪い事する映画だったらしいが本作ではAIの暴走というSFホラーになった模様。何でも第一作も、そうする予定だったらしいが没になった設定を持ってきたらしい。今はアレクサとかSiriなどのAIもあるし25年後の2025年の地球ではシンギュラリティ(技術的特異点)が起こり全人間の知能を確実にAIが超えてしまうので(もうすぐやん)今ならあながち非現実的すぎる設定じゃなくなったからAI設定にしたのかもね。
僕はホラー、大抵なんでも好きだけど実のところ、このシリーズはまともに観たことない。やっぱり、どうしても「殺人鬼つってもしょせんは人形でしょ?奇襲や刃物は怖いが質量が圧倒的にないから掴んでボディスラムからのフラッシングエルボーで俺の圧勝やん」という想いがあって興味持てなかったというのがある。誰でも興味が希薄なジャンルがあると思うが僕の場合、中年男性なせいかファミリームービー、キッズムービーが興味ない。あと何故か怪獣ものも興味薄い。ホラーの中では人形が襲ってくるやつが今ひとつ興味持てない(『アナベル』シリーズは好きだが、あれは人形じゃなくて悪魔が本体なのでチャッキーとは少し違う)。そんな興味ない本作だが、評判良いみたいだしNetflixで配信始まったから「Netflixに金さえ払えば無料で観れるし観てみるか……」と観たら意外と面白かった。
ホラー映画『ポラロイド』を撮った監督の二作目が本作らしいが『ポラロイド』観てないから、この監督の事はよく知らんわ。
おもちゃ屋で働くセクシーなシングルマザー(オーブリー・プラザ)。彼女は、友達がいない息子のために職場で売ってる高性能AIバディ人形をタダで入手してプレゼントする。
少年は、自分の事を「チャッキーと呼んで」と言うチャッキー人形を最初は不気味がるがプレゼントしてくれたママに気を遣って一緒に過ごす。
ところで、このチャッキー人形、ガチで可愛くない。旧チャッキーとかアナベル人形は、基本可愛いが汚れたり影や形相の変化で怖く見せてただけだが新チャッキーは「童顔の中年男性」みたいな顔している。有吉弘行を不気味にしたような顔だ。しかも奇妙なロン毛に今の子供っぽくない服装、更にはチャッキーの吹き替えは『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカー役や、アニメ版『バットマン』のジョーカーの吹き替えを始めとして不気味な悪役声優を得意とするマーク・ハミル。初老やん!ルークの吹き替えといえば島田敏ってことで日本語吹き替えは島田敏氏……『機動戦士Ζガンダム』パプティマス・シロッコ役や『ドラゴンボールZブロリー役でおなじみの人が吹き替えている。全然かわいくない声!幼ない男児の人形なのに何故、声が初老のオッサンなのか?冷静に考えるとかなり変だ。何だこのサイキック・インプレッション……?この程度のサイコヒットであろうが私の使命はチャッキーに魂を引かれた人たちを開放することだと思ってるし次のチャッキーを支配するのは女たちだと思っているから私の赤色十文字をトレースするように伝えろ。一人用のチャッキーでかぁ?(笑) お前はもう、死んでいい。まぁ私はチャッキーの立会人に過ぎないからそうも見えるが、おかげで君たちよりは冷静でいられる……。 
そんな可愛くなさすぎるチャッキーを最初は不気味がってる少年だったが、他に友達も居ないしママの彼氏が嫌いだしでチャッキーと友情を育む。
ちなみに、このチャッキーはプログラム担当のアジア系の人が八つ当たりで魔改造したせいで汚い言葉なども規制されてないし、どんどん新しい概念を覚えていく。またバディ(相棒)である少年に異常な執着心や束縛したい気持ちを強力に持っていた。少年を引っ掻いた飼い猫を殺そうとして少年は慌てて止める、この性格もプログラムのせいなのか?
汚い言葉遣いするチャッキーのおかげで近所の悪ガキ(大柄少年と強気な少女)と仲良くなった少年。
さっさとチャッキーが殺人するのかと思ったが、割と前半まではたっぷりと時間を取って少年とチャッキーの友情を描いてるのが意外だった。
映画開始してから、ここまでかなり面白い。「子供が主人公」「人形ホラー」「先がどうなるか全部わかってる」など、僕がつまらなく思う要素ばっかりなのに、こんなに面白いって事はこの監督がやり手なんでしょうね。
皆で故トビー・フーパーの名作ホラー悪魔のいけにえ』(1974) 悪魔のいけにえ2』(1986)を楽しんで鑑賞(※間違って「悪いけ一作目」と書いてたのをぶたおさんに指摘されて修正しました。確かに2だった。ありがとうぶたおさん)。チャッキーはそれを観て「人間は、刺したりチェーンソーで切り刻んで顔の皮を剥ぐと死ぬ」という事実や「大好きな少年はそれ観て大喜びする」という事を学んだ。
チャッキーは、それらの少年によって「教育」されてた知識や行動力を活かして、少年を引っ掻いた飼い猫、少年に当たりがきついママの彼氏などを殺害(ちなみに、この彼氏は子持ちである事を隠してママと付き合ってる悪い奴だった)。おまけにママの彼氏の顔の皮を剥がして少年にプレゼントする。チャッキーは恐らく『悪魔のいけにえ2』での顔剥がし見てウケてた少年は自分の行為を褒めてくれると思ったのだろう。
それらの事実を知って「これはマジでアカン!」となった少年は新しい友達達と協力してチャッキーのバッテリーを抜き取りチャッキーを沈黙させる。
まぁ確かにチャッキーはいけない事をした。しかし過去作のチャッキーは殺人鬼の霊が取り憑いてたので自分の意志で悪い事してたのに比べて、本作のチャッキーは「持ち主である少年の影響を受けて彼のために悪気なく殺人する」……というのが過去作と違う本作の一番面白いところだ。
言わば、真っ白なAIが少年の影響を受けて自分の願い「少年の喜びそうな事(少年の嫌う者を排除)して彼を独占する」を、極めて合理的に実行しただけで悪気はなかった。だから少年たちに抑え込まれて破壊されそうになったら本気で「なぜ少年が自分を殺そうとするのか」わからず慌てて「親友の歌」を熱唱した。そのせいかチャッキーを親友だと思い始めてた少年も彼の心臓(バッテリー)を抜き出す事に躊躇した(結局、少年にはチャッキーを破壊できず代わりに強気な少女がバッテリーを抜いた)。
……というチャッキーの最初の死までは倫理観こそなかったが悪気もなかったチャッキーだが、近所の変態に拾われて蘇ってからは自分の私利私欲のために行動する。
言わばここまでは独自性のあるホラー映画だったが、ここから先は過去作や他のホラーと大差ない。
以前とは違い、少年と仲良しだと自称する者たちを次々と殺害していくチャッキー。
少年はチャッキーを止めようとするが、子供なので行動範囲に制限があるし「人形が殺人している」と言っても、誰にもママにも信じてもらえない。しかもチャッキーはネットに接続して自在に情報を操る事が出来るのだ。
ママは周りで起きる怪事件は全て頭がおかしくなった少年がやっていると思うようになる(チャッキーの殺人を知った少年の態度と全く同じなのが皮肉なところだ)。
そしてチャッキーは、少年が最も愛している人間……ママを狙い、オモチャ屋でラストバトルが行われる。ここでも妙に活躍する近所の強気な少女がマジで魅力的。
そんな感じの楳図かずおの漫画『願い』の映画版みたいなストーリーが今回のチャイルド・プレイだった。
まぁチャッキーが蘇ってからの後半はアメリカン・ホラーの定番展開で、面白くはあるけど「よくある普通の面白さ」って感じなんだけど、しいて言うなら「全部、僕のせいで周りの人が死んでる」と責任を感じた少年が勇気を出して友達を店の外に逃して単身、死ぬ覚悟でチャッキーが暴れるオモチャ屋に留まり、ママを救いに行く場面が熱かった。
そんな良い場面もあるが、やはりチャッキーをプレゼントされて普通に仲良くなって、やがて人間の友だちが出来て、生活に支障をきたし始めたチャッキーが邪魔になって泣く泣く破壊する……という前半までの展開がやはり面白かった。
孤独だった少年が成長しイマジナリーフレンド(空想上の友達)を捨て去る寂しさのようなものが描けてたし、チャッキーの悪事は悪気はないし全て「少年がチャッキーに教えたもの」というのもいい。それが返ってきて実生活に支障をきたし始めて「このままじゃアカン!僕はリアルに生きないと……だからごめんチャッキー!」と半泣きで破壊する感じが良かったわ。実質的にここで映画終わってるよね。つまり本作で起きる事件は少年が間接的に行った事で、それを巻き起こした少年が自己中心的な感情を反省して利他的な勇気を芽生えさせチャッキー(過去の悪い自分)を滅ぼす話と見ることができる。
子供主人公とか、人形ホラーは好きじゃないけど、僕はこういった「主人公が、成長や世界のために子供時代の大事だったり執着していたものや夢を捨てなきゃいけない」って描写に凄く弱いせいか惹き込まれるものがあった。PIXARの『インサイド・ヘッド』とか高野文子の傑作漫画『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』などもそうだし、サム・ライミスパイダーマン2』ラストのドクオクの贖罪的な行動。ちょっと違うかもしれないけどジェームズ・ガンスーパー!』のラストにも少し似たテイストを感じる。ちなみに僕が映画や漫画で一番泣きそうになるのはこういう種類のもの。
まぁ本作の場合それらのものほど傑作ではない面白ホラーって程度なので、そこまで感動はしない。まずチャッキー最初からずっとキモすぎるしママの彼氏が「白人なのにスイカ畑で死亡」したり顔の皮を子供たちが処分しようと右往左往するくだりも完全にギャグとして撮ってたし。それにしてもチャッキーのキモさは殺人鬼になってからは気にならず、むしろ序盤の普通に仲良くしてた時が一番キモかった。やっぱりチャッキーは可愛い見た目&可愛い声の方が良かったのでは?……とも思ったが「こんな気の狂った有吉みたいな殺人小人中年男みたいな人形でも、これしか親友が居ない少年にとって、あの短期間だけは真の親友だったんだ」という意味では、この可愛くない小さいオッサンみたいな感じで良かったのかもしれない。
まぁ特に傑作!って感じじゃないけど最初から最後まで充分面白い映画だった。
80~90年代の人気エンタメ映画のリメイク、リブートはSF、ホラー、コメディどれも失敗の山!なわけだが『ハロウィン』『IT』に並んで成功だった数少ない成功例だったと言える(『IT』は個人的にあまり面白くはなかったがヒットして皆が喜んだのでOK)。
やっぱ、この監督が上手かったと思うわ。いくら高性能なAI人形といえど周囲の電子機器を自在に操ったり隣町まで行ったりと無茶苦茶なんだが、つまんなかったらそういった無茶苦茶さに目が行って文句つけたくなるもんだけど、そういった些細な変なところは積極的に気にせず観れたのは面白かったからだしね。
こんな感想を最後まで読んでくれた君は死ぬまで僕の相棒
ただの友達じゃない
君は僕の親友
どれほど愛してるか分からないよね?
君のことを絶対に放さないよ

 

 

 

そんな感じでした

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Child's Play (2019) - IMDb
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『イップ・マン 完結』(2019)/目の前の外敵を通して敵の背後の政治的状況と戦う様は好きだが完全に中国とアメリカを分断して終わるのは現実を踏まえると怖い✋

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原題:葉問4 監督&制作:ウィルソン・イップ アクション監督:ユエン・ウーピン 音楽:川井憲次
製作国:中国 / 香港 上映時間:105分 フランチャイズ:『イップ・マン』シリーズ4作目

 

 

 

ブルース・リーの師匠として知られる中国武術詠春拳〉の達人、イップ・マン(葉問)の人生を若干のファンタジーを交えつつ描いたシリーズの完結編。
葉問 - Wikipedia
僕は中国・香港映画とかあんまり観ないけど、それでもこのイップ・マン(葉問)と黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)などの近代の英雄は、カンフー映画武侠映画にやたら出てくるので知ってる。日本で言うと新選組とか宮本武蔵みたいな感じ?
日中戦争で故郷を占領した日本軍と戦った一作目『イップ・マン 序章』(2008)。香港に引っ越したらサモ・ハン・キンポーやイギリスの統治と戦うことになった二作目『イップ・マン 葉問』(2010)。やられ役を一切やる気のないマイク・タイソンと揉めながら愛する妻の死という最大の敵と戦った『イップ・マン 継承』(2016)を経ての4作目。
最初に言っておくとネタバレあり。ドニー・イェンや香港カンフー映画もそこそこ好きだが大好きすぎるほどではないし特に詳しくない。
イップ・マン(ドニー・イェン)の息子は何やら反抗期のようで、自分のやりたいこと(武術)より勉強するよう強要するイップ・マンと揉めている。どこにでもある父子の光景だ。
ちなみにイップ・マンは冒頭で癌が見つかり、余命が僅かな事が先に宣言されている。
そしてイップ・マンは若々しいドニー・イェンが演じてる事もあるし中国・香港映画は主人公の加齢をあまり描かない事もあって年齢がよくわからない。だがラストを見る限り、どうやら本作のイップ・マンは見た目に反してかなりの高齢者らしい。
長男は学校で喧嘩が絶えないため退学。イップ・マンは愛弟子ブルース・リー(チャン・クォックワン)が頑張っているサンフランシスコに息子を留学させようと渡米する。
米国に渡ったイップ・マンが、チャイナタウンの中華総会と触れ合ったり、アメリカ白人のレイシズムと闘い天寿を全うするというのが完結編である本作。
……このブルース・リー役を務める俳優チャン・クォックワンは『少林サッカー』(2001)でブルース・リーそっくりな役でデビューしたブルース・リーマニアのダンサーだった男。だから前作で登場した時「夢を叶えて本物のブルース・リーになるとは……」と感動した覚えがある。……しかし彼のWikipediaを今見たところ『ブルース・リー伝説』(2008)ってドラマでブルース・リー役を主演して2千万人の国民が観た超絶ヒット作品となってて俺が軽く思ってた「ブルース・リーに憧れてた男がブルース・リー役できてよかったじゃん」って印象の数千倍、大スターになっていた模様。しかも「ブルース・リー大好きだからブルース・リーそっくり俳優で売れて嬉しいなぁ」などと増大しがちなスターのエゴの抑え込みにも成功してる模様。前作では「おぉ似てる似てるw」って感じだったけど本作の彼は只のそっくりさんを超えて本当に強そうな感じにオーラが増大していた。本作におけるブルース・リーは確か2作目ラストでイップに弟子入りする後ろ姿で初登場した。だから「3作目ではイップ先生と並んで戦うブルース・リーが見れるんだろうな~」と期待してたら殆ど出てこなかったし、売りだったはずのマイク・タイソンも中途半端にしか戦わず悪役のはずなのに愛妻家で良い奴みたいに負けもせず退場するというクソしょうもない出方でめちゃくちゃガッカリした。だが本作の舞台は既に強くなって自分の道場を持ってアメリカ人にも教えている渡米後のブルース・リー。これは今度こそ期待できる。
渡米したイップ・マンと再会したブルース・リーブルース・リーは空手大会でワンインチパンチを披露している。ジークンドーワンインチパンチと言えばブルース・リーの孫弟子、石井東吾先生が総合格闘家・矢地祐介のYOUTUBEチャンネルで実演しておりジークンドーが再注目されている。
話を戻して、ダイナーでイップ・マンと談笑するブルース・リー。そこへ空手大会でブルースの実演をインチキだと思った白人が絡んできて、ブルース・リーは「よくある事です。先生はここで待ってて」とはじける笑顔を見せた後、満を持して白人空手家とストリートファイトブルース・リーっぽい鼻こすり仕草やヌンチャクのアクションなども交えつつ立派なカンフーファイトを繰り広げる。
彼はただそっくりなだけでなくブルース・リードラマを演じきったおかげか、どこから観ても文句のないキレのある俊敏な動き。チャウ・シンチー映画によく出てた「ブルース・リーに似てるガリガリの面白い男」って印象じゃなくて、もう只のカンフースターだわ。
昔はなかったスターのオーラまで漂わせててブルース・リー役やってても何の違和感もない。だが、本作での本格的なファイトはこれだけで、後は2、3回チラッと顔出すだけだった。まぁこれはイップ・マン先生の作品だからね。ブルース・リーがあんまり出張るとイップ・マンのドラマが薄くなると感じて出番少ないんだろう。「ブルース・リーの活躍はドラマを観て!」って事なんだろう。
イップ・マンはチャイナタウンを仕切る中華総会の総会長(ウー・ユエ)に、息子を学園への推薦状を貰いに行く。しかし太極拳の達人でもある彼は子供の頃からアメリカ白人からのアジア人差別が原因で大の白人嫌い。イップ・マンの弟子ブルース・リーアメリカ人にも中国武術を教えたり中国武術の教本を出版している事を快く思っておらず両者の会談は決裂。ちなみに、この総会長を演じてるウー・ユエ氏は八極拳の大会で優勝した事もあるガチの達人らしい。
しかし白人生徒にいじめられてる彼の娘をイップ・マンが助ける。だが素直になれない総会長はイップ・マンと対決して引き分けに終わり友情が芽生える。
ところで、このイップ・マン vs.総会長の立ち合いは、急に起きた地震によって中断される。立ち合いの結末まで描いてしまっては変な感じになるので中断させたかったのはよくわかるが、この地震が物語に全く関係なく、ただ2人の立ち合いを止めるためだけに起きた地震というのが凄い。正に神仏が止めたって事だよな。こんな役割のために天変地異が起きる演出ってドラマチックで好きだわ(『日出ずる処の天子』で絶縁したら両者の間の地面が割れるとか)。
関係ないけど、この総会長の娘はアイドルグループ、アンジュルム佐々木莉佳子そっくり。ハロプロ好きならそう思うであろう。凄いアイドル声だしグラマーだし中国ではさぞかし人気者なんだろうと思った。
そんで面倒臭いので説明は省くが、中国人を快く思っていない総会長の娘をいじめてた白人JKの父親が中華総会長を冤罪で連行し、また別口で中国人を差別しまくっている白人の海兵隊軍曹が、中華総会のお祭りに襲撃をかける。
……このさ、総会長の娘をいじめてた白人JKの父親と海兵隊レイシスト軍曹。共に中国人を快く思ってないレイシスト白人だが、このキャラ、一人のキャラで良くない?二人とも顔が全く覚えられないモブ白人顔なので最初、一人の人物だと思ってたら突然、2人に分裂したので軽く混乱した。
これは多分あれだな、軍曹が中華総会長を私怨で直接連行してったらおかしいから、まずは警察署のレイシスト白人に冤罪で連行させ、しかし最後の「イップ・マンの活躍で海兵隊の必修科目に中国武術が加わった」の一文を加えるためには海兵隊基地で対決する必要があるから、軍曹が中華総会長を基地に連れて行った……と、こういう流れだろう。
警察署のレイシスト白人はこれ以降一切出てこないので、もう警察署のレイシスト白人がレイシスト軍曹に変身したようにも見えるし物語的には全くそうと言ってもおかしくない。
それと、中華総会長が連行されたと同時に米軍海兵隊に襲撃された中華総会。ここでは中華総会長ほどではないが腕に覚え有りの師匠連が空手家の海兵隊に立ち向かうが劣勢、ここでイップ・マン先生が蹴散らしにやってきてイップ・マンと中華総会の結びつきが生まれる。関係ないけど海兵隊に立ち向かうアラフォーだかアラフィフくらいの中年女性の師匠がかっこよかった。敵に物理的に立ち向かう中年女性っていうのは映画にあまり出てこないからハッとするカッコよさを感じた。自分は詳しくないからよく知らんが、きっとカンフースター関連の人なんだろう。
そんで連行された中華総会長は善戦むなしく軍曹にボコられ、怒りのイップ・マンがアベンジしに行く……という流れ。

 

 

 

そんな感じで話の流れは、中国拳法の達人と立ち合いして友情が芽生えるが、その達人がレイシスト白人にボコられてイップ・マンが正義の鉄拳を放つ……という二作目『イップ・マン 葉問』と同じ流れ。
二作目の時は「いや、どう見てもラストバトルするモブ白人よりサモ・ハン・キンポーの方が強いやろ?」と思わされたが、本作のレイシスト白人もまた「とにかく悪いレイシスト!」ってだけの性格しか持ち合わせていない人間味の一切ないモブ白人なので「こんな奴に何でイップ・マンがここまで苦戦するんだ?」と不思議になる。もっと総会長みたいに人間を描いてれば強さに説得力もあるのだろうが、このシリーズはとにかく敵となる外国人は一面的な性格しか持ち合わせていないので毎回ラスボスのが、じっくり描いてる中国人の中ボスより遥かに薄い。制作陣も今回そこは気づいてるみたいで「イップ・マンは癌を患った老人」「中華総会長の娘を助ける時に鉄の扉で手を挟まれて手が痛い」などのハンデをイップ・マンを負わせてるので、まぁイップ・マンが苦戦するのもギリ理解できなくもない。とはいえ演じてるのがドニー・イェンなので彼が過去に見せてきた強さ表現の印象があるので、いくら「イップ・マンは癌の老人」と言われても「いやいや、癌とか加齢とか彼には関係ないやろ」と思ってしまう。というか総会長が白人が負ける時点で納得いかないものがあるし。
そして卑劣な軍曹……いやアメリカ白人のレイシズムに怒り心頭のイップ・マン先生は、軍曹とのラストバトルでは「眼球かすらせチョップ」や「金的」などの「肉親には出せぬ技」を繰り出し何でも有りバトルを制すのが良かった(ここが一番リアルでよかった)。しかも目潰しや金的は、強調すると卑怯に思われかねない技なので「俺でなきゃ見逃しちゃうね」って程度にさりげなく描写されてるのもまた本物感あってよかった。
それといつもやってる細かい超連打パンチ……仮に無影拳と呼ぼう……この無影拳は果たして効くのだろうか?それともダメージよりも拳の弾幕で壁を作り敵を疲弊させるのが目的の技なのかな?などといつも考えてる。
まぁ最初の方で言ったように、肝心な場面でブルース・リーが絶対不在で参戦しないのは「イップ・マンの活躍がぶれるから」ってのはわかるのだが、やっぱ少し不自然だよね。彼のカンフー教本が騒ぎの一端になってるのに全盛期のブルースは出てこなくて老人のイップ・マンが闘い続けるので「師父が危ないぞ?ブルース・リー同じ街いるのにどこで何してるんや」と落ち着かなかった。ここは「ブルース・リーは映画のオーディションに行った」とか「死闘すればもう道場を経営できなくなる」とか、何でもいいからブルース・リー不参戦の理由付けが欲しかった。
また、イップ・マンの人生やドニー・イェンの素晴らしい動きを堪能できたのは良かったのだが、ちょっとあまりにも登場人物の性格が単純すぎるのが気になった。レイシスト白人たちの「良い面」などを描いてる時間がなかったのだろうが、産まれた時からレイシストレイシストとして生きてきたレイシストとしての一面しか持ってないかのようなキャラ造形がちょっと古いなと感じた。まぁ舞台設定が古いので「ゴールデンエイジはパンチで物事が解決するシンプルな時代だった」という見方もできるのでいいか。そして当時のチャイナタウンの中国人や劇中の中国人たちが受ける言われもない差別は許さないので映画観て「レイシスト白人ども許せん!イップ・マン先生こいつら早くやっつけて中華総会の皆を救ってくれ!」と思いながら観てたのだが、観終わってみると「確かにアジア人差別は許せないのでイップ・マンや中華総会や中国人を応援しまくってたけど、現実の中国はかなり巨大で世界を席巻する大国になってるよな」と香港のことなど思い出すと微妙な気持ちになった。
また、映画前半では白人との分断を語る中華総会に「武術に国境などありません」と言ってたはずのイップ・マン先生も卑劣なレイシスト白人や、彼らに迫害される中華総会などを散々見て帰郷する時には「隣の芝は青くなかったですね」と総会長に言って中国に帰っていく(そして恐らくもう二度と来なかっただろう)。イップ・マンの息子は「最初から別にアメリカ行きたがってない」というのもあるが、それにしたって「息子の留学」がイップ・マンの目的だったはずだがラストでは「もういいやこんな国」って感じになっていて推薦状をくれた中華総会長を苦笑させる。そういえば推薦状貰いに行った先の偉いさんも「犯罪者かもしれないのに推薦状なんか書けるか!」と感じ悪かったり 学園長も「大金くれれば入れてあげるわよ」とか言ってて感じ悪かったし本作で有効的なアメリカ人は、ブルース・リーの弟子の黒人警官だけだった。この手の映画だと何だかんだあっても最後は和解するのが筋だが、これほどまでに完全に「アメリカに希望を持っていたイップ・マンがアメリカに失望し断絶して『中国で頑張ろう』って感じで終わる」なんて結末になるとは思わなかった。
強くて紳士でカッコいい達人イップ・マン先生の詠春拳や活躍そしてその人生の終幕まで見届けたのは良かったが、一面的なレイシストアメリカ人しか出てこなかったり、そんな彼らを見切って「多様性とか、ここでは無理だから私たちは中国で頑張ろう」と「中国とアメリカを分断」して終わるのを現実の中国と照らし合わせて観ると……ちょっと怖い終わり方で、あまり感動できなかったな。過去作同様ドニー・イェン演じるイップ・マン先生やブルース・リーや達人たち等の登場人物(回想でしか出てないけどイップ・マン夫人も好きだった)、イップ・マンが物理的な強敵とただ戦うだけでなく敵の背後にある世相や集合的な悪意に対して詠春拳を喰らわせる様は好きだったけどね。

 

 

 

そんな感じでした

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映画『イップ・マン 完結』公式サイト

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『タイラー・レイク -命の奪還-』(2020)/ウィンター・ソルジャーとかジョン・ウィックとかアトミック・ブロンド好きな人なら絶対楽しめそうなアクション映画💧

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原題:Extraction  監督:サム・ハーグレイヴ 脚本&製作:ジョー・ルッソ
主演&制作:クリス・ヘムズワース 原作:アンディ・パークス『Ciudad』
制作局:Netflix 製作国:アメリカ 配信時間:117分

 

 

 

ルッソ兄弟が制作&脚本を務め、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』以降のMCUルッソ兄弟監督作にスタントマンで出ていたサム・ハーグレイヴ氏が監督。
そしてそんな座組から予想した通り本作は凄く『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』とか『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』……とかにアクションがとてもよく似てる。
『Ciudad』というグラフィックノベル(コミック)が原作で、本作はNetflixの「一週間の間で最も再生されたタイトル」という記録を打ち立てたらしい。MARVEL原作じゃないMCU作品みたいなアクション映画で主演がマイティ・ソーなのでそりゃ皆観るだろう。
ネタバレもあるけど、ネタバレどうこうって映画じゃないのであまり気にしても仕方ないだろう。

 

 

 

裏社会の傭兵タイラー・レイク(クリス・ヘムズワース)は、愛する息子を喪ってから妻と別離し、命がけの任務にばかり出かけていた。オフの日も水底にダイブして瞑想したりしているし遠回りの自殺願望だろう。
そんなある日、同僚らしき女性の傭兵(ゴルシフテ・ファラハニ)が訪ねてきて「バングラデシュ麻薬王に誘拐された、インドの麻薬王の息子を救出する」という新しい依頼を受ける。
タイラーは難なくインド麻薬王の息子オヴィを奪還するが、インド麻薬王は収監中のためか傭兵チームに礼金を支払わず、またインド麻薬王の配下やバングラディシュの軍や裏社会も全てバングラディシュ麻薬王と繋がっており、傭兵チームは半壊してタイラーとオヴィは街じゅう敵だらけのバングラディシュ首都で孤立。チームのヘリが来れるところまで生還目指して逃亡を続ける。
そんな感じでストーリーは単純明快。息子を喪ったタイラーと、愛情なき父に育てられた麻薬王の息子……長いから以降「少年」と書く……少年が命がけの逃亡を続けるうちに固い結びつきが出来てくるというもの。
前半、タイラーと、まるでキャップ vs.ウィンターソルジャー、バッキー vs.ブラックパンサーかのような対決を繰り広げる特殊部隊出身のインド麻薬王の配下。少年とも顔見知りの彼はバングラディシュ麻薬王の息がかかっており、オヴィを奪おうとタイラーと対決する。
2人は確実なエイムで周囲のバングラディシュ軍を路傍の石みたいにヘッドショットや超至近距離での連射などで排除しながら対決しバングラディシュを戦場へと変貌させていく。
……やっぱ、この監督も『アトミック・ブロンド』に出てたしスタント繋がりで『ジョン・ウィック』一派と繋がりあって、タイラーの戦闘もジョン・ウィックに非常に似てていい感じ。
タイラーvs.麻薬王の息がかかった特殊部隊上がりの彼……呼び名が難しいから以降は「刺客」と呼ぶことにする……刺客は、愛する妻子の安全を麻薬王に人質に取られており操られている。2人はワンカットで周囲の麻薬王配下のソルジャーを瞬殺して死体の山を築きながら上下左右、立体的に殺し合い、やがてはもつれ合い2、3階から落下。そしてそれを撮影しているカメラも一緒に落下し以降ずっと戦闘を追い続ける。「一体どうやって撮ったんだ?」と考えながら何度も観れそうだ。
YOUTUBEに上がってるメイキングとか観ると「実はコンクリっぽい床が全部クッション」とか「すごい勢いでぶつけたかのように見える家具はピアノ線で、ある一定以上は飛ばないようになっており目の錯覚で敵の顔面にぶち当たったように見える」などの創意工夫で戦闘をリアルに見せている。さっき落下した2人、いったん刺客の方を映してタイラーの方に向き直るとタイラーは落下ダメージで「ううう……」と下を向いている。そこへバングラディシュ軍車両が突っ込んできてタイラーを吹っ飛ばす!カーアタックのダメージでうつ伏せに倒れるタイラー……というシーンは「カメラが横向いて向き直った後のタイラーは最後まで顔見えないからスタントマンかな」などと想像すると楽しい。
そういえば前半の戦闘しながらのワンカット風カーチェイスも「どうやって撮ったんだ?」って感じだけどTwitterに上がってたメイキングでは、スタントマンでもある監督自らカメラを担いで自らを車のボンネットに括り付けてカーチェイスを撮っていた(バケモノ!)

 

 


そんな感じで、タイラーと少年がお互いの胸にぽっかり空いた父と息子を補完するかのように疑似父子としての結びつきを増していく。遠回りの自殺として命がけである「死」のミッションをこなしてたタイラーだが、今回ばかりは少年の「生」のため戦い始める。「ふだんは暗殺とかもしてる傭兵がさっき会ったばかりの知らない少年に随分やさしいな」って感じだが演じてるのがポリティカル・コレクトネスが今ほど騒がれる前に『ゴーストバスターズ』で頭空っぽのセクシー女性の男版を、そして『アベンジャーズ エンドゲーム』でも喜び勇んで美しい石像のようなボディを大柄肉襦袢で隠して大柄ソーに、カッコいい役よりそんな役ばかりを嬉々として演じる、優しくてカッコいいクリヘムなので、傭兵としてはあり得ない優しい説得力あっても気にならない。それどころか少年に「強いおじさん子供は?」と訊かれたら「お、おれは強くなどない、むしろその逆だ……息子は死んだ」と、さめざめと泣き出したりもする。こんな泣き虫傭兵も演じてるのがクリヘムじゃないと成立しないだろう。そんな本作の本編は殆どアクションなので、そういったドラマは「人間ドラマ」というより「設定」という方が合ってそうな希薄ものだけど、まぁそれはこっちが想像すればいいのでOKです。
途中、タイラーは昔、命を助けた傭兵(デヴィッド・ハーバー)との絡みを経て、バングラディシュの孤児たちの襲撃も一蹴する。……この不良孤児との絡みも、ゲームで言うサイドクエストみたいな感じで最後まで描かれるが、この場面では素人の少年たちより遥かに強い大男タイラーが、不良少年とはいえ子供たちを仕方なく全員ボコボコにして半殺しにするのが「うわ~子供たちのヒーローであるクリヘムが貧しい子供たちを全力でボッコボコにしとる!」という画が単純に面白すぎて笑った。
そして一人では麻薬王の包囲網を突破できないと思ったタイラーは前半、殺し合いを繰り広げた「刺客」に協力を要請。刺客もまた前半の死闘の後で、妻と息子を愛する父親だったと判明する血の通った人間だった。妻子が死ななかったけど人質に取られたバージョンのタイラーみたいなもんか。悪い奴でも何でもないので主人公の鏡像としては弱いが、まぁそこはあまり重要じゃないみたいなのでこれはこれでよし。
そして命がけで傭兵を何人も失いつつ少年を救出したのにタダ働きだったタイラーの仲間の傭兵チームも怒りの参戦する(以降うつくしい彼女のことは「リーダー」と表記)。
冒頭で出てきた、タイラーと仲良さそうな女性の傭兵。彼女はカネを取れない少年はどうでもよくて信頼する仲間タイラーを救出するのが目的だ。リーダーは「もう礼金貰えないから少年を置いて私たちのヘリに乗れ」と言う。だがこんな地獄に置いてったらどんな酷い目に合うかわからない。もはや息子の時は死に目にも遭えず死んだように生きていたタイラー氏だが、今日だけは少年の「生」のため鬼神の如く闘い続ける。
彼女を演じてるイラン人女優は、ハリウッド映画ほかにも幾つか出てるが本当にやばいほど美人だ。「あっ本物だ。本物の美人をひさしぶりに見た……」と自分の脳細胞が俺に語りかけてくる「本物の美人感」が凄かった。何か「たくさんのブドウやフルーツや海産物、いや綺麗な形の貝殻や薔薇の花束とかを渡したい、そよ風の中で」そんなことを思わせる美しさが凄い。人の美しさとか普段どうでもいいと思ってるが久々に美について考えさせられて忘れていた何かを思い出したかのようだ。褐色の肌の女性の方が美白より好きかもしれん。
そんなどうでもいい事は置いといて傭兵リーダーとして作戦を仕切る彼女はスナイパーでもある彼女はタイラーを何とか助けようと、麻薬王配下のバングラディシュ軍の大佐と芋掘り合戦……スナイパー対決を繰り広げる。
まぁそんな感じで色々あって彼ら彼女らにふさわしい結末が訪れる。
クリヘム演じる優しい傭兵タイラーへの理解あると思ってた自分も最後の、身を挺した自己犠牲をスローモーション+扇情的な音楽で演じるクリヘムはさすがにちょっとくさいものがあった。ここはドライに決めて欲しかった。
ここは是非、続編でタイラーと少年、タイラーと美人リーダー、タイラーと不良孤児などの関係性の続きを観たいところ。
本編ほとんどアクションで、正直、字で感想なんか書いても仕方ないし書くことないと思ってたけど「面白かったから記念に何か一定量の感想書いとかなきゃ」と書いたら結構、白紙を埋められるもんですね。
それにしても原題は『Extraction』なのに邦題の『タイラー・レイク -命の奪還-』ってダサくないですか?少年にも突っ込まれてたけど名前の「タイラー」も「レイク」どっちも、何だか日用品売り場とかで働いてそうな平凡な名前で「ランボー」みたいな噛みつきそうで興味を引く人名ではないし「-命の奪還-」も何だかそそられない……要は全部そそられないわ。これなら、もう原題そのままの『エクストラクション』のままで良かったんちゃうか。公開されて他の人が盛り上がって随分経ってやっと観たが、この邦題には、あまり食指が伸びなかった……というのは観るのが遅かった言い訳か?まぁいいんですいいんです、どっちでもいいんです、そんな事は……。
同じ様に二の足を踏んでいる人に対しては、『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』や『ジョン・ウィック』シリーズや『アトミック・ブロンド』などが好きな人にはおすすめできます。あと石ばっかりの茶色い町中で次々と敵を撃ち殺すTPSゲームが好きな人やクリヘムのファンや褐色イラン美女が好きな人にもおすすめできる痛快作。もう皆観てるだろうから俺がおすすめできる人はもういないか?だがたった今、産まれたばかりの赤ちゃんが数年後これ読んで「観てみるか」と思うかも知れない。出遅れてしまったた感想も時間が過去から未来へと流れてる宇宙のルールが健在なうちは価値あるかもしれない。たとえあなたが信じようと信じまいと……。それにしてもほぼ中身がない内容を結構書けたね。充分な長さになったのでここで終わりにしよう。

 

 

 

そんな感じでした
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Extraction (2020) - IMDb

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『呪怨:呪いの家』(2020) 全6話/ソーシャルホラー色を強めて換骨奪胎したドラマ。可哀想な聖美🏠

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監督:三宅唱 脚本:高橋洋一瀬隆重 特殊造型:スクリーミング・マッド・ジョージ 配信局:Netflix 製作国:日本 シリーズ:『呪怨』シリーズ 配信時間:各話約30分、全6話 英題:『JU-ON:Origins』

 

 

 

Netflix制作のドラマ。連続視聴すれば3時間の映画としても観れる呪怨のドラマ。
※すぐ下の小さい字の部分は本作の感想じゃないので読まなくてもいい。
清水崇監督が作り上げた呪怨シリーズ。呪怨は当時流行ってたJホラー表現……幽霊の姿をはっきり映さない心霊写真的な映像表現というJホラーの定石を壊して幽霊の顔やゴア描写見せまくりの映像や、時系列シャッフルによって各話の主人公がいつでも悲惨に死ねる様子を繰り返し見せる展開で世界的な人気となった。僕はと言うと、ホラーは大抵好きなので(でもSAWとかデスゲーム系だけはバラエティ番組みたいで好きじゃない)従来の小中理論的Jホラーも呪怨も好きだった。ただ「幽霊の顔や惨殺を見せまくる」という呪怨のスタイルはかなり早い段階でお馴染みのものになってしまい、怖いことは怖いが霊や死を見せすぎて何だか吉本新喜劇っぽくもなった(ためてタイミングずらして白い顔の霊が脅かすというジャンプスケアのタイミングが凄く喜劇っぽい)、あと伽椰子&俊雄のキャラが立ちすぎてゴジラのように親しみありすぎて今では貞子同様、始球式したりとアイドルのように扱われている。最初のガチな怖さは無くなってしまったが新喜劇みたいになった呪怨も僕はそれでそれで好きだった、伽椰子はホラー映画に出てくるキャラの中でもほぼ最強クラスに強いので何だかダークヒーロー的にも見れた。

清水崇が監督&脚本、高橋洋監修、一瀬隆重プロデューサーだった『呪怨(ビデオ版)』(2000)、『呪怨2(ビデオ版)』(2000)『呪怨(劇場版)』(2003)、『呪怨2(劇場版)』(2003)がオリジナルといえる4作品。サム・ライミ制作で清水崇監督&藤貴子の伽椰子&舞台が日本の佐伯家のままハリウッド・リメイクした『THE JUON/呪怨』(2004)『呪怨 パンデミック』(2006)が全米NO1大ヒットした。日本人監督がカンヌで芸術的な賞を獲るのも勿論凄いが、清水崇監督の呪怨の場合「日本人監督がオリジナルの企画でエンタメ娯楽作として全米NO1ヒットを二作も続けて獲った」という誰も出来ない偉業を成し遂げてるにも関わらず当時から今まで殆ど褒め称えられてないのがずっと納得いかないものがある(『呪怨』は誰でも知ってるのに〈清水崇〉なんて映画好きじゃないと知らんのが変だよな)。やはりホラー映画は一段下に見られてるからなのか?
ハリウッド版3作目『呪怨 ザ・グラッジ3』(2009)は、清水崇&藤貴子&サム・ライミが外れたしおもんなさそうなので観てない。清水崇も伽椰子も外れた『呪怨 白い老女』(2009)は、監督が三宅隆太氏だったから観て白ババアも良いキャラで面白かったが、佐伯家も伽椰子&俊雄も出てこないと、さすがに『呪怨』という感じはしなかった。他にも清水崇が関わってない呪怨はあるが興味なくて観てない。『貞子vs伽椰子』(2016)は、貞子と伽椰子を使って『フレディvsジェイソン』をそっくりそのままやって楽しかったが、白石監督がリングと呪怨に全く興味ない事が伝わってきてあまり盛り上がれなかった。
今回もまた清水崇は外れてるがオリジナルに関わった、怖くて悲惨な話を得意とする高橋洋氏が脚本、制作が一瀬隆重、というチームで期待が高まった。
かなりネタバレあり。興味あるけどまだ観てない人、今回は特に読まない方が良い。

 

 


本作は今までの『呪怨』シリーズとは大きく変えてる。ためてためて……一拍ずらしてドーン!というジャンプスケアが殆どなくなってる事。それと血まみれの幽霊が良いタイミングでバーン!と新喜劇的タイミングでドアップになるところも殆どない。そして伽椰子と俊雄が出てこない。
そういった呪怨の代名詞的な映像表現を無くしたのは、吉本新喜劇的になっていた呪怨に本来の嫌~でシリアスな感じを取り戻すためだろう。本作は悲惨だったり忌まわしい出来事がミルフィーユ状に折り重なって「こんなに悲惨な出来事がこの家に流れ着いて澱(おり)のように重なってしまっては呪いが発生してもおかしくない」と説得力を与えることに成功してると思った。そういった部分はオリジナルの『呪怨』にもあったが、その役目を伽椰子ひとりにやらせてるうちに伽椰子は何だかよくわからないウルトラスーパーモンスターになってしまった。それはそれで僕は好きだが純粋な「怖さ」とは少し離れてしまった。それがバラエティ番組みたいに思われる原因だった。だから伽椰子&俊雄というホラーアイコンを外したんだろう。
だが別に何もかも無くしたり変えてるわけじゃない。伽椰子と俊雄は消えたが「伽椰子と俊雄みたいな存在」は出てくる。ただ名前がなかったり白塗りをやめたりして匿名性を増したキャラにしてある。伽椰子が出たら「伽椰子が出たぞ!」とお祭り気分になってしまうので、現代的リメイクとしてホラーアイコン的なカリスマを外すことによってシリアスな感じを保っている。湯婆婆(制作陣)によって名前を剥奪された伽椰子と俊雄それと佐伯家は「伽椰子みたいな女達と俊雄みたいな子供達と佐伯家みたいな呪いの家」として息を吹き返した。
そういった『呪怨』をコメディにしちゃってた要素だけは変えてあるが、時空がめちゃくちゃに乱れている〈呪いの家〉、黒猫、ゴア描写、虐待されてる児童を尋ねるソーシャルワーカー、不倫がきっかけで陰惨な殺人事件発生、〈家〉に入った女子高生とか関係者が次々と呪われる、などの『呪怨』でよくある要素はそのまま。
そんな感じで制作者達は『呪怨』を再び怖いものにしようとしてるのにNetflix JapanはCMで、主演の荒川良々黒島結菜に『死霊館 (2013)』『インシディアス (2010)』『ジェーン・ドゥの解剖 (2016)』を見せて「2人が三作品のジャンプスケアなどをバカにする」→「そんな海外のバカみたいなホラーと違って『呪怨 呪いの家』は凄い!」というもので、Netflix Japanは自分達の顔と名前は出さず、荒川良々黒島結菜が色々語った中からバカにしてるっぽいコメントだけ編集して批判が来たら自分たちより荒川良々黒島結菜が叩かれるようにして安全地帯から海外のホラー作品をバカにする……という、ここ数年の中で最も最低のCMだった。
『呪怨:呪いの家』荒川良々&黒島結菜は海外ホラーの名作をどう観る?
そもそも三作品とも、ちゃんと面白い大ヒット作だし「戦隊シリーズ出演者が『アベンジャーズ エンドゲーム』観てあれこれバカにするCM」みたいなもんでかなりしょうもない。本作『呪怨 呪いの家』が面白かっただけに残念だ。……まぁ荒川良々黒島結菜がどういう人なのか知らないのでガチで海外作品をバカにしてた可能性もゼロではないがとにかくこんな海外の面白い作品を落として自分を上げるCM作るなって話。

 

 


1988年から1997年にかけてを舞台に〈呪いの家〉に関わる人達を描く。
Jホラーが生まれる直前でもあるこの時期に起きた忌まわしい事件……女子高生コンクリート詰め殺人事件、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、神戸連続児童殺傷事件、オウム真理教による数々の事件などが劇中のニュース番組で流れ、名古屋妊婦切り裂き殺人事件、東電OL殺人事件などを思わせる出来事も劇中で起こる。
「忌まわしい事件が折り重なって〈家〉の呪いが強化されていく」という要素に加えて、現実の忌まわしい事件の数々が背景にある事によって〈あの家〉という場所だけでなく「あの〈家〉だけじゃなくて他の場所でも呪いが発生してたんじゃないか?〈家〉に行かなかったとしても、この時期に生きてたら何らかの忌まわしい事件に巻き込まれてたんじゃないのか?」と、場所だけでなく時間にも呪いをかけている。
心霊研究家・小田島(荒川良々)は、心霊番組で知り合った新人タレント・はるか(黒島結菜)から相談を受ける。
はるかには婚約者がおり、その婚約者は2人で住む新居を探している時に、ある〈家〉を内見して以来、周囲で名状しがたい忌まわしい気配がつきまとい始める。はるかの相談を受け小田島は調査を行なうが、ごく普通の民家であるその〈家〉を探し当てることは困難だった。はるかの婚約者は衰弱していって変死した。霊感がある婚約者の母(仙道敦子)は、はるかと共にその〈家〉を探そうとするが死んだ婚約者の霊も教えてくれなくて見つからない。
この荒川良々のキャラと黒島結菜がほぼ主人公ポジション。
はるかは、危険な目にあまり遭わないし霊にあっても大抵してビックリしない。強キャラというより、ちょっと浮いてる気がした。主演はさせたいが汚れ役はさせないでくれっていう雰囲気を感じた。オチを言ってしまうと最後に一番最初の霊に襲われるが、それは漫才の「もういいぜ」みたいなもんだからほぼノーカウントといっていい。黒島結菜さんは好きな方なんだが、とにかくホラーにおいてかなりつまんないキャラでガッカリした。
荒川良々演じる心霊研究家・小田島は、何か理由はわからないが怪談を収集しており後々あの〈家〉に幼い頃住んでいた事がわかる。観てるとどうも高橋洋が自分を反映してるキャラっぽい印象を受けた。高橋洋黒沢清との対談本で「子供の頃住んでた実家で、廊下の先に顔が浮かんでました」とか言ってたし(それで幽霊を全く信じていいない黒沢清が「それでどうしたの?結果は?」とかやたらグイグイ訊いてたのが可笑しかった)。また劇中に出てくる連続幼女誘拐殺人事件の犯人M(柄本時生)は、この小田島のファンで一回面会に行く、Mも呪いの家に行ったことがあったのだ。他の記事で読んだけど実際のMも稲川淳二のファンだったらしいので小田島は高橋洋+稲川淳二って感じのキャラなのかな。「こういった呪いを世間に伝えるため呪いに見逃されている」とか言ってたね終盤。良いキャラだけど『呪怨』で、ここまで無傷のヒーローみたいなキャラってちょっとずるいなと思いました。こいつは生き残らなくていいだろ。
ソーシャルワーカー・有安(倉科カナ)。虐待を受けている子供を救おうとするソーシャルワーカーは『呪怨』では大抵〈呪いの家〉に入って呪い殺されてしまうというお馴染みの職業で、小田島やはるかと合流して〈家〉を調査するがまさかの最初から最後まで無傷で驚いた。倉科カナさんは好きだが、とうとう何の被害にも合わないので汚れ役を嫌がったのかと邪推してしまった。ホラーは「女性に酷い目に遭ってほしくない」と思って観てるもんだけど本当に何一つ起こらないとおいしくないっつーか何のために出てきたん?という感じがある。
他には〈家〉に住んでいる普通の夫婦、その夫〈ノブくん〉と浮気している女とその優しい夫、という不倫で繋がった二組の夫婦も出てくる(ここでは懐かしのスクリーミング・マッド・ジョージが作った胎児が見れる)。この辺はオリジナル『呪怨』の生前の伽椰子が不倫して夫が狂った辺りのリメイクになっている。
このノブくん夫婦の前に住んでいたのが荒川良々演じる小田島の家族が幼少期住んでた(父親役はオリジナル呪怨の伽椰子のDV夫役の人?)。その前に住んでたのがブリーフの妊娠させた被害者の女に返り討ちにされた狂った男?そしてノブくん夫婦の後、時系列一番最後にも若い夫婦が住むが当然、どの夫婦も恐ろしい目に遭う。狂った夫の夫婦が一番古いのかな?どうも一番最初に居た狂って男と被害者の女が最初で、そこから先は時間と空間をまたいで妊娠した女や夫婦を中心に陰惨な出来事が積み重なって呪いが成長していった感じかな。

 

 


有名人俳優が演じた主人公が不以前なほど酷い目に合わない中で、里々佳というよく知らない女優が演じた聖美というキャラ、このキャラが本当に真の主人公と言いたい素晴らしさだった。
周りにいる男を狂わせてしまう女子高生・聖美……いや、この言い方は聖美にフェアじゃないので「周りにいる男が勝手に狂わってしまうほど美しい女子高生」と言い換えよう。聖美は前居た所でも父(養父?)がおかしくなって母親と転校を余儀なくされた女性校生。美しい転校生だからか級友にハメられて空き家だった〈呪われた家〉で同級生にレイプされる。彼女はこの第1~2話という序盤に起きた事件で事実上終わった(当然、男子と級友たちの人生も終わった)。級友のように足を踏み入れたから呪いで死ぬのならまだしも以降、再貧困女子として生きるしかなくなるので呪い殆ど関係なく死ぬというのが可哀想なところ。乱暴された聖美は空き家に居着いてた黒猫を〈家の押入れ〉で泣きながら抱いたのが、猫が好きだった彼女が純粋にしたいことをした最後であまりに可哀相すぎた。
聖美は自分を犯した男子高生を逆に脅迫して、最低の母親を電話機で撲殺させる。
2人は逃亡するが身分も学歴もない最貧困カップルなのですぐに荒れて夫となった青年は聖美と息子・俊樹にDVを繰り返しやがて俊樹を電話機で殴り植物人間にする。この家庭に目を付けていたソーシャルワーカー倉科カナも俊樹を助けようと介入しようとするが倉科カナのキャラが薄すぎて介入できず聖美とDV夫は逃亡。
数年後、売春婦をして暮らしていた聖美の元に、俊樹の生霊とよく話すようになった元夫がやってくる。聖美は夫に覚醒剤を打って溺死させる(この青年はレイプしたり我が子を植物人間にしたり悪い事ばかりしたので自業自得で同情はしないが、それでも大人になる成長する機会を無くした事だけは同情した。もう二度と浮かび上がれないので懲役や死より辛い状況と言える)。
そんな、観てるこちらを嫌~な気分にさせる聖美。あまりにどうしようもない境遇なので劇中、3回くらい「うわあああ~!」と号泣するのだが、これがもう見てられない。
聖美も可哀相だが、聖美に代表される元々は美しくて将来何でもできそうだった少女がしょうもない男に引っかかって最底辺に落ちて一生浮き上がること無く消えていった日本全国の最貧困女子が頭に浮かんでどうしようもない気分になった。
「今すぐドラマの中に入っていって聖美を助けたい!」と思う、だがそれと同時に「助ける事が叶わないなら心配しなくていいようさっさと死んでくれ」と逆の事も頭に浮かび、自分の同情の裏にある残酷な感情にも向き合わされる。まぁ言わば僕も聖美よりはマシだけど苦しい状況にいることに変わりはなく自分のことでいっぱいいっぱいで、聖美のように真に苦しい境遇にいる人を見てみぬふりして暮らしてるんだから同じことですね。
話を戻して、そんな感じで元夫を殺害した後どうしようもない気持ちになって、高校の時にレイプされて「今のどうしようもない境遇の自分」が産まれた場所、あの〈呪いの家〉に向かう。聖美がガラスを割ろうとすると時空が歪んで、中には幼少期と少し後でここに来る荒川良々がいる。そして荒川良々から窓の外を見ると一番最初に居た被害者の女がガラスを割ろうとした時の映像になって見える。
〈家〉の中に入ると、あの時級友が撮った聖美がレイプされてる最中の写真があり聖美は号泣。すると〈家〉に呪殺された級友たちの霊が迎えに来て「ごめん、私たち聖美の人生めちゃくちゃにしちゃったね」と謝る。何だかあまりに率直に謝ってる。もしくは死ぬ寸前の聖美の「彼女たちにこう謝られたかった」という妄想のようにも見える。幽霊は(もし居るとしたら)生きてる人間が知覚するものなので、どちらでも同じようなものだ。女児同士が喧嘩を謝ってるようにも見えて、その可愛らしい態度が酷い境遇とギャップありすぎて哀しい。
聖美は「ねぇ、わたし高校の頃に戻れるかなぁ?」と言うと級友たちは「戻れるよ」と言ってあの世に連れて行ってくれて、聖美はこの世から姿を消した。
家出して以降の聖美は、やさぐれた口調の最貧困ヤンママになってしまい、単純に見てて居たたまれなかったので、もう観たくない気持ちで見てたが、この最後の「わたし高校の頃に戻れるかなぁ?」の言い方が、急に少女時代の喋り方に戻ったので凄く胸が締め付けられて哀しくなった。成長の機会がなくなってたので高校生の時のまま心を閉ざして止まってた時が動き出した、でもそれは自分を地獄に落とした奴らの霊の前で、そして聖美は今死ぬ、という死なないと苦しみから逃れられない彼女の悲惨さが伝わったからだと思う。
そういえば幽霊の話するの忘れてたが本作はホラーより人間ドラマが専門の監督のせいか割と最初から幽霊の描き方がイマイチで俳優が演じてるようにしか見えず最初から最後まで、全く怖くなかった。その代わり聖美の最底辺ぶりの方が100倍くらい描けていた。後半、どんどん呪怨的な展開が増えていくが、それでもやはり呪いの家や幽霊よりも聖美の境遇の方が可哀相すぎて幽霊が全く怖くなかった。怖くないどころか「聖美が可哀相だからさっさと呪い殺して楽にさせてやれよ」と思い始めた。第四話で、二組の不倫夫婦のくだりで狂った夫が妻の膨れた腹を切り裂いて胎児を取り出して電話機を詰めて不倫相手を殺しに行くショッキングな話があったけど、そんなの死ぬから特に何とも思わなかった。そんな事より遠回りにしか呪いのかかってない聖美は明日も生きて最低な生活しなきゃいけないっていう、その「明日も生きる」という事の方が呪殺される事より怖かった。そんな感想を抱かされる事も怖かったという感じ。
「最貧困女子」とか興味はあるんけど、それを扱った映画とか絶対観ないよね。可哀相だから。だから自分が観やすい『呪怨』に最貧困女子テーマを織り込んで見せてくれてありがとうって思った。
だから幽霊描写はイマイチだったけど、最初からそこには重きを置いてないんだろうし別にいい、でも最後の時空が入り乱れるところは良かったし男たちがシュポッ!と消える『コワすぎ!』みたいなシーンも良かった。
ソーシャルホラーとしての側面に力を入れた『呪怨』の現代的再解釈は成功だったと思う。そして里々佳とかいう女優さん演じる聖美は本当に心を打たれたし観終わって、他の幽霊とかゴア描写とか、元々好きだったけど何一つ傷つかなかった倉科カナの事とかは速攻忘れたが聖美のことはずっと頭から離れなかった。凄く大好きなのかも。別に「貧困だったりメンヘラだったり困ってる女性が好き」というしょうもない理由じゃなく多分、死ぬ瞬間に心を開いて少女みたいになった彼女に何か感じたのかもしれない。他の有名俳優が一切汚れ役やらないから(まさか荒川良々ですらやらないとは……)この里々佳さんとかいう知らない女優が仕方なく全部一人で引き受けてるように見えた、そんなメタ的な部分も関係してるかも。

 

 

 

追記:観終えて2ヶ月経った後に本作のこと思い出そうとしても「聖美、可哀相だったな」という事以外印象に残っていなかった。やはり90年代の野島伸司ドラマみたいに聖美いじめエンターテイメントに全力出しすぎたせいで呪いの家や悪霊が全く怖くなくなってしまったせいだろう。怖いどころか観てるうちに「聖美はこの聖美が辛い目に遭うようにできてる世界で生きてても辛いだけだからさっさと呪い殺された方がいいのでは?」と思えてくるので霊障が起きたら「聖美も、これで死ねるかな?」と期待してしまいますます怖くなくなってしまった。だから一気観した直後は野島伸司ドラマじみた女性いじめをくらってしまい「聖美がかわいそうな力作だ」と感じ入っていたが時が経つにつれてその衝撃が薄れていって「やっぱ昔の、霊障とソーシャルホラーが5:5だった清水崇が撮った6作の方がいいな」という結論になりました。とは言え一気観するほどには面白かったんですけどね。本作の霊障も、真っ黒い幽霊とかスクリーミングマッド赤ちゃんとかは良かったものの次からはもっと社会の厳しさに釣り合うくらい幽霊にも活躍して欲しい。本作への批判の声として、女性ばかり酷い目に遭ったり女性同士が潰し合ったりする展開を批判する声もありますが、僕は日本社会の構造がそうだから女性ばかり酷い目に遭わせてるのかな?と感じたので、そこはさほど気になりませんでした。

 

 

 

そんな感じでした
「貞子vs伽椰子 (2016)」フレディvsジェイソンのプロットそのままに貞子と伽椰子がプロレス👩🏻👩🏻 - gock221B
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『ランボー ラスト・ブラッド』(2019)/狂気のランボートンネルは開始数分で映画終わっても良いくらい秀逸なアイデア🔪

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原題:Rambo: Last Blood 脚本&原案&主演:シルヴェスター・スタローン
監督:エイドリアン・グランバーグ シリーズ:『ランボー』シリーズ5作目
製作国:アメリカ/スペイン/ブルガリア 上映時間:101分

 

 

 

アクション俳優であり映画作家でもあるシルヴェスター・スタローンによる、『ロッキー』シリーズのロッキー・ボルボア、『エクスペンダブルズ』シリーズのバーニー・ロスなどと並ぶ当たり役、社会に適応できない哀しいベトナム帰還兵ジョン・ランボーのアクションと苦悩を描く『ランボー』シリーズの5作目にして最新作。
※この色の薄い部分は今までのランボーシリーズへの私見なので本作の感想だけ読みたい人は飛ばしてOK
アメリカン・ニューシネマっぽい切ない一作目『ランボー』(1982)。アクション・ヒーロー化した爽快感ある娯楽作である二作目『ランボー/怒りの脱出』(1985)、80年代特有の大味すぎて眠くなる微妙な三作目『ランボー3/怒りのアフガン』(1988)と来て、その20年後に4作目『ランボー/最後の戦場』(2008)が公開された。この頃はスタローンに誰も期待してなかった時期だったし「もうやめときなよ……」という感じだったが、同じように向かい風の中作られた『ロッキー・ザ・ファイナル』(2006)が傑作だったように『ランボー/最後の戦場』もまたバイオレンスが100倍になった大傑作だった。暴虐の限りを尽くすミャンマー陸軍を、ランボーがそれ以上の暴力で惨殺……というか銃弾の雨で殆ど液体にしていく痛快作で我々を驚かせた。そして長い旅を経て祖国アメリカのマイホームに帰った見事な完結。
だが12年経って新作が公開された。「え……完全に終わったよね?」と思わないでもなかったが、誰一人スタローンに期待してない中ホームランを打った『ロッキー・ザ・ファイナル』や『ランボー/最後の戦場』を観てきたし、本作同様「え、もう完全に終わってるよね?」という状況の中、公開された『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)も面白い映画だった。「もうやめときなよ」を3回も跳ね返すのは偶然ではない。「誰も期待してなかった」という意味では『ロッキー』一作目もそうか、合計すると4作も跳ね返してきた。普通の人間は一度も打ち返せず何一つ良い事のなかった人生をメソメソと終えるのが関の山だ。もはや凡人である僕がスタローンに文句言う気はなかった。黙って観て、良ければ称賛し、ダメなら「ダメだったね、だけど次が楽しみだ」と言うのみだ。
スタローンは、創作する人の中でたまにいる「エッセイみたいな感じで、自分のその時々の人生を反映させた自分のフィクションを死ぬまで作る系の映画人」なのだろう。だから「もうやめとけば?」等と言わず、見守るのみ。自分がもう観たくないからといって創作する人に「やめといた方が」などと言うのはおこがましい。途中で「もう観なくていいや」と思えば自分が観るのをやめればいいだけ。創作してる人に対して「やめとけば?」なんて言うのは、ロックスターに「20代後半で死んでればカッコよかったのに」と言うに等しい厚かましい台詞だ。世の中に対して貢献できないのなら、せめて挑戦してる人の足を引っ張るのはやめよう。

本作『ランボー ラスト・ブラッド』。一作目『ランボー』原題『ファースト・ブラッド』に対応したタイトルだ。アメリカでは昨年公開されて、コケてはいないがヒットでもなく、また時代錯誤だという評価だった様子。そんな世間の低評価と、自分自身の評価は関係ないのだが、僕も「なんかロン毛じゃないとランボーっぽくないな……」というどうでもいい理由であまり盛り上がっておらず平熱で観に行った。しかし帰国して10数年経ってるのにランボーも髪の毛さっぱりさせたかったんだろう。いや、でも長い方がいいかな……髭そったマリオみたいなもんじゃないか?などと思いつつ、髪のことはまぁいい、内容は自分の目で確かめよう。
ネタバレもクソもない話だけど一応、今回もネタバレ注意。と書いておこう。
考えながら書くので今回は、ちょっと長いかも。だが、これしきの文章を長いと思う人はもはやブログなんか読まずにYoutubeとか見てるだろうから気にせず進めよう。

 

 


ゲリラ戦のエキスパートであるベトナム帰還兵、ジョン・ランボーシルヴェスター・スタローン)。
ミャンマーでの死闘の後、故郷のアリゾナで古い友人マリアとその孫娘ガブリエラと、家族のように牧場を営んでいた。そして災害等があればボランティアとして救助する(数年前にあった、山で行方不明になった少年を探しだした立派なボランティアのおじいさんみたいなもんだ)。久しぶりに訪れた穏やかな生活。
この初老の女性マリア、詳しいことはわからないが、どうやらランボーの父親の友人だった雰囲気の隣人。ルックスからしてメキシコ系っぽい。このご婦人マリアと孫娘ガブリエラ、経緯はよくわからないがランボーと一緒に住んでいる。マリアの娘……つまり孫娘ガブリエラの母は既に亡くなっており、そのクズだった夫は家出して行方知れず。代わりに身寄りの居ないランボーが父親代わり。我々が知らないこの10年の間ランボーはここでご婦人たちと、やっと人間らしい生活を送っていたようだ。
大学進学を控えたガブリエラは、ある日、マリアとランボーの反対を押し切って、母と自分を捨てた実父に会うためメキシコへ向かうが実父は冷たい態度。やはりマリアが言うように只のクズだった。ちょっと「こんな奴いる?」ってくらいのクズ。失意のガブリエラは知り合いに売られ、あっという間に人身売買カルテル拉致監禁されてしまう。
メキシコでの失踪にはアメリカの警察も手が出せない、言っても無駄、俺が連れ帰った方が早い。そんなわけでランボーは単身、救出に行く。
今どきの映画って、映画館だろうとレンタルだろうと配信だろうと観る前に読む数行のあらすじ紹介や予告編で大体の内容がわかる。本作は孫娘が、あの恐ろしいメキシコに出かけて酷い目に遭うことが予想できる。僕は、犯された女性が男にリベンジするレイプ・リベンジ映画とか、犬が殺されて復讐する『ジョン・ウィック』一作目などの劇中で、前半でやられるキャラクターが楽しそうに過ごしてる様子を観るのが凄く辛いので、本作の冒頭でガブリエラとランボーが触れ合ってるのを観るのが辛かった。
どうやら祖母とランボーの愛情に包まれて育ったガブリエラは性善説の娘のようで、それが災いしてか、取る行動取る行動すべてが間違っており「こりゃだめだ……」と最初っから絶望的な感じを出している。酷い言い方すればランボーが復讐するための舞台装置のキャラなのだが、それにしたって間違った行動ばかり取るので少しイラッとした。
麻薬カルテルによって娼館に囚われたガブリエラ。描写されてないがレイプされまくってると思われる。ランボー早く助けに来てガブリエラを助けて!
ちなみにガブリエラは、クラブでガラの悪そうなチンピラによってカクテルにレイプドラッグを入れられて拉致された。この瞬間ガブリエラの人生は風前の灯となった。
そういえば俺も10年前、六本木のYellowってクラブで踊ってたら次の瞬間、顔の前に壁が……いや、それは床だった。どうやら本作のガブリエラ同様レイプドラッグをかまされて財布取られて店の前で昏倒していた事があった。まぁ財布には5千円しか入ってなかったし生まれてはじめてした失神があまりに気持ちよかったし別に危害は加えられなかったので結果オーライで別にどうでもいいが、とにかく治安の悪い場所で一旦、目を離した飲み物を口にするのは危険だ。
颯爽と助けに来たランボー、まずはチンピラ相手に無双シーンか?と思いきや追跡があっさりバレて、ラスボスであるマルティネス兄弟と武装した手下に囲まれ成すすべなくボコられる。そしてランボーが救う予定だったため、ガブリエラの命運もこれで完全に終わり致死量の麻薬漬けにされる。
「まずはランボーが軽く無双して、その後罠にはまってボコられ、最後に復活して家で迎え討って終わりかな?」と想像してたら速攻やられたので意外だった。
映画『イコライザー』を観た時、デンゼル・ワシントン演じる主人公が、物理的な殺人術だけでなく街やコネや現代的なあらゆる情報にも長けてて異常なほどクソ強かったのを観て「これ、街ならランボーより遥かに強いんちゃう?」と思ったのを思い出した。
ランボーはジャングルや山など自然の中でのサバイバルを含めたゲリラ戦は強いので自然の中ならランボーは無敵だが、まともな社会生活はおろかコミュ障で人付き合いすら苦手そうだ。ランボーが最も苦手なものは社会生活だ。相手の居場所を知ってて物理的に殺しに行ったり路上で闘ったら……そりゃ勿論それなりにランボーは強いだろうが、街中でよくわからない集団を相手にしてもランボーは勝てないだろう。百獣の王ライオンが都心に逃げた状況を想像して欲しい、一日以内に捕まるか射殺されて終わりだ。
実際、ランボーはアウェイのメキシコで敵を闇雲に追跡してたら、すぐに囲まれた。ラスボスのマルティネス兄弟の兄は「ランボーを見逃す事によって娘を失った哀しみを与えてやろう」というサディスティックな理由により見逃したが、マルティネス弟は即・殺そうとしていた。ランボーは運が良かっただけだ。異能生存者としての悪運だったと言ってもいいが。
イコライザー』観た時にふと思った自分の「ランボー、街の中だと、さほど強くない説」が当たってた事よりも、脚本書いたスタローンが「ランボーなんだから何時でも無敵!」とはせず「敵のホームにいたら、さすがのランボーもチンピラに成すすべなく負ける」と描いたスタローンの誠実さが嬉しかった。
同様に家族を失ったジャーナリストの女性に助けられたランボーだが、四日間も昏睡してた間にガブリエラは既に薬物中毒患者へと完成させられていた。
復活したランボーは何とか娼館に乗り込んで昏睡状態のガブリエラを救出したが、メキシコ国境を越えた辺りでガブリエラは薬物の過剰摂取により死亡。助けに来てくれたランボーによる愛情深い語りかけを聴きながら亡くなった事だけが救いだ。
大学進学予定だった、優しく馬の世話が上手い少女が殺された。ランボーが戦いの果てにやっと見つけた幸せだったが心無い者に踏みにじられてしまった。
か弱いガブリエラ、慣れない街でボコられるランボー、もう二度と生きて会えない孫娘を待っている祖母マリアなどを心配する時間は終わった。以降は、ベトナム帰還兵ジョン・ランボー……いや、連続殺人鬼ランボーを目覚めさせたマルティネス兄弟一派を心配する時間がやってきた。でも……ランボーは絶対に許さない。一度たりとも許したことはない……!ランボーをなめた罪、それはこの世で一番重い実刑情状酌量の余地なし……。彼らは果たして滅びずにいられるのかな?ランボーはマリアと馬を遠くにやり準備をする、一方的な大量虐殺の。
太陽よ、そなたはこれから起こることを見ないほうがよい。

 

 


ホーム・アローンよろしく自宅の地下迷宮のような広大なトンネルにトラップの数々を仕掛けるランボー
そう、家族を得て幸せになったかのように見えていたランボーだが、内なる獣を抑えるためにか自宅の地下に無目的に巨大な地下トンネルを掘っていた
家族を得て10数年経ってもベトナム戦争が「まだ終わっちゃいない」ランボーは、昼間マリアやガブリエルと穏やかに過ごした後(恐らく)毎晩トンネルに降りては、かつて自分をブッ殺そうとしてきた者や自分がブッ殺した者の声を聞きながら、かつての最大の強敵だったであろうベトナムのゲリラ兵の得意とした殺人トンネルを掘りあげた。自分を苦しめた殺人トンネルを自ら作り出すことによってトラウマを克服するため?よくわからないがとにかく具現化されたランボーPTSDがこの恐ろしいトンネルだ。
このトンネルは映画の冒頭ですぐ出てきて俺をギョッとさせた。恐らく他のランボーファン、スタローンファンもそうだろうと思う。
このトンネルの存在こそ本作最大の売りだ。
当然あとでメキシコ麻薬カルテルをここで皆殺しにする予定のトンネル。やってること完全にトビー・フーパーのホラー映画に出てくるサイコ殺人鬼。
狂った殺人機械ランボーが、彼ら連続殺人鬼と違うのは「普段は優しい」というところだけだ。しかしそれもまた別の怖さがある。その「優しさ」というブレーキをランボーという暴走車自身が外してしまったら?後に残るのは無残な轢死体の山だ。
「文句言わず観るけど、話は『ランボー 最後の戦場』で終わってただろ?」と文句言いつつ観に行ったが開始数分でこのキ○ガイトンネルが出てきて「あぁ!スタローンは、このトンネル思いついたから既に終わった物語の続編を作ったんだな!」と全てを察して、早くも入場料の元は取れた気分になった。それと同時に「もうこれより凄いものや面白い瞬間は来ないだろう。後は娘が殺されてトンネルでホーム・アローン虐殺して終わりだな」と思った(そして実際その通りだった)。家の下に掘ったトンネルの映像一発で、あれこれ台詞にしなくても現在のランボーの全てがわかってしまう。前から思ってたけどスタローンの脚本って意外と文学的だよね。
親友マリアにも見せなかった狂気トンネルだが、娘代わりのガブリエラや、その友人たちにはあっさり招待するところも面白い。若い彼らが見ても真のヤバさに気付かず「なんだこれ?ガブリエラの父ちゃん、やっべーーwww」とウケるだけだろうし、マリアに見せないのは歳を重ねた彼女が見たら、ひと目でランボーの闇が露見して気まずくなってしまうからだろう。
若者たちも実際、目の当たりにしても「何このトンネル。ガブリエラの父ちゃんやべえwww」と面白がっていた。だが本当に何がヤバいのかまでは理解しておらず、単純に表面的なところでヤバがってるのが面白かった。「『なんだ?家にこんな太い棒があるってやばくない?w』と驚きながら若者たちは丸太のような棒を椅子代わりに座ってるが、実はそれはランボーの怒張した男性器だったのだが若者たちはその事実に気付いていない」みたいな感じだ。そしてそういう事は世の中によくある。君がそれを知らないのは、誰もそういったことを具体的に説明しないからだ。未経験の者に経験者が口で説明することほど無駄な事はない。メキシコの危険性や実父のクズっぷりなどの真実をランボーや祖母に告げられても全く言うこと聞かず犯されて殺されたガブリエラみたいなもんだ。そしてランボートンネルを観ても「何か凄いねw」としか思わない彼らと、本作を観て「何か変な映画だなぁ」と思うであろう若い映画ファンはシンクロしている。
ランボーは、マルティネス兄弟の組織を我が家(トンネル)に招待するため、メキシコに舞い戻りマルティネス兄弟の仲間を手当たりしだいに惨殺する。まるで『ハロウィン』のマイク・マイヤーズ、『13日の金曜日』のジェイソンのようだ。次々と瞬間移動して悪漢共の前に現れ一撃で絶命たらしめていく。そしてガブリエラを薬漬けにした張本人であるマルティネス兄弟の弟を斬首。首はストリートに投げ捨てた。ラスボスである兄へのメッセージだ(弟はシャワー浴びてたから、わざわざ服着せて殺したのか?弟を殺す場面は見たかった)。どうでもいいけど、この際だから今回の悲劇の発端となったガブリエラの親父もブッ殺してほしかった。
これでラスボス兄は、肉親を殺された怒り、部下の前で潰されたメンツなどにより、ランボーの敷地を自ら強襲せざるを得なくなった。ランボーは以降、マルティネス兄の事をデッドマン(死人)と呼ぶ。彼がランボーへの襲撃を決めた瞬間、彼自身の命は終わったからだ。
かくして敵の組織が迷い込んだこの場所は、ランボーが「只の腕っぷしが強いだけのデカいジジイ」でしかなくなるメキシコの街中ではない。ゲリラ戦の天才、殺人マシーン、大量殺戮者ジョン・ランボーによってトラップが張り巡らされたトンネル……いや、ランボーが数十年抱えて熟成させた闇「ランボーの狂った脳内」そのもの、マルティネス兄や組織はその中に囚われてしまった。もはや彼らに出来ることは己の断末魔によって地獄への進軍ラッパを、自らへのレクイエムとして鳴らす事だけ。殺人機械ランボーを作り上げたトラウトマン大佐亡き今、フランケン・シュタイン博士を失ったフランケン・シュタインの怪物……それがランボーだ。
さっきも言ったように街を始めとする地球の殆どの土地では、社会性皆無のランボーは無力だ。だが山の中や無人島など人間のルールが届かない場所ではランボーが勝つ。戦場なら犯罪組織を敵に回してもランボーが圧倒的有利。ランボー「だったら自分の土地を戦場にしちゃえばいいじゃん」。
かくしてアメリカの片田舎アリゾナの小さな一角に突如ベトナムの地獄が出現した。
こうなってしまっては麻薬カルテルに勝ち目はない。落とし穴、土砂崩れ、トラップ、ランボー自らナタで人体切断……ホーム・アローンよろしく一人ひとり殺人ピタゴラスイッチにて確実にバラバラに解体していくランボー。致命傷を負ったチンピラにもわざわざショットガン数発撃ち込んで確実にオーバーキルしていく。ベトナム戦争で米軍が大音量で流してたようなロックを大音量で流し連続殺人を繰り返すスタローン演じるランボー
ランボーが、ガブリエラとマリアと馬たちと疑似家族を形成していた愛情にあふれる場所だった、この土地だが、今ではランボーが殺害した麻薬カルテル達の血や彼らの腹からこぼれる糞の匂いしかしない呪われた土地へと変わった。
この辺で、脚本書いたスタローンも「ピンチが一切なく無双してたら観客も飽きちゃうかなァ……」とでも思ったのか申し訳程度に腹を撃たれてみたりさせるのが可笑しい。だが、ここはランボーのテリトリーなので地形効果によって撃たれたくらいで死ぬわけないのはわかりきっている(メキシコの街中だと死んでた可能性ある)。
そして本命のマルティネス兄は「最後にじっくり殺すため、10回も見逃してた」と嘯くランボー
もし自分がランボーなら、ラスボスを痛めつけたり殺す瞬間よりも「10回見逃して命を助けてやった」事とか「今からトンネル爆破するからライトの方向に逃げろ」と指示する時の方が気持ちよさそう。

 

 


実際この映画も面白いっちゃ面白かったけど、ちょっと古くて単調だった気がしなくもない。観なくてもわかる内容がそのまま繰り広げられただけっつーか。前作では凄かった残虐アクションだが、トンネルのどこから何をしてるのかとかトンネルの広さが全く伝わらないなどアクション映画としても『ランボー 最後の戦場』ほど「最高!」ってレベルではなかった(せめてスタローンが監督してればね)。10年前の『ランボー 最後の戦場』は最先端感あったので古さを感じたのは残念だがスラッシャーホラーのキラー側を主人公にした面白さは間違いなくあった。
まとめると本作の加点の殆どはトンネルに象徴させたランボーの狂気だけで、全体的にはいまひとつという感じか。
「マルティネス兄が自ら組織全員率いて総員突撃して来たから上手く行ったけど、暗殺者を数人づつ永遠に送って来られたらランボーに勝ちめはない」とか変なところはたくさんある、この映画はランボーの「何も終わっちゃいない」を必死で覆い隠してたところに、娘(=ランボーの希望や良心)が悪に麻薬打たれて踏みにじられたので、その憎い悪を「何も終わっちゃいない」ゾーンに誘い込み、ランボー数十年分の「何も終わっちゃいない」を強制的に致死量注入して復讐した……という話なのでそんな現実的な事を言っても仕方ない。あとはランボーのトラウマを大量摂取させられた悪党たちがオーバードーズで死ぬのを待つだけ。ランボーシリーズ自体そうだが、もっと御伽噺的に見るべき。
アメリカ内部で、本作には「メキシコやメキシコ人への差別を助長する」という批判もあったそうだ。まぁ確かにトランプが築こうとしている差別の壁を後押しする内容だと言えなくもないが、実際のメキシコ麻薬カルテルは本作の十倍くらい強くて残虐だし、スタローンも「現実に居る巨悪……ミャンマーはもうやったし中国政府……を敵にしたら映画作れないからメキシコの麻薬カルテルにしとこう!」とか考えて選んだだけだろうし、あまり「現代の映画の線から逆行してる」などとクソ真面目に批判する気は起きない。
この内容なら普通ランボーを最後に相討ち討ちさせるとこだが、本作はかなり早い段階で「これランボー死なないな」と悟った。それだと、ただでさえ予想通りすぎる本作が、更に定番の最終話っぽく堕してしまう。「希望ある若者は死に、大量殺戮しか取り柄のない老兵ランボーは望まぬ余生を生き続ける」それがスタローンの今のメッセージだ。「ラスト」って付いてるから一応終わりっぽいけど、ランボー自身はどうやら今後も家族を失った人を助けていく復讐の精霊になっていく感じっぽい。だから真のラストっていうより「最終章の第一話」って感じの映画だったので続編があったとしてもおかしくはない。俺の妄想だけど走り去ったランボーはその足でガブリエラの親父を殺しに行ってて欲しい。
映画としての完成度は、『ランボー』一作目や『ランボー 最後の戦場』に比べると明らかに劣ってる。単純な娯楽作である『ランボー/怒りの脱出』『ランボー/怒りのアフガン』にはさすがに勝ってる。だが本作に出てくるトンネルだけ、シリーズのどの要素より優れてる最高のアイデアだった。このトンネル思いついたら見せたくて続編作りたくなるのもわかる。昔の映画みたいに物事が単純化され過ぎてたり敵組織全員が丁寧に全員一斉にランボーのトンネルに入って殺されたり心臓つかみ出す場面などの漫画っぽさもあまり乗りきれなかったが、トンネルがナイスアイデア過ぎてトンネルについて考えるだけで一晩飲める。何なら映画冒頭、トンネル出てきた数分の時点で映画終わってもいいくらいだ。もう後の本編は全部おまけみたいなもんだ。
本作はちょっと……ランボーをずっと観てる人やランボーが掘ったトンネルにピンと来る人じゃないと評価は低くなるかも。と言ってもトンネルを理解できない者を見下げてるわけではない、むしろその逆だ。健康に前向きに暮らしている人は心にトンネルなど掘っていない。だから低評価なのは当然。世界中の人がランボーの狂気にすぐピンとくる社会の方がヤバいのでこれでいい。要するに長年ランボーを思い入れあって見てる人はそれなりに思うところある映画だが、穴の多い歪な映画なのでランボー全く観たことない若者とか「単純に映画が好きだからこれも観てみるか」という人が観ても「何か変な、現代的な映画の流れが全く無い微妙な映画だったな」とピンと来ないと思う。もっともランボーは評価の高い1や最後の戦場にしても歪で一部の人しかピンとこない映画ではあったが。
総括すると『ランボー』『ランボー 最後の戦場』の二作は現在の老若男女、誰にでも勧められる傑作だが、本作や残りの2と3は、かなりのファンじゃないと厳しい。『ランボー 最後の戦場』を観て引く人もいるだろうが、引いたら引いたで「助けてくれたランボーの超暴力に引く」劇中のヒロインと同化して作品の一部になれるので映画に引いても絶賛と大差ないが、本作に引いた場合ただ引いただけという残念な結果になりそうっていうか。
まぁ何度も言うようにトンネルに尽きる。本作の映画タイトルが『トンネル』(2019)でも良かったくらい。
ランボーによる大量虐殺は今度こそ終わったのか?
いや、奴はまた殺るだろう。何しろまだ何一つ「終わっちゃいない」のだから。
アメリカ、ベトナム戦争、トラウトマン大佐らが生んだ殺人マシーン、ランボー
彼を何とか普通の人間の域に留めておいた「家族」というストッパーが無くなりランボーが世に放たれてしまった。
麻薬カルテルの全員を殺戮したランボーは狂気の象徴であるトンネルを爆破して麻薬カルテルごとこの世から消した。しかし「トンネル」というのは土を掘って出来た何もない空間に過ぎない。本当の殺人トンネルはランボーの心の中にある。何かあればまたぞろ出てきて悪党が二度と笑ったり食事できたりしないように人体破壊を始める。ランボーが死ぬその日まで。

 

 

 

そんな感じでした

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映画『ランボー ラスト・ブラッド』 公式サイト
Rambo: Last Blood (2019) - IMDb

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