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『地獄の警備員』(1992)/今まで黒沢清作品の中ではあまり好きじゃなかったんだけど20年ぶりに観たらありとあらゆる清要素が入ってて良かった。地獄の警備員よりサラリーマンの方がキャラ強い👮


監督&脚本:黒沢清 脚本:富岡邦彦 撮影:根岸憲一 編集:神谷信武 音楽:岸野雄一 製作会社:ディレクターズ・カンパニー、日映エージェンシー 製作国:日本 上映時間:97分 公開:1992年6月13日

 

 

現在、黒沢清の『蛇の道』(2024)セルフリメイクが公開中で、観たいなぁと思いつつコメットさんとか宇宙の法則を教える塾などの面白描写がごっそりカットされてると聞いたら「じゃ辛いだけで楽しいところないやん」と感じて二の足踏み中……とりあえず黒沢清に最もハマってたのって20年くらい前だから、色々観返してみようかな……と、清だけじゃなくてアラサーの頃に「よし自分はこれが好きだからこれらを軸に色々観たり測っていこう」と決めてた好きだったものを観返して、今でも良いものはそのまま、今観たらイマイチだったものは捨てていこうと、とりあえず昔、低画質でチラッと観ただけのこれが アマプラにあったから観た。

かなりネタバレあり。ネタバレを知るには勇気がいるぞ

 

 

 

 

Story
新入社員・成島秋子(演:久野真紀子、現在はクノ真季子)。

彼女はバブル期で急成長中の、何億円もの絵画を扱う商社・曙商事に就職した。
そして秋子と同じ日に雇われたのが警備員の富士丸(演:松重豊)。
彼は元力士で過去に殺人を犯したのだが精神鑑定の結果、無罪となった。
彼は同じ日に入社した秋子に執着し、やがて自分の周囲や残業で残っていた秋子の周囲の同僚を次々と殺し始めた――

みたいな話。殺したらいけんよ……。
何億もの絵画を扱うにしてはボロい深夜の商社ビル。警備員は電力を全てOFFにしてビルを陸の孤島にした上で一般人を殺していく。『エイリアン』(1979)みたいなもんだ(というか黒沢監督的には『エイリアン』(1979)の元となった昔の怪奇映画をイメージしてるんだろうが、古い怪奇映画観てないのでよく知らない)。
ブルーカラーの警備員がエリートサラリーマンに攻撃を?……これはバブル華やかなりし頃の監督の資本主義社会への復讐か?」とか、そんな事は考えても仕方ない、黒沢清の映画だから……(だがバブルとかどう見ても嫌いそうなのでそういう気持ちがゼロだったとも言えないが)。この”地獄の警備員”は単純に、主人公が入社すると同時に誕生して映画の画面に登場した瞬間にこの世に邪悪なまま生まれてきたナチュラルボーンキラーつーかピュアイーヴィルつーか……そういう存在だろう。監督がよく使う言い回しで言うなら”一度動き出したら誰にも止められない大きな機械”みたいな、殺人機械であって「殺人を犯した元力士」という設定も怪力であるとか殺しに慣れているとか、そういう設定への疑問をなくすためのものであって「元力士だからどうのこうの」みたいな考察をしても仕方ないというか、あまり意味ではないだろう。
今思ったけど地獄の警備員・富士丸役の松重豊は、親が大相撲の大関初代豊山から取って「豊」と名付けられたらしいので、それを役に反映させたのかな?よく分からない。
……というかコイツ大して怪力でもないし、別に「殺人を犯した元力士」って設定も要らなかった気がする。過去がわからんままの方がミステリアスだった気がするよね。何なら「富士丸」って名前も無い「新人の警備員」って役名だった方が神秘的でいいよね。富士丸って名前あんまり好きじゃない。「スラッシャーホラー映画が日本に全然ないから創りたい」と思ってこの映画作ったらしいからジェイソンとかフレディとかマイケル・マイヤーズとかレザーフェイス……みたいな感じで「やっぱりシリアルキラーには名前がないと!」と思って名前つけたのかもしれない、知らんけど。
ちなみに富士丸を演じているのは当時新人だったらしい松重豊。身長188cmの大男、ちょっとしたモンスターだ。ちょっと『帝都物語』(1988)の魔人・加藤っぽくもある、意識したのかな?

ご覧のように顔も怖いし、この30年後に毎週食べ歩きして愛されるとは思えない異形のカンザイソン(”存在感”のこと)。
今では勿論ドラマ版『孤独のグルメ』(2012~)の井之頭五郎役で日本だけでなく世界的に有名。あと名バイプレイヤーで皮肉なジョークが好きで息子がTBSラジオのディレクター……と特に熱烈な大ファンでもない僕でも知ってる有名俳優になった(でも当然普通には好きよ)。ゴロー役以外では『アウトレイジ ビヨンド』(2012)『アウトレイジ 最終章』(2017)の繁田刑事役が良かったですね(邦画や日本ドラマあまり観ないから他に思いつかない)。

 

 

冒頭と黒沢清の奇妙なルール
話は冒頭に戻るが、映画が始まった瞬間に主人公・秋子はタクシーで口をポカンと開けてカメラを凝視する不自然なアップで始まる。そして要所要所でこの顔を演出されてるが、多分監督が当時ハマってた北野武映画の影響な気がする、知らんけど。
このポカン顔の意図はわからんがポカン顔のおかげで北野映画のカメラを見つめて客席を見つめるたけし演じる主人公みたいに「この主人公は他の社員と違って何か”大事なこと”しってるのかも」と”彼女の本質や度胸”のようなものを思わせる。そのせいか終盤で彼女が覚醒してもスンナリ受け入れられた。だがそれが狙いなのか俺がそう思っただけなのかよくわからん。そこも魅力だ。

この主人公は久野真紀子さんという女優さん、当時よく見かけたけど最近見ないな……と思って調べたら普通にずっと活躍してた。今はクノ真季子と改名してるようで本作のデジタル・リマスター版の上映で黒沢監督とともに舞台挨拶とかしてたみたい。普通にお綺麗なままで何だかホッとした(昔の映画を観て、最近見かけない俳優を検索して亡くなってたり身を持ち崩してたら寂しいもんね)。
初出勤に向かうタクシー内で運転手は「こないだ相撲取りを三人乗せたらサスペンションが壊れました。相撲取りは一銭も出さない、参りました」とこぼす。
運転手は更に「お客さん、相撲取りに逆らうと怖いよ~?」と続ける。
「”富士丸”とかいう力士が兄弟子と愛人をいっぺんに殺して頭がおかしいから無罪になったみたいです。体中が鉛筆折るみたいにボキボキでねぇ」と秋子を脅かす運転手。
ここで運転手が語る怪力かつ極悪な”富士丸”こそが本作の”地獄の警備員”であることは明白なわけだが、ここでのポイントは富士丸についての前フリである「相撲取り三人乗せたらタクシー壊れたしカネも払わない。相撲取りは困った生物」といった感じで、確かにそんな事があれば力士に辟易するのは無理ないが、僕が言いたいのはそんな事じゃなく、この運転手(というか黒沢清)は明らかに「相撲取りは人類とは違うこわいいきもの」と……直接そう言ったわけではないがそんなニュアンスで語ってるところだ。”相撲取り”は僕たちみんなが楽しめる愉快な存在であるわけだが、まるでヤクザ……いや幽霊や架空の生物を扱うかが如く語っているところが面白い。黒沢清作品はファンには周知だが、皆が共有して知っている普遍性のある公共物を、まるで自分の世界の中だけにある異形のものとして取り扱ったりする(車に乗ったら異次元を横断してるようになったり役所が異常に広かったり警察署の取調べする部屋が階段の踊り場にあったり、刑事が一人でウロウロしたり、”アメリカ”を天国みたいに別世界として扱ったり……)。そういう感じで黒沢清は皆が知ってるものを自分ルールで描く、そのためファンじゃない人が黒沢作品を急に観たら「なんだコレ!?素人が撮ったんか?」と言われてしまいがち。だが、それも別に否定しない、何故なら僕もそう思う時あるから(たとえば幽霊など超常現象を扱ってない作品で変なルールばかり出てきたら嫌になる時もある)。世界全体のルールに従わず自分だけのルールに則っているところは黒沢清作品の最大の長所でもあるが逆に最大の短所でもある。「この作品……僕とかファンは好きだが欧米とかで上映したら笑われるな」と思う時がある。富野由悠季とか庵野秀明のアニメに対してもそう思う時あるけどね。だけどその自分ルールのおかげでウェルメイドな良作よりも強烈に脳細胞に焼き付いたりするので一概に良い悪いは言えない。要は純文学化してるんだよね。
主人公の年齢は……よくわからない多分20代前半~半ばくらい?

 

寿商事・十二課
若く美しい女性・秋子が入社してきたので、十二課のセクハラ上司・久留米浩一(演:大杉漣)やチャラチャラした先輩社員・野々村敬(演:緒形幹太)は色めき立ち、秋子のご機嫌を伺う。
他には、初期黒沢作品常連俳優の諏訪太朗演じるやる気ない系先輩・吉岡実(演:諏訪太朗)と女性社員・高田花枝(演:由良宣子)など。
……というか、この女性社員・高田花枝役の人検索したら『三月のライオン』(1992)の主演のあのボブカットでアイス咥えた主演の女性だったのね。90年代の風が吹いて懐かしかった今。

ちなこれね。これはリバイバル上映の新しいポスターみたいだが……写真は同じ。

 

セクハラ奇人上司・久留米
数年前亡くなった大杉漣さん演じる上司の久留米は仕事をやる気がなく職場でウイスキーを飲んでいる。若く美しい主人公・秋子の気を引こうとつきまとい、ダメだとわかると個室に呼び出し、秋子を椅子に座らせて何か薬品らしきものを見せてきて……
久留米「インシュリンだ。糖尿気味の気があってね」 秋子「?」
久留米「郵便貯金はイイネ。利率が良いから」 秋子「そですか……」
久留米「お父さんお母さん大事にネ」 秋子「はい、ありがとうございま……」
久留米「(食い気味に)リラックス。
久留米は徐ろに透明のビニール手袋を掴むと
久留米「ヴーーーーーーーーーーーッ!
久留米は息を吹き込みビニール手袋を風船のように膨らませた。
秋子は困惑のあまり耐えられなくなり、思わず横を向く
何なんだ?この全く新しいタイプのハラスメントの数々は?
いや、そもそもハラスメントに当たるのかどうかよくわからない。今はともかくこの時代では当たらないだろう。とにかく久留米の得体のしれない「圧」だけが秋子を犯していることだけはわかる。秋子は気の毒だが物凄い面白い。
深読みするなら、最後のビニール手袋膨らしは「相手にコンドームを想起させる」という全く新しいセクハラなのかもしれない。
しかし次に久留米は横を向いたままの秋子に対して、
久留米「……成島クン?何もしないから。じっと見てくれてるだけでいいんだよ」と驚くほど優しく言ったあと……自慰をするため上着を脱ぎベルトを外しズボンを下ろす!
とうとうダイレクト・セクハラに堕してしまった。
当然、秋子はダッシュで部屋を飛び出す!
恐ろしい久留米のセクハラの流れ、やはりダイレクト・セクハラの前の「訳のわからない言動」が凄まじい。何か理由を捻り出すとするなら、ダイレクト・セクハラの前に優しくにじり寄るかの如く、相手を逃げさせないように不可思議な幻術をかけていたのかもしれない。そうしたところで自慰見せというダイレクトなセクハラという強行突破手段を用いることにより上手くセクハラに移行できた事が過去にあったのかもしれない。
それにしてもよくこれだけ訳わからないハラスメントを思いつけるな……と感心した。

現在なら即・労働基準監督署に駆け込むところだが、1990年前後なので「セクハラの現場からは走って逃げた。とりあえずセーフ……」と、これで終わりなのが酷い。上司にセクハラを訴えてもよほど進歩的な会社じゃない限り「”セクハラ”?なんだお前ハリウッド映画みたいなことを言うじゃないかw」とか笑われて終わりの時代。
秋子は、とりあえず女性の同僚や人事部の兵頭には言ってたっけ?忘れた。
それにしても大杉漣のセクハラ上司役、ほんとによく似合ってる。
コミカルさや卑小さ(自慰行為鑑賞を断られたら逆ギレして秋子に少しきつく当たる)など、時代の大杉漣こんな役ばっかだった気がする。
そして久留米のデータが画面に出てきて、とうとう自分が大杉漣がやるような役より歳上になっててショック。

 

チャラくてウザい先輩・野々村
久留米同様にチャラついた先輩・野々村もまた殆ど仕事しない(というか野々村に限らず殆どの人は仕事をしていない黒沢清監督は会社で働いたことが一度もないので仕事のディティールをよく知らない……又はわざと変な動きにしているのだ、デヴィッド・リンチのが描く”リンチの中のFBI”みたいに)。野々村のバカは、なんか部署の同僚にソーセージを配り歩いたりしている。秋子は気味悪がってソーセージをティッシュにくるんで喰わない。気持ちはわかるが、箱から出した新品のソーセージなのにこの態度。こうまでされると「秋子は野々村が配るソーセージは男根のメタファーだと思って嫌なのか?」と勘ぐってしまう。
野々村は、久留米のように直接セクハラはしないが秋子にピッタリ……!と、しつこいくらいにニコニコした張り付いたような笑顔のまま付きまとう。そして社内政治を秋子に教えながら、秋子を狙う久留米を悪しざまに言いながら「久留米の癇癪、いちいち気にしないって約束してくださいね?笑」と言う。”黒沢清映画に出てくるウザい奴”のウザくて一言多い台詞はどれもウザすぎて感嘆するが、『クリーピー 偽りの隣人』(2016)香川照之並にウザい……黒沢作品でもトップレベルにうっとうしい台詞だ。何故、そんな事をお前なんぞに約束しなきゃならん?個人的には、ズボンを下ろして自慰しようとした久留米の方がまだマシとまで言える。
現にこれを言われた秋子は、っさきまで親切な先輩だと思ってたのに「マジかこいつやば!」と気づいてバッ!と野々村の顔を見る(そして以降は警戒して壁を作る。正解だ)。

 

富士丸より不思議なサラリーマン・兵頭
人事部部長・兵藤哲朗(演:長谷川初範)は人事部ルームでいつも寝ている(うたた寝どころじゃなく日中、ガチ寝している)。”人事部”と言いつつ、部屋には兵頭一人だけだしテーブルやソファや遊ぶものが置いてありとても働く部屋とは思えない、これもまた黒沢イズム。しかし兵頭は1日中寝ているだけなのにも関わらず成績はトップで、一応働いている久留米より上。兵頭は一種の”超人”として描かれている(これについてはまた後述す)。
兵頭は、秋子が配属された絵画取引部門を全く評価しておらず「残念だが久留米くんには何の期待もしていない。あの男はどう転んでもそのうち自滅するだろう。はっきり言うが十二課にろくな奴はいない。高田花枝は実戦に向かない頭でっかちだ。野々村は愛想が良いだけ……こういうのが一番タチ悪い。そして吉岡は只のクズ。十二課の運命、それは君次第だ」などとボロカスに言う、だが「それが真実なんだろう」と思わせるサムシングがある。そして実際にこれ全て合っていた。ただ一つを除いて。彼は映画終了までの作中の流れをここで全て言っている預言者でもあるわけだ。
兵頭を演じる男前、長谷川初範は『ウルトラマン80』(1980-1981)や『ウルトラマンメビウス』(2007)で矢的猛/ウルトラマン80を演じていた(ちなみに僕は80世代、でも一番好きなのは初代)。
ところで十二課を作ったのは兵頭らしい。しかし後でこんな場面がある。
秋子が地獄の警備員探しで地下に行こうとして地下行きの扉をガチャガチャしてたら社の偉い人に怒られる。「どこの部署の人?」と訊かれたので秋子は「十二課です」と答えるとオッサンは「十二課?聞いたことないな」と言う。え、どういうこと?
兵頭は、会社に把握されない幽霊のような部署を作ったのか?合理的に考えると仕事できない奴ばかりだから存在しないかのような無意味な部署を作ったってことか?メタ的に言うなら、十二課は富士丸という怪異とぶつけるためだけの映画開始と共に生まれた奴らだから会社のオッサンに居ないと、ギャグで言わせたのだろうか。
ちなみにこのオッサンは十二課という存在しない部署を聞かされた後、にゅーッと秋子に顔を近づけて
オッサン「いい加減なこというなよ!
叫んだ。
秋子はたまらず逃げ出す、何か困ったことがあったらとりあえずその場からダッシュで逃げ出す秋子が幼女みたいで可愛く思えてきた。久留米のセクハラの時は走って逃げるのは当然として、この場合も「自分の部署を告げたら『そんな部署ない』と言われた」ら確かに逃げるしかないわな。行動が早くて見習いたいかもしれない。
この嫌な動作も黒沢清っぽいわ。居てもおかしくはないが実際にこんな事言うやつに会ったことない台詞ばかり出てくる。
秋子はエレベーター等で地下に降りようとするが、妙に親切でない真顔の社員ばかりでエレベーターに乗せてくれない。こういう嫌なモブも黒沢映画に多いよね。黒沢清本人の「社会は自分に冷たい」という感情の現れだろうか?
秋子は地下通路みたいなところでテントの様な物を見つける。缶詰が散乱し自分の写真が飾られており秋子は戦慄する。だが、この時点ではまだ不気味なストーカーっぽい大男の警備員がいるというだけだ(ちなみにこの時代にはまだストーカーという言葉は広まり始めたか、まだ広がり始めてもないか、忘れたけどそれくらい)。



地獄の警備員・富士丸と先輩警備員・間宮
初出勤の地獄の警備員・富士丸は初老の先輩・間宮(演:田辺博之)に暖かく迎えられる暖かく迎えられる(ちなみに”間宮”は『CURE』(1997)の萩原聖人演じる伝道師を始めとして初期黒沢作品によく出てくるキーマンの名前)。
その間宮先輩は、後輩の警備員・白井(演:内藤剛志)にタカられて困っている様子。すると翌日、間宮が出勤すると内藤剛志は折りたたまれてロッカールームに入っていた。恐れおののく間宮。しかし富士丸を警察に通報することもなく以降、彼は富士丸のサイドキック(助手)になってしまい、基本的に善人ではあるものの自分に嫌な思いをさせた久留米を半殺しにしてくれと富士丸に頼んだりと、暴力装置・富士丸をサポート、隠蔽することで彼に取り入り己の小さな欲望を叶えようとする(そして、この瞬間から間宮もまた逃れられない動き出したら止まらない巨大な機械の歯車に挟まる贄となってしまう)。
ラジオからは「遺族の訴えで、富士丸再逮捕に向けて警察が動き出した」と告げている。富士丸は「時間がない」と言う、ここ二日くらいで殺すつもりだ。しかし誰を?
やがて富士丸は、間宮が半殺しにして欲しいと言った久留米を出会い頭に殴り倒し感電死させる。
しかし富士丸は全く無関係の電気工事の作業員(演:大寶智子)も惨殺する。
ここで間宮は、富士丸が「内藤剛志演じるタカり屋の警備員」「自分を激しく侮辱した久留米」といった「非のある者」だけ殺すのでなく手当たり次第に殺している事に気づく。そして「初日に優しく接してその後も協力したから自分は富士丸側だ」というのも勘違いで可哀想に間宮も殺されてしまい、二人の友情は終わった。

 

無敵のウルトラマン80&無敵のヒロイン秋子 vs.ただ地獄の警備員なだけの富士丸
そんなDbDみたいな非対称ゲームのような、ノストロモ号の中ゼノモーフ(『エイリアン』(1979)のアイツの種族名)から逃げ惑うリプリー達のようなサバイバルが続く。
黒沢作品お馴染みの「半透明カーテン」の給湯室で野々村が殺られたり(全く可哀相じゃない)社内で残業していた十二課と兵頭が富士丸に次々と狙われ、殺されたり怪我していく。
途中、通路の”間宮の死体”を挟んで富士丸と兵頭が対峙する。超自然的なキャラクター同士の対決だ。そういえば黒沢清は『リング』(1998)を観て「幽霊の貞子と『幽霊を恐れない人物・高山竜司』が出会ったらどうなるんだろ?」と思ってたそうだが両者の対決は「貞子を目の当たりにしたら『幽霊を恐れない人物』のはずの高山が急に貞子に恐怖を感じるキャラへと弱体化してやられてしまい大層、残念に思った」らしい。
本作の「限りなく無敵に近いキャラ」である兵頭が、怪人・富士丸と彼が殺した間宮の死体を見つけた時、兵頭は特に驚かず
兵頭「君か。噂はかねがね聞いていた(秋子から)。それにしてもこれはまたひどいな。自分がやってることがわかってるのか?↑ え?」5mくらい先に立っている富士丸は黙って睨んでいる。兵頭は「わからないんだな。よーし、要するに君は頭がおかしい。今から警察を呼んでくる。(富士丸の方を見ず手をクイクイさせて)鍵をかしてくれ
あまりに強い兵頭のキャラ。富士丸は沈黙して睨んだまま。
兵頭は富士丸に向けてワゴンを滑らせる。
兵頭「じゃ、こうしよう。ワゴンの上に鍵を乗せろ。そしたらもう君は行ってもいい
あまりにもキャラが強い兵頭。
ウサギが狼に対して「僕を食べないなら見逃してやる」と言っているようなものだ。
富士丸は無言でワゴンに鍵を乗せ、そしてひっくり返し「取りに来い」と言う。
近寄ってしまうと殺されてしまうので兵頭は勿論、鍵を取りに行けない。
だから富士丸は、ただ「NO」と言っただけのようなものだが、一応キャビネットの上に鍵を乗せるところまではやってくれたのが面白い。
兵頭「仕方がない。どっか出口を探すか。じゃあな」とポケットに手を入れて去る。
如何に兵頭のキャラが強いとはいえ、このまま逃がしてしまえばフィクションが崩壊してしまう……といった感じに思えるほど富士丸は「仕方なし」に兵頭に襲いかかる。
しかし兵頭は防犯スプレーで富士丸を行動不能にさせ、見事逃げおおせた。
ありえないキャラの強さだ。
襲いかかられている最中であっても心穏やかで怪力の富士丸を充分に引き付けてスプレー噴射だもんね。全く富士丸を恐れてないレベルで、そうとう落ち着いてないと出来ない。
あまりに堂々と「俺の意が通って当然」という態度なら通せるのか?現実では勿論そうはいかない。しかし、これはフィクションだ。富士丸は兵頭を上回るキャラの強さを見せなくてはいけない。
しかしフランケンシュタインの怪物のように襲いかかることしかできない。だから負けた。ここで常に上手を取った兵頭の手の中にフィクション・ボーナスで防犯スプレーが出現し、富士丸は敗北してしまった。
というか、それ以前に松重豊による富士丸のルックスはカッコいいのだが「警察に追われてるから」とか「秋子と初出勤が被って運命だと思いこんだ」など色々判明しているせいか、どうもミステリアスさが足りない気がする。何か大して怪力でもなく破壊力が全然ないし防御力もないし、健康な大の男3人も居れば普通に倒せそうなんだよね。プロレスラーとか来たら普通に倒せそうだし怪人度が低い。
その後、秋子と兵頭、吉岡実(演:諏訪太朗)、女性社員・花枝は兵頭がいつも寝ている人事課ルームに逃げ込む。どうやら、この部屋は安全地帯のようで、富士丸はガチで入ってこれない(本当に最後までこの部屋は、開けない限り入ってこれなかった。ゲームの安地みたいだ)。
途中、吉岡が命がけでテレックスでのSOSを外界に放って富士丸に襲われて気絶して兵頭が「吉岡をクズだと秋子くんに言ったがそれは誤りだった」と謝罪したりして普通に熱い。
無敵だった兵頭も遂に富士丸にボコられて昏倒してしまう(だがプロットのお決まり上、努力して仕方なくやられてくれた感が強い)。
最後に残った秋子は、通路での兵頭のようにもうビビっておらず富士丸に対して強く出る。最初にも言ったが要所要所で虚空を見つめる秋子のポカン顔、

あれは生活や欲望だけ見つめてる他のキャラとは違って、第四の壁の向こうやプロットの隙でも探していたかのような顔だ。だから土壇場で覚醒したのか?
覚醒・秋子の台詞は要約すると「お前ホンマええかげんにせえよ?何でこんな事してるか私に教えてくれ」「いや待て。やっぱ教えてくれなくていいわ。別にお前のことなんか知りたない」こんな感じだったと思う。
「怯えてない」「お前のことを知りたくない」は富士丸にはなかなかのダメージだった気がする。
富士丸の決め台詞は「それを知るには勇気がいるぞ」「俺のことをわかった気でいるのか」「俺を見ろ、俺のことをずっと覚えていろ」といった女々しいニーチェ青年的なものが多い。だから自分を知って記憶に留めておいて欲しい富士丸にとって「怖くもないしお前のことなどすぐ忘れるさ」といった態度を片思いしてる秋子に言われるのはキツかろう。
顔には出ないが富士丸の負けか?それを悟ったか兵頭が蘇り富士丸に定規かなんか刺してKO。富士丸は地下のトビー・フーパー的な巣に帰り、首吊って死んだ。
外に出た秋子、兵頭、吉岡(いっつもすぐ死ぬ諏訪太朗が男らしい活躍した上に生き残るとか嬉しい)。そして、この時期の黒沢清のヒロイン的なところがあった洞口依子がファ~と異様な雰囲気で現れる。兵藤の妻(演:洞口依子)だったようだ。洞口さんといえば今年の全世界覇権ドラマ『SHOGUN 将軍』(2024)で久々に観れて嬉しかったな、しかも虎永(家康)の正室役だしシーズン2、3にも続けて出れそうだね。
ただの兵頭の妻ってだけの役なのに超常的な雰囲気を出しすぎた、これで強かった兵頭のキャラが更に(無意味に)強くなってしまった。
なんか何度も言ったが……富士丸も、松重豊のルックスとか「それを知るには勇気がいるぞ」などを始めとした人気台詞はまぁまぁ良いけどさ。こうして観てみると富士丸より只のサラリーマンである兵頭のキャラの方が圧倒的に強くない?なんならミステリアス・ハラスメントぶちかましたセクハラ上司・大杉漣のキャラの方が強い。下手したらチャラチャラした野々村にも喰われかねないくらい魅力が薄い、富士丸は。
手元にある『黒沢清の映画術』(2006)の『地獄の警備員』の箇所を読むと、最初はレザーフェイスみたいな強いシリアルキラーキャラを作ろうとパワーあるお相撲さん、そして「普段は護ってくれるはずの警備員さんが襲ってきたら怖い」という永井豪の『ススムちゃん大ショック』(1971)的な考えで富士丸を作ったらしい。しかし脚本を書いてる時に『羊たちの沈黙』(1991)のレクター博士を観て衝撃を受けて、もう相撲取りがどうのとかどうでもよくなっちゃったらしい。そんでレクターに影響されてか、富士丸に妙に観念的な台詞が増えたらしい。確かに何か哲学的な事言いながら殺しに来るキャラは悪くはない……が、でも兵頭、大杉漣、野々村とか会社の怒鳴るおじさん等の普通のサラリーマン達が、黒沢清パワーによって味が濃すぎた。だから「警察が来るまで」という期限を気にしながら理屈こねて女を追っかけて弱いものを殺す富士丸が卑小でつまらないキャラに見えてしまった感じがあるね。
普通のキャラが強すぎなんだよ。
地獄の警備員が出てない時間が面白すぎて、地獄の警備員が出てる時間があんまり面白くないのよ。

そんで、珍しくこんだけ長く感想書いといてなんだけど、あまり面白くない。
はっきり言うと「観てる間」はあまり面白くない。だけど観終わって思い返したり人に話す時に抜群に面白くなる。それがこの映画。そういう映画たまにあるよね。黒沢清映画の中でもかなりランクアップして好きな映画になった。
大杉漣のキャラの、セクハラはダメだけど前座のミステリアス・ハラスメントは是非とも身につけたい。
何か10数年ぶりに火が点いてきたから長い事観てない黒沢清映画をちょこちょこ再評価していこうと思う。哀川翔の『勝手にしやがれ!!』シリーズ観てなかったから全制覇しようかな。こういう切っ掛けでもないとまた10年20年経ったりして死んでしまいそうだからね。同時に別に観なくて新でもいい気もするが……。

 

 

 

 

そんな感じでした
黒沢清監督作品〉
『岸辺の旅』(2015)/幽霊が黄泉平坂で宇宙の終りと始まりを語る場面が好きでした👫 - gock221B
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